第20話 パズルの攻略法

 翌日、花織は蒼褪あおざめた表情でショップを訪れた。

 先に来ていたすぐるは、その顔色を一目見ただけでさとる。

 案の定、花織はすぐるの姿を目にするなりった。


「す、すぐるさん! 予選内容を見たんですけど、パズル問題って一体何ですか!?」


 あわただしく問う花織。

 対し、すぐるは落ち着きはらい、ゆっくりと口を開く。


「設定された状況下で、与えられたクリア条件を満たす問題……と言ってもわかりにくいだろう。実際に例題を出す」


 すぐるはテーブルへとカードを1枚置いた。

 レッドドラゴン。

 高いライフとアーマー(ダメージ軽減効果)を持つ、強力なレプリカだ。

 すぐるは花織へと視線を向けながら、そのレッドドラゴンを手で指し示す。


「今、オレの場にはこいつがいる。このターン中に、これを捨て札へ置くのがクリア条件だ。ただし、使える魔力は水属性3つだけ。手札は好きなカードを何枚でも使っていい」

「え、えええ!?」


 花織はおどろきの声を上げた。

 水の魔力3つだけでレッドドラゴンを倒すなど、到底とうてい不可能に思えたからだ。

 ただでさえ、水属性はダメージを与えるカードにとぼしい。

 しかも、レッドドラゴンのアーマーを突破するには、わずかなダメージでは意味がない。

 数分後、花織は早くもギブアップ。


「全然わかりません……。どうやっても倒せないように見えます」

「……そうだな。倒せ、とは一言も言っていないからな」

「えっ!?」


 花織は思わずすぐるを見返した。

 が、何を聞き返せばいいのか。それさえわからない。

 あまりにも意味がわからず、言葉を失っている。


「もう一度言う。オレはこのカードを捨て札に置けばクリア、と言った。倒せ、とは言っていない。つまり、場から捨て札へ置かなくてもいいということだ」

「場からじゃなくても……。あ!」


 花織はハッとし、2枚のカードを取り出した。


「水のカードなら、捨て札へは置けなくても手札に戻すことならできます! まず、ウェーブを使用して、それから残りの1魔力でデリートを使用します!」


 すぐるはレッドドラゴンを手札に戻した後、捨て札へと置くと微笑ほほえんだ。


「正解だ」


 花織はび上がる程に喜ぶ。


すぐるさんのヒントのおかげです!」

「この問題のポイントは、水以外のカードも使えるという点だ。水の魔力しかなくても、無属性しか消費しないカードなら使用可能だからな。このように、出題者は状況や言葉でまどわそうとしてくる。次の問題もそうだ……」


 すぐるは次なるカードを並べた。


「15体のレプリカを並べた。全てライフは1で、特に効果も気にしなくていいものばかり。これを、光のカードを3枚使い、このターン中に全滅させればクリアだ」

「ええと……今回は光のカードという条件があるんですね」


 花織は光のカードを取り出し、1枚1枚確認してゆく。

 まず探したのは全体ダメージを与えるカード。

 しかし、そのようなカードは光属性には存在していない。

 次に、1枚で5体へダメージを与えられるカードがないか、探し始める。

 15を3で割って5。

 しかし、そんな単純な話なわけがない。

 だが、花織はカードゲーム初心者なので、それに気付かずカードをながめ続けている。


「うーん……。5体を倒せるようなカード、ありましたっけ……?」

「さっき言ったことを思い返してみるといい。出てくる数字は十中八九ミスリードだ。そもそも、同じカードを3枚使うだけでは、パズル問題とは呼べない。まずはそこに気付くところからスタートだ」

