第1話 想像ロスト

1


目が覚めると俺は病室にいた。記憶が曖昧だが誰かに刺されたことだけが頭に残っている。

思い出すと頭が痛い。

「生きているのか」

てっきり刺されて死んだと思った。でも生きている。シャツを捲り、お腹辺りを見る。

刺された跡はあったが、何針か縫われていた。

「手術したってことなのか…… 」

お腹をさすっていると、看護師さんが病室に入ってきた。

「椿さん!目が覚めたんですね!すぐに担当医師を呼んできますね!」

そう言い残し、出ていった。スリッパのパタパタという音が頭に響く。

数分後、白衣を着た三〇代後半くらいの眼鏡を掛けた男性が入ってきた。

聴診器で心音を聞く。

「問題ありません。数日安静にして頂いて、その後針を取った後に退院しましょう」

「は、はぁ…… 」

早く退院できるのはいいんだけど、対応があまりに早くてビビってしまう。

医師は眼鏡をくいっと上げて、「では、私は多忙ですので」と言って早々に出ていった。

態度、悪いなぁ。多忙なのは分かるんだけど、それを言葉と顔に出しちゃダメだろ。

病室には俺の他に老人と、少女がベッドの上で眠っていた。

「暇だなぁ」

ベッドの上で寝転がりながら呟く。大学、単位は大丈夫だろうけど加奈、心配してないかな。俺を刺した人物は一体誰なのだろうか。誰かに恨まれるようなこと…… は結構してるか。口が悪く、それで人間関係こじれたりすることが多かった。中高の頃それで孤立したこともあったなぁ。

死ななくてよかった。だけど、死ぬ覚悟はあった。その分の気持ちがまだ残っていて、複雑な気持ちだ。瞑目して考えていたら、廊下で革靴のコツコツと響く音が聞こえる。足音が近付いてくる。

またあの医師かと思い、目を開けるとそこにいたのは白衣姿の医師、ではなく青色の制服に胸の辺りに黄金の桜の勲章があった。それだけで、その人物の正体がすぐに分かった。

「……… 警察がなんのようで?」

「お休みのところ失礼致します。事件にあった時のことをお聞かせ願えますか?」

本当に失礼って思っているのか。しかも単刀直入に聞いてくるし…… まあ、くだらない世間話を聞かされるよりはよっぽどいい。

「ええ、俺で協力できることなら協力しますよ。でも、犯人の顔を見ていなくって」

刺されたと思った瞬間、身体全身が震えて意識を失った。

「なるほど。失礼ですが、事件当初薬物を摂取などしていませんか?」

「薬物? そんなものに手を出すわけないじゃないですか!」

「なるほど。では、精神科医に行ったことは?」

「それもありません! ふざけているんですか! 犯人見つける気あるんですか?」

さっきからこの警官わけがわからない。やる気もなく、警察手帳を見ているだけだし、ムカつく。

「いえ、我々は至って真剣です。実は事件当時、防犯カメラの映像が見つかりました」

「じゃあ、そこに犯人が映っていたんですね!」

俺は期待に胸を膨らませて聞く。

「はい、映っていたのは貴方が自分で自分のお腹を刺している映像でした」

え、俺は絶句した。そんなわけない。俺はあの時、確かに刺されたんだ。

自分で自分のお腹を刺すなんて、そんな馬鹿な真似はしない。

「いや、いやいやいや! そんなことするわけないでしょ! 俺は確かに刺されたんだ!」

俺は激しく抗議した。

「念のため、尿検査にご協力お願いします」

警察は、ゴミを見るような目で俺を睨む。

「そんなことするわけ…… 」

「ご協力出来ませんか?」

強い口調で圧力をかけてくる。こいつらは俺が精神異常者だと思っていやがる。

俺は普通だ。どこもおかしくなんてない。だが、ここで拒否したら嫌疑をかけられてややこしいことになる。ここは素直に従うしかないか。

「分かりました。それをすれば俺が普通だってことが分かるはずだ。そうしたら犯人を捜してくれますか?」

「約束しましょう。ですが、問題があった場合任意で署までご同行願います」

言いつつ。警官はいつの間にか取り出した検尿カップを俺に渡してきた。

言葉ではああ言って口約束しているが、何がなんでも逮捕するつもりだ。

こんな身に覚えのないことで捕まってたまるか!身の潔白を証明してやる!

