第34話 私のお兄ちゃん達
最寄り駅につき、実家まで徒歩で向かう。大体15分ほどだ。
「ミコ!」
「
背後から久々に聞く男性の声で呼び止められた。次男の兄だ。彼も実家から離れたところで一人暮らしをしているため今日に合わせてこちらに戻ってきた様だった。
京都にある一流大学の大学院の2年生。身長が高く、身内贔屓を考えて見ても顔も結構良い方じゃないだろうか。彼も当然エリートだ。とっくに良い企業に就職を決めてあとは卒業論文を書くだけらしい。
「今日は大人しい格好してるじゃん。もう前みたいな服は着ないの?」
「着るけど…。ママはお気に召さないみたいだから。実家帰る時くらいはこういう格好をするよ。一式貰ったし。」
そう返すと少し渋そうな顔をして「あ〜。」と言った。
「俺は似合ってると思ってたけどな。母さんお前に対して何かと“こうあって欲しい”が多くて大変だな…。俺たちに関してはお好きにどうぞってスタンスだったのに。」
「不出来な娘が恥ずかしいんじゃない?」
「別に誰もそんなこと思ってねーよ。あの人、娘ができたら〜あぁしたい、こうしたいって言ってたから。それに子供の頃から病気がちで末っ子のミコちゃんのイメージが抜けないんだろ。だからつい構いたくなる。皆ね。」
理人くんは私の頭をわしゃわしゃと混ぜながらそう言った。
理人くんはこう言うフォローが上手い人なのだ。実家に住んでいた頃、私のやらかしで気まずい空気になっても上手く場を取り持ってくれていた。本当にできた兄である。私がこんな風でなければ胸を張って自慢の兄ですと言えるのだが、自分の中にあるコンプレックスが邪魔をする。
「それにしても
「どういうこと?」
「一流大学でて、一流企業に就職して、辞めずにちゃんと出世して、大学時代から付き合ってる美人で、頭のいい彼女と26歳で結婚して、28歳で子供が産まれて。ってそんなできた人生ある?」
「あぁ。まぁ確かに。」
「…。理人くんも奏斗くん側だから分かんないか。このすごいと思っちゃう気持ち。」
「いやいや思うって…!」
そうだったこの人は寄り添って話を聞くのは上手いが所詮
「てか、暑くね?ちょっと休憩しない?奢るからさ…!」
私が軽くいじけ始めたのを察して、近くの喫茶店に誘導する。そうこの人は優しいのだ。空気が悪くなるのに耐えられない人の顔色を伺う臆病者とも思うが。
「冷たいアイスコーヒーがいい」
「はいはい。甘いのじゃなくていいの?」
「うん」
真夏の日差しを避けて私たちは喫茶店の中に入った。
ちょうど注文を終えたあたりで理人くんが「兄さん、車で迎えに来てくれるって」と言った。
私はアイスコーヒーとフルーツタルト。理人くんはお腹が空いたそうなのでオムライスとセットのアイスティーを頼んでいた。
「あ…。そうなんだ」
「その顔…。気持ちは分からんでもないけど」
自覚はないが私はきっと苦々しいなんとも言えない顔をしているのだろう。
別に奏斗くんが嫌なわけではない。ほんの少し苦手なだけ。
奏斗くんの言うことはいつも正しい。彼は正論しか言わないのだ。理人くんの様な「まぁそういうこともあるよな」的な意見や価値観を暫定にしておく事はなくて、白黒きっちりつける質である。
そんな彼の正しさの前で私は萎縮してしまうのだ。奏斗くんも私のことを嫌っていないというのは分かる。ただ声に出さずとも“何故こうなってしまったのか”と“こうなった以上どう扱って良いのか分からない”というのがひしひしと伝わってきてしまい、彼と少人数の空間でいるのが苦手だった。
「まぁそんなに緊張しなくても。兄さんも子供が産まれて多少浮かれてるだろうし。」
理人くんは優しく笑って言った。あの人が浮かれているところなんて一ミリの想像出来やしないのだが。
