46. 未来の約束


「ティナ、先生ときちんと話し合いなさい。これが思いを伝える最後のチャンスよ。そして、しっかりと別れるの。終わった恋を引きずって生きるのは、お互いのためにならないわ」


「お母様……」


「勇気を出して。生きているうちにしか、答えは聞けない。未来で後悔しないために今を頑張るのよ。ドアの外にいるから、何かあったら呼びなさい」


 お母様とサラさんは、私たちを部屋に残して出ていってしまった。


 何か言わなくちゃ。先生に伝えなくちゃ。今言わないと、もう二度と言えないかもしれない。


「先生……」


「ティナ、なぜ僕をかばう。すべての罪は僕にある。そう約束しただろう」


 先生は立ち上がって、私の両腕を掴んだ。私を見下ろす瞳は、昨夜と同じように煌めいて美しかった。


「ごめんなさい、私のせいで。先生が宮廷医を追われるなんて思ってなかったの」


「そんなことはいい。すべては僕の責任だ」


 私は首を横に振る。先生の顔をよく見ておきたいのに、涙でぼやけてしまう。


「そうじゃないの。最初から先生との約束を破るつもりだった。先生を騙したのは私なの。どうしても先生が欲しくて罠にはめたのよ」


「それは……」


 私はそのまま懺悔を続けた。許してもらえなくてもいい。ただ、気持ちを伝えて謝りたい。


「先生が好きなの。どうしようもなく愛している。迷惑だと分かっていても、自分の気持ちを止められなかった。先生に愛されたくて、お母様にお願いして嘘をついてもらったの。最初から婚約なんてなかったし、指南も必要なかった。異教徒の王が相手なんて話もでっちあげ。先生を誘惑するための作戦だったの。でも、そのせいでこんなことに……。本当にごめんなさい」


 これでもうお終いだ。私は先生の人生をめちゃめちゃにしてしまった。宮廷医というキャリアだけじゃなく、お父様の信頼もお母様の側にいる機会も、私が全て奪ってしまった。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 襲いかかる罪悪感に耐えきれなくなって、先生の腕を振り払ってドアの方へ向かった途端、私は背後からきつく抱きしめられた。

 先生が私を抱いている。先生の熱い体温とコロンの香りに、全身の血が沸騰したように滾り、体の芯が締め付けられるように疼いた。


「僕がそんな嘘に気が付かないと? 陛下が君を異国王のハーレムに送り込むなんて信じるわけないだろう」


「知ってたんですか? 」


「最初からね。気が付かないほうがおかしいくらいに、王妃の計画は穴だらけだ」


「それじゃ、なぜ引き受けてくれたの?」


「分からないかい? 君と同じ理由だよ」


 私を抱きしめる先生の手が震えている。私が自分の手をそっとその上に置くと、その震えは止まった。


「聞いて欲しい。僕も君と同じだ。君が好きで好きでどうしようもない。二十五歳も歳下で身分が違う。それなのに君に惹かれる気持ちが加速して苦しくて辛かった。だから、君たちの嘘に気が付かないフリをして、君に触れる言い訳にした。君を抱きたくて、他の男に渡したくなくて、騙されたフリをした。僕もずっと、君に嘘をついていたんだよ」


 今度は私の手が震える番だった。信じられない。先生が私を。 私を好きだと言った!


 耳元に頬を寄せるようにして、私を抱きしめる先生の頭を、私はそっと引き寄せた。私のその仕草の意味を正しく受け取った先生は、私に口づけた。


 指南と偽って先生と何度も交わしたキス。相手を蕩かして、足が立たなくなるまで極めた技を、私たちは容赦なくお互いに使った。


「先生、このまま私を連れて逃げて。もう離れたくない。先生と一緒に行きたいの」


「僕も同じ気持ちだよ。だが、それはダメだ。逃げては幸せになれない」


「じゃあ、どうしたらいいの。先生と別れたくない」


 先生は私を正面から抱きしめた。私たちは愛し合っている。やっと恋人同士になったのに。


「君が大人になって、それでもまだ気持ちが変わらなかったら。そのときには、僕は必ず君を攫いに行く。陛下に君に相応しい男だと認めてもらえるように、それまでは国で仕事に打ち込んで、きっと成果を出してみせる」


「本当に? 私を忘れない?」

「約束する。これは嘘じゃない。必ず守るよ」


 そう言うと、先生はもう一度、私にキスをした。


「ジル、あなたを愛してます」

「僕もだ。君を心から愛してる」


 私たちは、互いに永遠の愛を誓った。みなに祝福されて結ばれるために、会えない日々を互いを得て幸せになるための糧にしようと。何年先になるか分からない。永遠にそんな日は来ないかもしれない。それでも、今のこの気持ちが続く限り、私は前に進めると思った。


 私たちは、絶対にお互いを見失わない。必ずまた会える。


 そうして、私と先生は別々の場所へと旅立った。それでも、いつか同じ場合にたどり着けると、必ず同じ道を歩むのだと、そう心に誓って。


 私の愛する人。彼のいるところが、私が向かう未来。そのときから、彼の存在自体が、私が生きていくための目標となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る