「なるほど……確かにそうですね。では、どうすれば……」

「組み合わせ次第でたくさんダメージを出せるカードを探してみろ。効果が変動するカードは、使い方次第で恩恵おんけいも大きくなる」

「それなら、さっき見かけたカードが……。ありました! 救済の手メシアズハンドの教祖。このカードなら、レプリカを召喚しょうかんするたびに1ダメージを与えられます。組み合わせるのは、天国の守衛しゅえい。このカードなら7体のレプリカを召喚しょうかんできます! でも……」


 花織の勢いが失速した。

 天国の守衛しゅえいを2枚使っても、14体しか召喚しょうかんできない。

 1体だけ倒せずに残ってしまう。

 頭を抱える花織。


「後1体、どうすれば……」

「最大効率を出すことを考えるといい。天国の守衛しゅえいを使用し、レプリカを大量に並べる。これに反応し、救済の手メシアズハンドの教祖の効果が起動。つまりはスイッチだ。スイッチを押す一手間ひとてまで、複数の出来事が一度に起こればいい」

「一度に……ッ! わかりました! 2枚使うのは救済の手メシアズハンドの教祖の方だったんですね! 2体先に出しておけば、天国の守衛しゅえいを使った時のダメージも二倍。そして、2体目を出した際に1体目の効果が起動するので、足りなかった1ダメージを補えます!」

「正解。この考え方は実戦でも使える。天国の守衛しゅえいのような重いカードを2枚3枚と使わなくても、工夫次第で同等の効果は引き出せる。さて、次がラストだ」


 すぐるはテーブルのカードを全て片付けた。

 新たにカードを置く様子もない。

 そして、まっさらな場を前にし、口を開く。


「最終問題。オレはライフ4。手札も場も0だ。対するお前は、手札にインフェルノブリンガーが2枚と、任意のカードが1枚。チャージ済みの魔力は6以上だが、そのほとんどが消費済み。つまり、このターン中は使用できない。水1魔力だけを使って、そのインフェルノブリンガーを捨て札に置くのがクリア条件だ」

「水1魔力だけで……」


 懸命けんめいに探す花織。

 ……と、1枚のカードがその目にまった。


「あ! 取捨選択。このカードですね!」

「ああ、正解だ」

「わあ……! 自力で解けると嬉しいです!」

「まあ、この問題は出題意図いとの方が大事だからな。この問題のように、一見デメリットに見える効果を利用することは多い。もしくは、本来なら相手に使用するカードを味方に使う、とか」

「難しそうです……」

「安心しろ。パズルは考え方さえ身に着ければ怖くない。オレがコツを教えてやる」

「それでも解けなかった時は……?」


 恐る恐る問う花織。

 その不安げな眼差まなざしへと、すぐるたのもしいみを返す。


「それは、お前が教えを破った時だけだ。オレが教えた通りに考えれば、必ず解ける。その思考手順を忠実ちゅうじつに守ってさえいれば、な。オレの話に疑いを持たず、信じぬくことができるか?」

「もちろん信じます! 問題を解く自信はありませんが、すぐるさんのことは絶対に疑ったりしません! それだけは約束できます!」

「そうか……。なら、今から言うことは絶対に忘れるな」

「はい!」


 良い返事を合図に、特訓の日々が始まった。




 ――そして、梅雨空のもとで迎えた当日。

 場所は都内の某大学。

 参加人数は数千人。

 だが、これもほんの一部。

 予選は各都道府県で行われているため、総参加人数はさらに多い。


 とは言っても、都内が特に大人数なのもまた事実。

 その大勢のライバルの中、あまりの心細さに花織は震えていた。

 何しろ今日は一人きり。

 すぐるは予選免除めんじょ

 ごうつぶし合いをけ、別エリアで参加中。


 だが、離れていても、心の支えであることに変わりはない。

 特訓の日々を思い返し、花織は勇気を振りしぼる。


「……大丈夫。私は一人じゃない」


 そう自身をふるい立たせ、案内に従い教室へと入ってゆく。

 そして、配られた専用の電子機器の動作チェックを終え、準備は完了。

 いよいよ、予選試験が始まる。

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