トイレで検尿をした後、警官に渡した。

「ご協力ありがとうございます。結果が出次第またお伺いします。では」

 目的の物を手に入れた警官は、早々と病室を出て行く。

「ったく、なんで俺が疑われなきゃならんのだ」

 あの時、あの感触は間違いなく刺された。だが、映像では俺が自ら刺されているらしい。分

からない…… もしかして誰かに嵌められたのか?それとも防犯カメラの映像そのものが間違

っている可能性もある。

退院したら、ダメもとで防犯カメラの映像見せてもらおうかな。

「そもそもなんで、俺が刺されなきゃいけないんだよ」

 ため息を吐き、仰向けになって寝る。考えるのはやめて頭を休ませる。

数時間眠ると、頭がスッキリした。窓の外の景色は真っ暗になっていた。隣のベッドで眠っているおじさんと少女の寝息が聞こえる。

「変な時間に目が覚めちゃったな」

こんな時加奈がいたらなぁ。

「呼んだ?」

「うわぁ!」

 俺は頭から落ちた。

「いてぇ」

 頭を抑えながら、加奈を見る。どっから湧いて出たんだ。

「本物?」

「失礼な! 本物だよ! 椿が起きるまで、ベッドの下で待機してたんだから!」

「いや、普通に待っていればいいだろ。心臓に悪い」

 本当に心臓に悪い。一瞬幽霊かと思ったぞ。そんな俺の思いとは反対に加奈は腰に手を当て、

エッヘンとセルフ擬音を発していた。

「だって、見つかったら出て行かされるでしょ」

「そうかな、知り合いって言えばいてもいいって言われると思うけど、多分」

 よくドラマや小説などで親族の人達は病室でずっといたりしているのを見る。

「いや、それはドラマや小説だけの話だよ」

 心を読まれてしまった。

「そうなのか、っていうかこんな夜中に何の用?」

「ひどい! 心配してきたのに!」

 加奈は顔をぷくーとさせる。

「でも、こんな夜中に来ることないのに」

「ううん、こんな夜中だからこそ来たんだよ」

 急に真剣な表情に変わった。

「どういうこと?」

加奈は声を潜める。

「椿、貴方は嵌められたのよ」

「嵌められた? それってどういうこと?」

思わずオウム返しをする。

「私、さっきここに来る時盗み聞きしたんだけど、ここって何かの実験するところなんだって。早く逃げようよ!!」

 実験場? すぐにその事実を理解できずに動きが止まってしまう。そんな俺の腕を加奈が引っ張ってくるが、俺はその手を払い、頭で整理しつつ、言葉を紡いでいく。

「ち、ちょっと待てって! もしかしたら間違いかもしれないだろ! それに警察もまた来るから、ここにいないとマズイし」

「間違いじゃないよ、私に付いてきて」

 両腕を使って、俺を立たせる加奈。

「痛い痛い痛い! 分かったから! 付いていくから手離して」

俺は諦めて、加奈に付いていくことにした。こいつ運動部に入っていたから帰宅部の俺より

も体力あるから普通にやり合っても勝てないんだよなぁ。

「よし、じゃあ逃げるよ。誰にも見つからずに、そっと逃げるよ」

「うん、分かった」

俺と加奈はしゃがんだまま病室を出る。冬の病院の廊下は冷える。

「なんで病衣ってこうも薄いんだ…… 」

身体を震わせながらぼやく。吐く息が紫煙のように空中に漂う。

「で、どっから逃げるんだ?」

「確か地図で裏口があったはず」

「オッケー、早く行こう。寒すぎて死んでしまう」

「ごめんね、急に変なこと言い出して…… でも私は椿が心配で」

「知ってるよ。さ、行こう」

加奈を先頭にして足早に走る。廊下にスリッパの音が反響する。

色々疑問はあったが、昔から加奈の言うことが間違ったことは一度もない。だから、こうして

加奈に付いていけているんだろう。本当に依存しているのは加奈の方ではなく、俺の方なんだろうな。

「多分、ここ」

 裏口の扉が目の前にあった。結構すぐだった。ドアノブに手を掛け、時計回りに回す。

ピピピピ!けたたましい警報音が辺りに響き渡る。

「な、なんだ?!」

音はスピーカーから発されている。

「マズイ、警報音ね。早くここから逃げないと!」

「でも!出口はすぐそこだ! ほら! って、あれ、開かない」

「警報音が鳴るとロックされるのよ。マズイわ」

 加奈の言う通りドアノブを回しても扉が開く様子はない。

「どうする?」

「こうなったら窓から逃げるわよ」

「窓!? いやいや他の出口はないの?」

「出口はもうここしかないの。早く!窓から!」

 加奈は窓側へと走り込む、俺もそれに続く。窓の鍵を開ける加奈。

「ここ、三階だけど大丈夫なの?!」

「これぐらいの高さなら多分大丈夫。打ちどころが悪くても骨折するだけ」

 それ結構なんだよな。

「結構危なくない?! もっと打ちどころが悪かったら死ぬ可能性もあるよね?」

「大丈夫! 私を信じて!」

そう言い、先に加奈は、窓から飛び降りた。

「マジかよ」

その場で呆然としていると、遠くで慌ただしい声と足音が聞こえる。

このまま、ここにいたらヤバイ。私を信じて…… か。高いところ苦手なんだよなぁ。

「ええい、ままよ!」

 目を瞑り、窓から飛び降りる。

「大丈夫! 木に引っかかっただけだから何ともないよ! ほら、目を開けて!」

加奈の言う通り、目を開けると、木のでっぱりに上手いこと引っかかっていた。

「助かった」

「まだよ。早くここから逃げないと!」

 加奈が下から手を振りながら叫ぶ。

木から地面まではジャンプすれば届く距離だった。俺は生唾を飲み込み、地上に降りた。

「あーー、怖かった」

「大丈夫?さ、早く!」

 少しは休ませてくれよ…… 加奈に引っ張られ、俺は疲労困憊だった。

「ネカフェか、ビジホに行こうぜ…… もう、限界だ…… 」

「もう、体力ないんだから…… 」

そう言いつつも加奈は口角を上げて嬉しそうにしている。

「ここから五分くらいのところにネットカフェがあるみたい。そこでいい?」

加奈はスマートフォンで地図アプリを出して調べている。

「うん、そこでいいから早く行こう」

俺と加奈は背を丸めたまま、病院の裏口から出て行く。一体何が起こっているのか、これから何が起こるのか分からないまま歩を進める。周りは暗闇ばかりだけど、目の前にいる加奈だけが俺の光だ。

