友達の雪、約束の季節

季都英司

雪に包まれた世界で友達を造った少女のお話

 視界のすべてを雪が覆うこの世界で、少女は一人きりだった。


 長い長い冬の間、大地も森も山も、空さえも真っ白い雪が覆い尽くし、それ以外の色彩は何も得られないそんな街。夜になれば、吹雪のような雪と風が吹き荒れ、どれだけ雪を掻こうが朝になればすべてを元の白い大地に戻す、そんな世界が少女の居場所だった。

 街の人々は、冬になる前の季節に必要な食料や日用品を蓄えて、この閉ざされた季節を過ごす。

 家の配置はまばらで、人の少ない農村で雪のない季節には特に交流も無いこの街では。冬の間はよほどのことが無い限りは、家の外に出ることすら少ないそんな街だった。

 幼い頃に両親を亡くした少女は、周囲の助けを得ながらも基本的には一人で暮らし、生活も人を頼ることをあまりしなかった。親の助けがないことで、自分で生きなくてはと言う思いが相当強かったのだろう。

 そんな生きるのに必死の少女には、必然友達と呼べる存在がいなかった。まして、雪に閉ざされる冬には、人と会話すらしないそういう生活が当たり前となっていた。

 それでも、少女は対等にふれあえる友達という存在に、心の底であこがれがあった。そんな少女の冬の楽しみが、雪で人形を作ることだった。

 材料としては、無尽蔵と言ってもいい雪を、自分と同じ大きさの人形に仕立て上げ、それを生活の隙間にいくつも造っては、友達として話しかけるのが日課となっていた。

「ねえ、今日は薪をたくさん集めたんだよ」

「今日はね、おいしい干し肉と野菜のスープを食べたんだ」

「冬は寒くて大変だけど、あなたとお話しできるからさみしくはないんだよ」

 そんな毎日の話を事細かに話しては、楽しげな笑顔を浮かべるのだった。

 そんな少女にしても、雪の人形に名前をつけることはなかった。毎日の人形作りで精巧なものが作れるようにはなっていたが、どれだけしっかりと造ったところで、朝になれば、雪に埋もれてしまうか、風に吹かれて壊れてしまうか。

 友達と思っても名前もつけられない、それが雪の人形のさみしい限界だった。


 そんな冬のある日のこと、珍しくその日は晴れ間がのぞき、太陽が空に顔を見せていた。信仰があったというわけではないが、なんとなく少女は太陽に向かって祈った。目を閉じ、手を組み、空を仰いで、だれともしれない存在に祈りを捧げる。