「失礼致します。」
店員が注文した品を運んできた。理人くんのオムライスが先だったようだ。オムライスにかかったデミグラスソースの良い匂いが鼻腔をくすぐる。さしてお腹が空いている訳ではなかったのに少し空腹を感じだ。私もオムライスにしておけばよかったかな。
若干の後悔を感じていたら理人くんがちょっと食べる?と聞いてくれたのでありがたく頂戴する。彼はこんなに人に気を遣っていて疲れないのだろうか。
軽く談笑しながら食べ進めていたら、喫茶店の扉にかかっているベルがからんからんと鳴る。
入り口の方に目を向けると奏斗君が入ってきた。相変わらず背か高く存在感があるからすぐ分かる。
店員に少し話しかけてから、私たちの座っているテーブルを見つけてこちらへ向かってきた。
「久しぶりだな。元気にしていたか。」
「まぁぼちぼちだよ。」
「私も」
理人くんが返したのに続いて私も返事をした。
奏斗くんが椅子に腰掛けたので私はメニューを差し出した。
「ありがとう。」
奏斗くんはお礼を行ってメニューにざっと目を通してすぐに店員を呼んだ。注文に悩まないのもすぐ注文するのも相変わらずである。
奏斗くんがこのテーブルについてから私たちは少し緊張していた。なんとなく彼がいるとしっかりしなくてはという気持ちが働くのだ。きっと理人くんもそう。いつも通りのゆるく優しい口調ではあるが2人でいた時ほどのリラックスした感じは無くなってしまった。
「兄さんおめでとう。安産だったみたいで安心したよ。赤ちゃんの様子はどう?」
「夜泣きもほとんどしない静かな子だよ。逆に静かすぎて不安だ。」
理人くんの問いかけに奏斗くんは穏やかな表情で応える。
「葉月さんの調子は?」
「だいぶ回復してきてるよ。母さんがやたらと気を遣って動き回っているのがかえって不安だったが何だかんだ大丈夫そうだ。あぁ、そうだ。ミコトが年始に顔を出さなかったからひさしぶる会えるのを楽しみにしていたぞ。」
「そっか。ちょとバイトが忙しかったんだよね。」
「バイトなんてしなくても十分な仕送りもらっているだろう。」
「う〜ん。まぁ自立したいんだよ。」
「気持ちも分からんではないが、学生の本分が勉強だからな?まぁ、お前なりの考えがあるんだろうが…」
そう奏斗くんが言いかけたあたりで残りの注文の品が届いた。
「フルーツタルト美味そうだね。」
理人くんがオムライスを食べ進めながら言う。
「食べる?」
「じゃあ一口。」
「奏斗くんは?」
「いただこう。」
3人でフルーツタルトの皿を回してつつく。
ちょうどいいタイミングで店員さんがきてくれて良かった。このままなんとなく誤魔化されたまま店を出たい。
話題が変わり理人くんと奏斗くんがメインに会話をし、私が要所で相槌を打ちながらテーブルにあるものを平らげた。
「そろそろ行くか。」
理人くんが食べ終わったあたりで奏斗くん立ち上がって言った。
「あ、伝票。」
「大人しく奢られておけ。」
後ろ手に伝票をひらひらさせて、レジの方にスタスタと向かっていってしまった。
ーーーーーー
「あ、そうだ。ミコト。」
「え、何?」
奏斗くんに呼ばれたので近寄ると急に消臭スプレーを吹きかけられらた。
「母さんは初孫の誕生により、喫煙者を世界の敵と同意くらいに考えている。隠す努力はしたのが認めるがまだ足りないぞ。あの家では俺たち喫煙者の人権は保障されないからな。助け合おう。」
奏斗くんは薄く笑いながら消臭スプレーを振り掛けながら言った。私も思わず吹き出してしまった。
「世界の敵か〜。」
兄弟はみんな優秀で優しくて素敵な人。
そこに混ざれない私が悪いのだ。
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