足がパンパンで、眠気で限界な時ネカフェに着いた。店員さんとの相手は全て加奈に任せた。

案内された部屋は完全個室で、リクライニングができるソファーが付いていた。加奈は隣の個室だ。

「パソコンで色々調べてから寝る」

加奈はそう言って、隣の部屋に入っていった。ドリンクバーなどもあったが、俺はそれには目もくれず、ソファーに倒れ込むようにして眠った。


 3


「…… ばき…… 椿!」

加奈が俺の名前を呼びながら、肩を激しく揺らす振動で目が覚めた。

「んん、今何時」

目を擦り、欠伸をする。あー、よく寝た。

「今は朝の八時…… じゃなくて! ニュース見て!」

加奈は焦った様子でスマートフォンのニュース記事を見せてくる。

記事には俺の名前が書かれており、重要参考人として警察は行方を追っていると書かれていた。

「重要参考人…… え、え、ど、どういうこと?」

「警察によると、容疑者宅にあったソウルコンバーターの資料を基に今回の事件に関わっていると見て捜査を進めている、だってさ」

「待って、宅って…… 家に来たってこと!?警察が?そういうのって礼状がなければダメ

なんじゃないの?」

「普通はそのはずなんだけど、よっぽど確信があったのか、それともめちゃくちゃな刑事がいたかのどちらかね」

普通礼状なしで来るか? いや、それよりも今回の事件ってなんなんだ。

「ねえ、加奈。今回の事件ってなんなの?」

「ソウルコンバーターの実用化を目指して、研究していた会社ユートピアで殺された人がいるみたいで、椿が疑われているみたい」

 殺された? そんなの初耳だ。俺が刺されて眠っている間にぐるりと世界が変わっている。

「でも、なんだって俺が疑われなきゃいけないんだよ! おかしいじゃないか!」

 思わず声を荒げてしまう。

「それは、分かんないけど…… 警察は何かの確信があって椿が関わっていると思ってるんじゃないかな」

「わけ分かんねぇ!! 俺は何もやってねぇのに!!」

「しっ!人来ちゃうよ」

「ごめん………… 加奈の言った通り、俺は嵌められたんだと思う」

「私もそう思う。だから、その嵌められた証拠を見つけるのを今の目標にしよう」

「ああ、そうだな」

 暗澹たる気持ちだったが、一筋の希望が見えた。やっぱり、加奈は俺にとって光だ。

「多分、株式会社ユートピア何かあるんだと思う。そこに忍び込んで嵌められた証拠があれば無実を証明できると思う」

「そっか、じゃあ早く行こう!」

 部屋の鍵を開けて、外に出ようとするのを加奈に止められた。

「その格好で行くつもり? まずは買い物だよ」

 確かに、この服だと目立ち過ぎる。

「まあ、適当な所で買いに行くか」

「いや、私が買いに行くから椿はそこで寝ていて」

 加奈は俺の肩に手を置いて座らせる。

「それは、ありがたいけど…… いいの?」

「全然いいよ!それに眠たいでしょ?」

確かに、言われてみると眠気があるのを思い出した。

「じゃあ、俺はちょっと寝るから任せるよ」

「うん、ゆっくり休んでね。じゃあ」

そう言い、加奈は部屋から出ていった。

瞬間、座っていられないくらいの眠気が襲ってきて、

俺は眠りに落ちた。



夢を見ていた。何かを忘れている夢を。何を忘れているかは思い出せない。

霧の中のモノを掴もうと必死にもがければ、もがくほど、溺れてしまう。

身体の力を抜けば、地上に上がれるけど、それを取り戻さなきゃ駄目なんだ。

そうじゃなきゃ、地上に上がった時、俺は別人になってしまう。取り戻さなくては。

「ほら、おーーきーーろーー!!」

耳元で加奈の大声が響き渡り、キーンとなる。

「うるさいなぁ…… 」

目を擦り、欠伸をする。あー、よく寝た。

「買ってきたよ。こんなのでもよかった?」