「どうか私にも、いつか本当の友達ができますように……」

 そして目を開けたとき、空から何かが落ちてくるのが見えた。

 白くて透明で一見すると雪か氷のようだが、少し様子が違った。

 うっすら青白い輝きに包まれていて、その大きさの雪の塊にしてはゆっくり落ちてくるように見えた。

 少女はその落ちてくる何かに手を伸ばして受け止めた。それは雪のように青白い宝石のように見えた。

「わあ、これなんだろう。とってもきれいだ」

 少女はその宝石を鞄の中にしまうと大切に家に持って帰った。少しだけ心が浮き立って小走りになっていた。

 家に帰った少女は分厚いコートと手袋を脱ぐと、テーブルの上に鞄をおき、さっきの宝石を取り出す。

 机においた宝石は、やはりさっき見たように青白く輝いていて、それはゆっくりと明滅するように強くなったり、弱くなったりしている。

 手袋なしに触ってみると、少し暖かいように感じられた。

「不思議な石、これはなにかしら」

 じっくり見てみてもこの石が何かはわからなかったが、これがなんだか素敵な宝物のように思えた。けれども、不思議と大切にしまっておきたい、とは思えなかった。

 少女は何かにこの石が使えないかなと、じっと考え込んだ。

 おうちのどこかに飾っておこうか、それとも装飾品に使えないか、などといろいろ考えては、楽しげに微笑んでいた。そして、

「そうだ!」少女はひとつのことを思いついた。

 少女はコートを羽織り、手袋をつけるといくつかの道具を持ち、宝石を鞄の中にしまってまた外に出て行く。

 少女は、家の近くにある雪の丘にやってきた。そこにはいくつかの雪の像が並んでいる。

 大きい丸を3つ縦につなげたような形のもの、四つ足の動物のような形のもの、手足のついた人型のような形のものなど、すべて少女がこれまでに造ってきた雪の友達だった。

 そのどれもが雪に埋もれるか、風にあおられて形が崩れてしまっている。

「やっぱり、新しいの造らなくちゃだよね」

 少女は一つ気合いを入れると、スコップで雪を掘り出してブロック状に固めたものをいくつか造り、それを積み重ねていく。その様子はいかにも手慣れていた。

 足として二つ、胴体に二つ、頭に一つ、腕には太めの木の枝を突き刺して雪で周りを筒のように覆っていく。それをコテのような道具でなめらかに整えると、少し角張っているが全体として人型のようになっている。

「うん、絵本の感じにできた」少女は満足げだ。

 少女が造ったのは、幼い頃に見た絵本の中に出てくる機械人形だった。まだ両親が居た頃に読んでもらっていた、大好きな絵本に出てくる登場人物だ。

「それで、こうするっと」

 少女は鞄からさっきの青白い宝石を取り出した。そして、雪で造った機械人形の胸の辺りに埋め込んだ。

「これでできあがり!絵本では、こうするとあの子が動き出したんだよね。心が宿るって言ってた」

 そうして完成した雪の機械人形を少女は満足げに眺めた。正直なところ特に何かを期待していたわけではない、大好きな絵本にそう書いてあったから、自分もやってみようと思っただけ。そうすることで少し本当の友達になるような気がしたからだった。だから、本当になんとなく、少女は埋め込んだ宝石をなでてみた。真っ白い雪の人形の真ん中で輝く宝石はいかにも似合っているように思えて、少しうれしくなった。

 そのとき、ぐぐっと何かがこすれるような音がしたような気がした。

「あれ?なんだろ」

 少女が不思議に思っていると、またぐぐぐっと言う音が響く。短かった音がどんどんと長くなっていき、少女は音の正体に気づいた。

「動いてる!」

 そう、雪の人形が確かに動いていた。雪を積み重ねて造っただけなのに、まるで関節がそこにあるかのように、膝を曲げたり、首を動かそうとしているように見える。

「ほんとに!?すごい!」

 少女はキャッキャとはしゃぐ、そこには雪の人形が動くことへの怖さは全く見られなかった。純粋に不思議なことへの興味とわくわくが心を満たしている。

 雪の人形はとうとう足を伸ばして立ち上がり、首を少女の方に向けると、一歩近づいた。少女は逃げるでもなく、両手を胸の前に組んで、期待に目を輝かせていた。

 雪の人形は、少女に近づくと、片手を少女に向かって差し出す。そして少し動きを止めた。

「どうしたの?」

 少女はその様子を不思議に思い、雪の人形に問いかける。人形はさらに手を伸ばしてきた。

「ひょっとして握手?挨拶なの?」

 少女は少しだけ迷ったあと、手を伸ばし、雪の人形と握手をした。そして、こう言った。

「私のお友達になってくれる?」

 雪の人形は、頷いたように見えた。声は出せないのかもしれないと少女は思った。雪の人形が動き出していることには全く疑問を持たなかった。

「じゃあ、あなたと私は今日からお友達!素敵!こんなうれしいことがあるなんて思ってもみなかった。やっぱりこの宝石かな?これ、お空の神様からの贈り物だったのかもね」

 それには雪の人形は答えず、今度は少女を指さした。

「えっと、私のことを聞きたいのかな。そうだね。友達だもんね。私はね。ミアっていうの、あなたはお名前あるの?」

 その言葉に雪の人形は首をかしげた。そして逆の方向に首をかしげた。悩んでいるのかなと少女は思った。

「名前無いのかもね。そうだよね、今生まれたばっかりなんだもん。じゃあ、私が名前をつけてあげる!」

 そう言って少女は考え込みながら、雪の人形の周りをぐるぐると歩いた。雪の人形はそれに併せて律儀にその場でぐるぐると回っている。

 そして少女は立ち止まってぽんっと手をたたいた。

「あなたの名前決めた!いろいろ考えたけどあなたの名前は『ユーラ』。私が大好きな絵本にでてくる機械人形の名前だよ。あなたの形の元にしてるの、どうかな?」

 少女が目を輝かせて問いかける。

 雪の人形は、手を人間なら顎の辺りに持って行ったあと首を右に左に傾けていた。何か考えているように見えた。

 そして、しばらくそんなことをしたあと、こくんと頷いた。

「いいってことね!よかった」

 少女もうれしそうだった。

「ユーラ!」少女は名前を呼んだ。

 ユーラは、もう一度頷いた。

 雪の人形の名前はその日からユーラになった。

 

