第22話 宣伝

 路上ライブを週末に控えた某日。


「お願いしまーす、お願いしまーす」  


 ここ数日、透華は校門前に陣取り、朝夕の二回にわたって自作のチラシを配り続けていた。

 須らく、路上ライブの宣伝だ。


 開催場所は横浜駅近郊。

 うちの生徒の大半が横浜駅を乗換駅として利用しているため、立地的にも交通費的にも集客に適した場所だ。

 加えて、土日の横浜駅近郊ならば、押し流されるほどの人波がある。万一、生徒が一人たりとも来なかろうと、枯れ葉がヒュウヒュウと舞うような閑散とした状況になることは絶対にありえない。

 まして、あの子の歌声なら必ず――。


 当の神音は屋上で一人、練習に専念していた。

 決して、透華に雑事を押し付けたのではない。むしろ、神音の方からチラシ配りや諸般の宣伝活動に参加したいと名乗りを上げたが、「これは裏方の仕事」だと透華が強引に押し切ったのだ。


「お願いしまーす、お願いしまーす」


 透華はチラシの束を大事そうに抱え、生徒一人一人にチラシを差し出す。

 無視する生徒が多くとも、屋上から微かに聞こえる歌声に背を押され、透華はめげずにチラシを差し出し続けた。


「あれ。柊さーん、これ何配ってるの?」

「え、あっ、これ」

「……路上ライブ? 柊さん音楽とかやってたっけ?」

「いや、私じゃなくて……。あの子が」

「あの子……? あ、もしかして神音ちゃん?」

 

 話しかけてきた人物がクラスで席の近い女子だったためか、透華は思うように咄嗟の振る舞いが出来ない。

 しかし、透華が首肯すると、隣で興味なさそうに立っていたもう一人のクラスメイトまでも話に参加した。

 

「え、神音ちゃんが出るの?」

「らしいよ?」

「ちょっと私にも見せて」


 言われるがまま、透華はチラシを相手に差し出す。

 受け取ってもらえたのは、これが初めてだった。


 チラシを受け取った生徒の背後からもう一人のクラスメイトが抱きつき、「私にも見せてよー」と口を尖らせる。

 しかし彼女はそれを無視し、チラシの内容を黙々と目で追った。


「これ、私行くよ。なーちゃんも行くでしょ?」

「うん。行く行くー。神音ちゃんの歌も聞きたいし、しーちゃんとも遊びに行きたいし!」


 『しーちゃん』と呼ばれた彼女は、チラシを持ったまま顔を上げ、透華を目線で貫いた。


「何時から? 時間だけ書かれてないけど」

「え、うそ。そんなはず……」

「ほんとだよ。ほら」


 指された箇所を見やると、『時間:』とだけ書かれており、書くべきはずだった『13:00〜』の表記が抜け落ちていた。

 こんな簡単なことにも気づかないほど疲れてたなんて。神音の心配ばかりしている場合ではなかった。


「やっぱり仲良いよね〜」

「え?」


 不意に、『なーちゃん』が透華へ笑顔を向けた。

 急に何のこと……。

 趣旨の分からない発言に、透華は僅かに首を傾ける。


「柊さんって、いっつも一人だから怖い人なのかぁって思ってたけど、全然違かっただんね!」

「こら。それ失礼でしょ」

「あはは。ごめんってー」

「……まぁ。私たちも応援しに行くから頑張ってよ」


 『しーちゃん』の発言に賛同するかの如く、チョップを受けた頭を守りながらも、『なーちゃん』は笑う。

 その笑顔は、透華への失礼に対する申し訳なさと、心からの応援が込められた至優の笑みだった。


 透華は下校する二人の背を見送り、チラシを一枚一枚訂正する。

 ただ時間を書き加えるだけ。なんの苦労でもない。

 

「路上ライブ、絶対に成功させてやる」


 芯のある声で呟き、片方の口端を持ち上げる。

 胸が躍ったのは、神音の音楽会以来だった。

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透華と神音 たまゆら青春音楽譚 雪海 @yukiumi

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