加奈は、ビニール袋から買ってきた服を取り出した。白いポロシャツに、黒のインナー、ジーパン、ジャケットが入っていた。

「なんかオフィスカジュアルって感じの服だな」

「ごめん、嫌だった?」

「いや、むしろこっちの方が動きやすくていい」

26 つい、思ったことを口にしてしまったが、これはこれで悪くない。

「そっか、ならよかった! じゃあ、私隣にいるから終わったら教えてね」

加奈が個室から出て行くのを確認すると、病衣を脱ぎ、買ってきてもらった服を着る。

うん、サイズ、ピッタリだな。

「あー、あとでお金渡さなとなぁ」

寝起きで上手く頭が働かなくて、お金を渡すのを忘れていた。

「ていうか、財布どこにやったっけ」

病衣にポケットは付いていなかった。個室の中を探すが当然ない。

「多分、病院だな。んー、どうすっかなぁ」

今、俺は追われる身分だからすぐには戻れない。暫くの間は加奈に出してもらうかなぁ。

「そんなこと遠慮しなくていいのに!」

「うわぁ! びっくりしたぁ! いきなり出てくるなよ。心臓に悪いって」

音も出さずに加奈は、ぴょこんと俺の背後から声を掛けた。いつも思うけど、どうやって気

配を消して背後から忍び寄っているんだ?まるで忍者だな。

「えへへ、声が聞こえちゃって。椿の疑いが晴れるまでは、私が全部出すよ」

加奈は燦々とし笑顔を浮かべる。ああ、もうそんな顔で言われたら断れないじゃないか。

「ごめん、ありがと」

ボソッと呟き、個室から出る。会計は加奈に任せて、先に外に出る。

隠れていた太陽が顔を出して街を照らしている。

「さて、ここからどうやって株式会社ユートピアに行こうか」

「私に任せて! ネカフェの個室で調べたから場所は分かるよ!」

「じゃあ、任せる」

加奈を先頭にして、俺達は歩いていく。まだ朝の通勤時間だが、人の数はまばらだ。

昨日記事になったばかりで、まだ大丈夫だと思うが、慎重に行こう。

「そういえば、加奈は俺が刺されたってどうやって知ったんだ?」

ふと思った。加奈はどういった経緯で知ったのか気になった。

「ああ、それね…… うん…… 」

加奈は、何か言いたげにしていた。

「ん?どうかした?」

「ああ、うん…… 実は、椿が刺された時、私もいたんだ」

衝撃の事実を伝えられる。

「え、どういうことだ…… ?」

「私、椿を驚かせたくて路地で待っていたら、椿が誰かに刺されるのが見えたんだ。でも、怖くて出られなかった。ごめん。でも救急車は呼んだから!」

  なるほど、そうだったのか。

「そうだったのか。救急車を呼んでくれてありがとう。あのままだと、野垂死んでいたかもしれない」

「怒らない、の?」

 加奈はハムスターのようなつぶらな瞳で見つめてくる。

「いや、むしろ感謝してる。加奈がいなかったら俺は死んでいたから」

 加奈はパッーと笑顔になった。

「そっか、そっか。うん、椿には私がいないとダメだもんね」

 加奈は腰に手を当てて、鼻息を荒くする。コロコロ表情が変わる奴だ。見ていて飽きない。

「いや、自慢気に言うことじゃないでしょ」

「ふふーん。あ、ここのバスに乗れば、ユートピアに直通で行けるよ」

 駅前のバス停にバスが止まっていた。整理券を取り、加奈は通路側、俺は窓側に座った。

加奈は座るなり、スマートフォンを弄り出した。

数分後、アナウンスとともにバスが発車する。俺は頬杖をつきながら、窓の外の景色を眺める。

過ぎていくビル群を見ていると、うとうとしてきた。

ちょっとだけ寝ても大丈夫だろう、加奈が起こしてくれる。

数分後、加奈に肩を叩かれて起きる。どうやら、加奈の肩に寄りかかって寝ていたようだ。

「ああ…… ごめん寄りかかってた」

 加奈の肩には、俺の涎が付いていた。服の裾で拭く。

「ごめん、涎も付いてた」

「拭かなくてもいいのに~」