 その日の少女は、ユーラと一緒に楽しい時を過ごした。ユーラは少女の遊びにすべて付き合ってくれていた。

 一緒に雪の平原の中を走り回るときには、どたどたとした走りで少女について回った。

 雪合戦のようなこともした。少女は上手に投げたが、ユーラはうまく投げられないようで、あらぬ方向に飛ばしていたが、それでも少女は楽しそうだった。

 一緒に雪の友達も造った。それははじめて少女が二人で造った雪像で、少女がユーラにいろいろと作り方を教えながら、最後には少女だけでは造れないような大きな熊の像を造った。少女はとてもとても喜んでいた。

 ユーラはしゃべらなかったし、雪の顔では表情はよくわからなかったが、埋め込んだ宝石が動きや状況に合わせて時にゆっくり、時に早く明滅していた。少女はなんとなく、これがユーラの心の動きなのかなと思っていた。

 そしてさらにユーラも少女と同じように楽しんでくれてるのではないかと感じていた。

 少女が喜んで声を上げるとき、雪像が完成して飛び跳ねているとき、ユーラの宝石はチカチカと弾むように光っていたからだ。

 そして夕方になり、少女が家に帰る時間になった。

「私はそろそろ帰らなくちゃ、ユーラはどうする?」そう言うと、ユーラは少女と一緒に行く動きを見せた。

「いっしょにくるの?」

 少女の問いかけに一つ頷いて、ユーラは少女のあとをついて、家までの道を歩いて行った。

 少女の家が見えたとき、少女が

「家に来る?」と聞いてみた。少しの期待があった。

 しかしそれにはユーラがゆっくりと首を振るのだった。

「家には入らないの?そっか、雪だもんね。おうちに入ったら溶けちゃうか」

 その言葉にユーラも頷く。ここまでは来たが、家には入れないようだった。

「どうする?さっきのところに帰る?それとも……」少女が不安そうに聞いた。せっかくの友達がいなくなるのではないか、そう思ったのだ。

 ユーラは、すっとある方向を指さした。それは少女の家の屋根の下だった。

「そこに居るってこと?寒くないかな、って雪だから大丈夫なのかもね」自分の言葉に納得したあとさらに、

「ねえ……いなくなったりしないよね?明日も遊べるよね」そう小さな声で聞いた。

 ユーラはじっと少女を見るように顔を合わせたあと、何度も頷いていた。宝石も強く光っていた。明日もいてくれるんだ。そう思った少女はにっこりと笑った。ユーラの宝石も柔らかく光っていて、どこかうれしげに見えた。

「それじゃ、また明日!一緒に遊ぼうね!」

 少女は家に帰った。こんなに楽しくて明日が待ち遠しい帰宅は初めてだと、そう思った。

 少女の帰宅を見届けたユーラは、ゆっくりとさっき自分が指さした屋根の下に移動するとしゃがみこんだ。宝石の光も静かに消える。それはまるで寝ているかのようだった。


 次の日から、少女とユーラは少女の一日の仕事が終わったあと遊ぶのが日常になっていた。

 少女にとってこんな楽しい冬はなく。

 こんなに誰かと話す日もなかった。

 とても幸せな日々だった。

 ある日は、少女が好きな場所を案内した。

 雪かぶる森の中や、陽光が雪を素敵に輝かせる小高い丘や、氷が張ってすべって遊べる湖など。

 ユーラはどれも不思議そうに見回しては、あれこれ確かめていた。木を揺すってみて、雪をかぶってみたり、丘から転げ落ちて少女を笑わせてみたり、氷で予想通り滑って転んだり。

