第37話 見捨てられるのが一番キツい
走って家に戻ってきた私はこっそりと中へ入った。外の気温は33度。尋常じゃないほど汗をかいている。
家を出て、セカイの敵を倒して、また戻ってくるまで正味30分。あの石畳の階段で時間を食われてしまった。
誰も私が外へ出ていた事に気がつきませんように。そう祈りながらドアを開けると奏斗くんが廊下を歩いているところに出くわしてしまった。
「た…ただいま」
「お前えらく長い電話だったな。というか何故外に?」
奏斗くんは怪訝な表情をしながら尋ねた。彼の疑問を尤もだ。この真夏日にわざわざ外に出て電話なんて普通に意味が分からない。私が奏斗くんの立場でも同じことを聞く。
「…いや、なんとなく。」
私が若干の間を開けながらそう答えると奏斗くんは大きくため息をついて呆れた顔になった。
「また、なんとなくか」
「…」
奏斗くんは基本的に説明できない事が嫌いなのだ。決して他者の意見に耳貸さない訳ではないし、間違った意見であっても責めたりはしない。むしろ正してくれたり、柔軟に良い部分を見つけてくれる人だ。
彼は今、私の行動がなんとなく理由なく行われた事に対して呆れているのだ。
魔法少女としてセカイの敵討伐をしに行くために子供の頃から姿を消すことがしばしばあった。
それは授業中でも、テストの時でも、家族と過ごしている時でもだ。
その度に何をしていたのかと聞かれ、「なんとなく、外に行きたくて」と答えていたため、奏斗くん呆れながら“また”と言ったのだ。
ここで具体的な理由をつけると家族は問題の根本を解決してくれようとするのだが、そもそも本当の理由なんて言えるはずもない。
だから私はある時を境になんとなくと言うようになったのだ。
奏斗くんにこうやって聞かれて呆れられるのも久しぶりで冷や汗が止まらない。私は家族に呆れられるのが一番怖いのだ。体が硬直する。
先ほど走ったせいでかいた汗と今の冷や汗で綺麗に整えた髪もメイクはきっとぐちゃぐちゃになっていることだろう。
私の様子を見て奏斗くんはもう一度大きくため息をつく。
「ミコト、その格好じゃ風邪をひく。母さんか葉月に服を借りた方がいい」
そう声をかけてリビングに入っていった。
実家にいた頃だったらこんなに話はすぐに終わらなかったし、怒られもした。きっともう諦められていて何を言っても無駄だと思われているのだろう。
怒られなくて安心したのが半分、見捨てられたような気分で悲しい半分。少し涙が滲んだ。
深呼吸をして涙を引っ込め、奏斗くんの後ろに続いてリビングに入る。
「母さん、ミコトがちょっと外に出ていて汗かいてるんだ。冷えて風邪をひきそうだから服を貸してやってくれないか?」
奏斗くんは部屋に入るなり母にそう声をかけた。母は電話をしただけなのに何故外に?と言った表情をしたがすぐに引っ込めて「もちろん」と言いながら私を連れて部屋を出た。
「あ、ミコトちゃん。どうせならお風呂も入ってスッキリしちゃったら?」
「あ、うん。じゃあそうしようかな。」
私が返事をするとテキパキと入浴する準備を始めた。浴槽を洗い始めたので「いや、シャワーだけでいいよ」と断るも「今住んでるマンションのお風呂小さいでしょ?お家のお風呂で足伸ばして入っていってほしいわ。」と半ば押し切られる形で風呂に入ることになった。
準備が終わり風呂場に入る。いい匂いの入浴剤まで入れてあり、至れり尽くせり状態に申し訳なさが加速する。こんな親不孝娘に…。
セカイの敵は現れないことを祈りつつ、体と髪を洗い浴槽に浸かる。湯船に浸かったのはいつぶりだろうか。水道とガス代の節約もそうだし、お湯を張ったタイミングでミミィに呼び出されたら無駄になるためこうしてお湯に浸かるのは本当に久々だった。
普通の人は何も考えずにゆっくりお風呂にも入れるし、家族と過ごしている途中に抜けてセカイの敵討伐に行かなくてもいい。今までも幾度となく考えた“普通”が頭をチラついて少し涙が出てきた。
あの時魔法少女になんてならなければ。私はたった一回の間違いで普通の幸せをどれだけ取りこぼしてしまったのだろう。
お風呂から上がるとコットン素材のラフなワンピースが置いてあった。暑い日に母がよく部屋着として来ているものだ。
それに着替えて髪を乾かそうとドライヤーを手に取ると扉の外からノックする音が聞こえた。
「ミコトちゃん、上がったかしら?髪を乾かしてあげるから2階へいらっしゃい。」
「あ、うん…。」
私はタオルで髪を拭きながら母の後ろをついて2階へ上がった。
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サポートありがとうございます。
今週〜来週頭あたりにサポーター様限定の番外編を近況ノートにアップする予定です。
ミコトの煙草のせいでミミィの体が黄ばむ話にしようと思っています。
今の所…。
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