「いや、拭くだろ。あ、そういえば目的地には着いた?」

 バスは停車している。外の冷気が入ってきて寒い。マフラー欲しいな。

「うん、着いたよ。降りるから整理券出して」

俺は加奈に言われた通り、整理券を出す。

バスの表示版を見て、整理券の番号と照らし合わす。

「二五〇円か」

 加奈は財布から小銭を出して、俺に渡す。整理券を箱の中に入れて、お金を精算箱に入れた。

運転手はこちらの方を見ずにありがとうございましたと言った。

「じゃあ、ツアーの方に合流しよっか」

「ツアー?なにそれ?」

「椿が寝ている間に、スマートフォンで調べていたら、今日ここでツアーやっているっていうのを見つめたから当日予約したの」

 バスの中でスマートフォンを弄っていたのは、そういうことだったのか。

「寝てて悪かった。なんだか妙に眠くて」

 前まではこんなことなかった。刺されてから、妙に眠くなった。

疲れているのかなぁ。

「全然いいよ!気持ちよく寝てて、起こすのも悪いなーって思ったし」

「ごめん」

「ごめんより、ありがとうの方がいいな」

 太陽を背にして加奈は笑った。他のことを考え、心の平穏を保つ。

「あ、あそこに人が集まっているのがツアーの人達だよ」

 高層ビルの前に制服を着た女性と二列に並んでいた。

「当日予約をした物です」

 加奈はテキパキと話している。

「あと数分でツアーは始まります。列でお待ちいただけますようお願いします」

 ガイドの方のいう通り、列の最後に並び、ツアーが始まるまで待つ。

参加者は、老人ばかりだ。俺達のような若者はいなかった。前に並んでいた老人夫婦が怪訝そうな顔で俺達を見る。

そんなに珍しいのかな。それとも、この服装が変なのかな。

そんなこんなで待っていると、時間になりツアーが始まる。

「そういえば、今回のツアーの内容全然知らないんだけど」

 小声で加奈に問いかける。

「ユートピアの最先端のなんやかんやを見る見学会みたい」

「なんやかんやって…… 本当にここに手掛かりがあるのか?」

「絶対、ある。ツアーが九階まで行ったら、私達はそっと抜けるよ」

 頷いた。時間になり、ツアーが始まる。

「さて、今回はユートピアの歴史。そしてこれからの未来というツアーに参加してくださって

ありがとうございます。まずは正面玄関の銅像を見てください。これは創業者のスタンウェイ

ンさんです」

 一個、一個説明していくのか。これは、時間がかかりそうだな。

「椿、これ時間かかりそうだね」

 加奈も同じことを思っていたようだ。

「どうする?このままひっそり行く?」

「いや、もうちょっと様子を見てからにしよう。さすがにすぐ抜けたら怪しまれるよ」

「ん、分かった」

 俺達はタイミングを見計らって、目的の階に行こうとしたが、ツアーは存外早く終わった。

どうやらツアーでは二階までしか行けないみたいだ。

「どうする加奈?諦める?」

「ここまで来たのよ、諦めるわけにはいかないわ」

 疑われている罪を払拭するためなのに、加奈はどうして、ここまでしてくれるのだろうか?

加奈の執念はそれだけで、動いているようではないような気がした。

「じゃあ、どうする?」

 加奈の真意を確認するために聞いた。

「深夜、またここに忍び込んで証拠がないか調べるわ」

「深夜か。忍び込めるかな…… 」

 深夜の時間こそ、セキュリティーやらなんやらで警戒されている。忍び込む確率はぐっと上がる。

「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫!私に策があるから!」

加奈は満面の笑みで、Ⅴサインをした。

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