 ある日は、雪で建物を造ってみた。雪を積み上げて穴を掘った簡単なかまくらから、雪のブロックをたくさん造ってつみあげた小さな家など。

 小さな家は、作り方を少女が考え、一緒に造ったブロックをユーラが積み上げる方法で造った。ユーラは少女の手の動きを興味深げに見ていたし、少女は重いブロックを積み上げるユーラに感心していた。

 薪を拾ったり、家の周りの雪かきをしたり、少女の仕事を手伝ってもらったりもした。

 少女にとって、ユーラが来てからの毎日がとてもとても楽しかった。

 ユーラは、少しずつ動きも上手になってきて、少女が手に指をつけたりしたこともあって、どんどんと器用になったりもしていった。

 それも少女にとってうれしかったが、少女にとって最もうれしかったのは、朝起きてもそのままのユーラが外に居てくれることだった。これまでの雪の友達は、吹雪で壊れたり、雪に埋もれていなくなってしまったりと長くは保たなかったが、ユーラはどんなに強い風でも雪でも、次の日には同じユーラで居てくれた。これもあの宝石のおかげかしらと少女は思っていた。


 そんな少女にとって楽しい日々が数ヶ月続いた。 そしていつの間にか季節は、冬がそろそろ終わるという頃にさしかかっていた。

 強い雪も収まっていき、日差しが暖かな日が増えていた。それは少女にとって毎年ならあたたかい春への希望の変化であったが、今年は違っていた。

 そこにきて初めて気がついたのだ。

 春が来ると言うことは冬が終わると言うことだ。それはすなわち、暖かさが訪れ雪が溶けてしまうということ。

 そうなったとき、雪でできているユーラはどうなってしまうのだろうと。

 それは少女にとって、とても怖いことだった。

 ずっと一人だった冬に初めてできた友達。

 楽しい時間をともにした大事な友達。

 それが、春になったらいなくなってしまうのではないか。

 少女ははじめて春が怖いと思った。

 それでも、ユーラは朝起きるといつも家のそばに居てくれて、その日は楽しく過ごした。

 だが、夜になりユーラと別れたあとは不安で仕方なかった。でもそのことをユーラに伝える気にはなれなかった。口に出すことで何かが始まってしまうような気がしていた。

 しかし、ある日の朝、雪も降らず数日暖かい日が続いた日のこと。少女が家を出ると、いつものようにユーラが待っていたが、少し様子が違っていた。

「ユーラ……、少し小さくなった?」

 少女は恐る恐る聞いた。

 ユーラはその言葉に、自分の体のあちこちを見渡したがよくわからないといった様子を見せた。だが、少女から見たユーラは明らかに縮んでいるように見えた。

 腕や足がいくぶん細くなり、頭も一回り小さくなっているように見えた。

 少女はそんなことはないと、首を振ると笑顔を作る。

「ううん、きっと気のせい。今日は何して遊ぼうか?」

 ユーラはその言葉にいつものようにはしゃいで見せた。


 そして次の日、その日も暖かかった。

 ユーラはさらに小さくなったように見えた。

 その日は雪の野原を走り回って遊んだが、少しユーラの足が遅くなったように感じられた。雪玉を造る手も少し不器用に見えた。


 さらに何日か後、すでにしばらく雪は降っておらず、辺りに積もった雪もかさが減ってきていたし、森の木々に積もった雪もあまり見られなくなった。

 春がすぐそこに来ていることを感じていた。

 その日、少女とユーラは、最初に出会った雪の丘に遊びに来ていた。そこにはこれまで造っていた雪の友達たちが並んでいたが、みな大分溶けてしまっていた。ユーラは不思議そうに雪の友達たちを眺めると、まだ残っている雪で、彼らの体を直してあげていた。少女はそのユーラをつらそうに後ろから見ることしかできなかった。

 もう自分をごまかすのも限界が来ていた。

 

