最終話 革命

 落石でも受け止めたかの様な衝撃、剣を握る拳の感覚が一瞬失われる。

 苦労の末に生み出した好機、頭蓋を砕けないとは……しかし、無駄では無かった。


 砕けなかっただけの事、地面に伏す直前に見えた微小なひび。


「サイディル!」


 俺は自分の後頭部を指差し、思惑を伝える。

 掌を向け、首を縦に……伝わったか。


 まだ戦う術も、反撃の余地もある……此処で必ず絶つ。

 倒れた際に立ち上った砂煙の中から、ゆらりと姿を現すエラルド。


 未だ力強い足取り、猛烈な勢いでサイディルへと突進していく。

 後を追う形で走り出したその時、サイディルがまた、此方へ掌を見せる。


 何かの合図?止まれと言う事か?。

 その意図に迷いながらも、その場で静止……勿論、壁を背に立ったままのサイディルへエラルドは突進を続ける。


 あと瞬き一つで壁と一体になると言った所でサイディルは綺麗な側転を披露する。

 勢いのままに壁を破壊したエラルドは、瞬時に持ち直しサイディルへと再び迫る。


 成程な、身体能力と生命力の代わりに知能を失ったか。

 今の奴は、本能のままに目の前の標的へと集中する戦い方しか出来ない……あの男は自身に集中させる事で俺が、隙を伺う余裕を稼いでくれている。


 囮は任せろ、か……ならば俺は、奴の視界に入る事無く常に隙を伺い、僅かでも余地が有ればすかさず其処へ叩き込む。

 殺気を殺しながら、間合いを重ねる、僅かな動作の乱れ、瑕疵かしを見逃すな。


 力任せに繰り出す動作の中にも、必ず一定の動きが有る筈だ。

 見極めろ……左、右手での薙ぎ払い、拳を振り上げ、叩き付ける。


 そして前方へ飛び込み両手で掴み掛る……此処だ。

 両手を前に出した時、僅かに足元が揺らいだ。


 刃が通らなくても良い、剣を叩き割るつもりで振るえ……来た。

 再び両手を前に出した、今だ!。


 揺らぐ足元へ振るった刃は、踵の辺りを捉える。

 岩でも殴りつけたかの様な手応え、巨体が崩れる。


 今度こそ、この機を逃すな。

 痺れる掌で柄を握り直し、背中、そして後頭部を踏みつけ、剣を振り上げる。


 一振り、二振り……脳漿のうしょうが溢れ出す。

 

「――なっ」


 油断……体を襲う浮遊感、何が起こったのかを把握するのに時間は要さなかったが、対処は出来ない。

 横目に壁が迫る。


「ゴフッ……」


 全身を駆け巡る激しい痛み、視界は狭まり……意識が。

 ぼやける視界に、咆哮を上げながら門前へと走るエラルドが映る……まずい、そっちには多くの民が、しかし身体が動かない。



 ――動かすんだ。

 大地を踏み締め駆けろ、剣を握り腕を振れ!。


 軋む骨、悲鳴を上げる筋肉、その全てをねじ伏せ剣を振り上げ……捉えた!。

 滲む脳漿と、隙間から覗く薄桃色の脳髄へ、持ち得る全ての力を込めた一撃――



 及ばない。

 衝撃で一瞬動きを止めた足を再び、門へと向ける。


「兄ちゃん、良くやった」


 歪んだ鎧、あらぬ方向へと曲がった右手、されど頼もしい背中が目の前に躍り出る。

 身の丈程の槍斧を片手で振り回し、頭部へ……民を蹴散らさんと、動き出したその足は動きを止め、山の様な身体を地面へと崩す。


「リアム、大丈夫か?」


 闇に飲まれそうな視界に映る人影、身体が軽く……。


「ライド……書類は?」


「この通りだ。心配するな」


 ライドの支えを頼りに、もがくエラルドの元へと歩み寄る……早く、止めを。

 地面に身体を擦り付けながら、必死に書類へと縋る巨体。


 この期に及んでまだ……。


「諦めろ……ライド、書類を」


「ほらよ、しっかり持て」


 頭が割れそうだ、足が千切れそうだ……門が目の前に、もう少しだ。

 民衆の声が上がると共に門が開かれる。


「見たか?……打ちのめされて尚、その手に収めようとしたあの醜態を……あれが何よりの証拠だ」


 篭った声が聞こえる……。


「いい加減にしろ!」


「悪魔め!」


「何が新政府だ!さっさと解散しちまえ」


 思い思いの言葉が飛び交う。

 やっと国王の理想が――


「――おい!後ろに!」


 全身の神経がすかさず、視界を動かす。

 迫り来るのは岩石を彷彿とさせる拳、回避?防御?……間に合わない……。




 目前の拳の前へ颯爽とはだかる一つの影。


「辱めを受けたままでは納得がいかないんでな」


「アンタは確か……」


「礼は後で構わない……」


 足下が地面へとめり込む、巨体の前では木の枝程度に見えてしまう腕が戦慄わななく。

 剣を……握る手に力が入らない、ついには足そして全身から力が抜けていく。


 なぜ動かない、此処まで来たと言うのに……。

 