 その次の日、とうとうユーラの大きさが半分程度になり、うまく動くことができなくなった。

 少女は、ユーラに話をすることにした。

 二人は家の近くの木でできたベンチに並んで座っていた。

「ねえユーラ。やっぱりあなた小さくなってしまってる。冬が終わったらあなたはとけて消えてしまうの?せっかく友達になれたのに」

 ユーラはじっと少女を見ていた。

「いやだよ、私ユーラにいなくなってほしくないよ。はじめてできた大事な友達なのに!」

 少女は泣き出した。これまで我慢してきたものがあふれ出してしまっていた。

「もう一人になるのは嫌だよ。ずっといてよ。私のそばにいつまでもいてよ!」

 泣き出した少女の肩にユーラは手を伸ばした。それは不器用ながら少女をだきしめようとしているようだった。

 少女は冷たさもかまわずユーラにしがみつく。

 そのときユーラの胸に埋め込まれた宝石が強く光り輝いた。その青白い光は抱きしめられた少女をも包むように優しく広がっている。

「ユーラ?今何か、言った……?」

 少女がユーラの顔を見上げてつぶやく。

「約束……?そういっているの?」

 ユーラは声を発していなかった。だが、少女にはユーラの声が届いているようだった。

「この光がユーラの考えを伝えてくれてるんだね」

 そういった少女にユーラが一つ頷いた。

 宝石からの光は言葉となって少女に届く。

「また会えるの?そうなんだよね。ユーラとまたいつか会える、それが私とユーラの約束なんだね」

 ユーラが何度も頷いた。

 少女は体を少し起こすと、涙をぬぐった。

「うん、わかった。私待ってるね。いつまででも、あなたと会えるのを、また二人で楽しく遊べる日をずっと待ってるから」

 少女はユーラから離れて立ち上がる。そしてユーラに向けて片手の小指を突き出す。

 ユーラはその意味がわからなかったようで、首をかしげながら不思議そうに少女を見ていた。

「指切り。こういうときはね、こうやって小指をあわせて約束するの」

 そういって少女はにっこりと笑った。

 ユーラは手を上げて崩れかけた手を差し出す。

 二人の指が重なり合った。

「約束したからね。絶対また会うんだからね!」

 強く強くユーラの顔を見て少女が告げる。強い想いがそこに感じられた。

 ユーラはたった今指切りした手と、少女の顔と交互に見た。そして宝石は一つ強く輝いた。

 それはユーラにも強い意志があると告げているようだった。

 

 それからほんのわずかな時、二人は別れのことも悲しいことも何も話すことはなく、いつも通りに話し、遊び、駆けた。

 ユーラは次第に動けなくなったが、少女は最後までユーラのそばで笑顔で話し続けた。

 また会えるのだから、悲しさなど必要ないと言うかのように。

 そしてついに最後の日、ユーラの体は溶け、崩れ、そしてはめ込んでいた宝石は、ポトリと落ちた。落ちたその瞬間、宝石が青くそして白く、柔らかくまるで輝く雪のような優しい光を放った。

 それはまるで、楽しかったとユーラが笑っているように少女には感じられた。


 春になり、辺りの雪は溶け、木々には緑が芽生え、川には雪解けの清冽な水が流れ始めた。

 冬は終わり、大事な友達との思い出の季節は終わりを告げた。

 少女は悲しまなかった。いつものように春の準備をし、いつものように生きた。

 悲しむ必要は無かった。なぜなら、少女の中には大事な約束があった。次の季節を、不器用で優しい友達との再会を待っていた。

 心の中にある約束は、あの宝石の光のように、優しく、だけど強く輝いていた。



 また冬が来た。

 視界のすべてを雪が覆う世界に少女はいた。

 長い長い冬の間、大地も森も山も、空さえも真っ白い雪が覆い尽くし、それ以外の色彩は何も得られないそんな街だ。

 夜になれば、吹雪のような雪と風が吹き荒れ、どれだけ雪を掻こうが朝になればすべてを元の白い大地に戻す、そんな世界だ。

 そんな厳しい世界を少女は待ち望んでいた。

 朝が来た。

 窓から雪で埋もれた景色を少女は確認し、大切にしまい込んでいた箱をとりだしテーブルに置くと、箱をゆっくりと開けた。

 そこにはあの日の青白い宝石。

 それを鞄にしまうと少女は、駆け出すように外に出ていった。 

 向かう先は、雪の丘。

 少女の胸には約束が一つ。

 再び出会うその日を想う。

 

 雪は友達。季節は約束。

 すべてが白いこの世界で、少女はもう一人ではなかった。

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