 ――一つの星が閃く。

 真っすぐに、揺らぐ事無く空を斬り裂き突き進む星……否、放たれた一本の矢は、             その存在に気付かれる事無くエラルドの脳髄を確かに捉える。


 ぐらりと崩れ落ちる巨体、その陰に……。


「避けろ!レイナード」


 声を振り絞る、全身へと血液が巡る感覚。

 動いた!。


 駆け出し、レイナードを抱え崩れ落ちる巨体の下から救い出す。

 立ち込める砂煙、そして張り裂けんばかりの歓声。


「王女様が!誉の王族が、英雄たちがバスティーナ王国を取り戻した!」


 鳴り止まぬ喝采、耳を劈く程の……しかし、何とも晴れやかな気分だ。


「折角の機会、貸しを作ろうと思ったのだが……逆に助けられてしまうとはな」


 銀髪を掻き上げながら浮かべる悔しそうな表情が、薄れゆく視界に入る。


「いや、間一髪……助かった、レイナード……」




 あぁ、瞼はどうやって開くんだったかな……まだまだ、この後忙しいんだ……寝てる暇は――

 暗闇へと意識が落ちる感覚……。



 ◇◇◇◇◇◇



「リアム、身体の調子はどうだい?」


「まぁまぁだな」


「良かった、じゃあ今日の集会は問題なさそうだね」


 安堵の表情……俺が目覚めた時はこの顔を見る、頻度が多い様な……。

 其れはさておき、即位の集会か。


 政府の最高権力者を失った事による、実質的な政府の解体、そして王族関係者の復権……あの一件から、もう一週間か。

 国内全土の陰鬱な雰囲気は一変、祝賀気分で満たされているみたいだな。


 今日は正にその絶頂ともいえる日。


「兄ちゃん、嬢ちゃん、その恰好良く似合ってるぜ」


「そうか?窮屈だし気は使うし……これっきりにしたいものだが」


「もう!リアムったら……こんなきれいな服を着られることなんて滅多にないよ」


 俺の感想とは真逆に、嬉しそうにクルリと回って見せるミーナ。


「リアム、ミーナ王女、そろそろ国民が、押し寄せてしまいそうだ」


「そうだなバーキッシュ……じゃあ皆ここまで付いて来てくれた事、感謝する。行って来るな」


 真っ赤な生地に黄金の刺繡がされた幕を潜れば、喝采が轟く。

 空気を震わせ、地面を揺らす其の喝采……ミーナが大きく息を吸い込めば、一斉に静寂へと成り代わる。


「民よ、動乱は終息した。しかし未だ、我が国は世界との争い……その停戦の最中に在る。私利私欲によって、父の願いは抑圧され最早、其の願いすら民の記憶から失せてしまう所であった。しかし、時代は動いた……今此処に、王家バスティーナの復権と再び世界へ歩み出す事を宣言する!」


 大地が割れんばかりの喝采を背に浴び、舞台の袖へ……。


「素晴らしい演説だったぜ」


「ライド……一体どこを遊び歩いていたんだ?」


「色々と立て込んでてな、酒を嗜む暇すら無かったぜ。で、続け様で悪いが、まだやる事が有るんだ……付き合って貰うぞ」


 軽快な足取りで、舞台の方へ……些か不自然なにやけ顔で手招きをする。

 再び幕を潜れば、轟く民衆の声。


 何も無かった舞台の真ん中には、布が掛けられた置物が鎮座している。

 そして其の傍らに立つ、鋼の鎧を纏った人物が布を取り払い、顕になったその正体に俺は目を疑った。


 木の枠に取り付けられた極大の刃、丸く切り取らた木版と、その直下に伸びる鉄の鎖。


「断頭台?一体何のつもりだ?」


「俺の最後の役目だ……全ての責任を取る」


 断頭台へと歩み、木版の首枷、鎖から繋がる手枷を自らへ装着する。

 忍び声が上がり始める壇下。


「バスティーナの民よ!俺が国王殺しの犯人だ。今この瞬間、王家の復権と共に、この騒動すべての発端となった事に対する責任を取るつもりだ」


 一瞬にして声が鳴り止む。

 風の音すら聞こえない静寂の空間。


「リアム、其処の縄を斬ればお前の復讐成就と共に、全てのケリが着く。頼んだぜ」


「そうか」


 何時もの様に剣を引き抜き、振り上げる。

 そして、須臾の躊躇いも無く振り下ろす。


 甲高い金属音が響き渡る。


「立て!」


 腕を掴み引き寄せる。


「この者は王家復権の第一人者。ラルフ国王の願いを、理想を胸に戦い続けた者だ!民を混乱させまいと、自らの命を捧げた国王の最後を見届けた英雄……名をライド・ゾンディス……仮にこの者を罪だと言うのなら……その罪を王家の命の下、不問とする!」


 静寂が打ち破られる。

 英雄を称える声が、この島国を包み込む。


「誰かに恨まれながら死ぬのは嫌だと言っていただろう?借りは返したぞ」


「へっ……貸しなんて作った覚えはねぇけどな。まぁ良いさ、お前の出した答えにとやかく言うつもりはねぇよ」


 照れくさそうに放ったその言葉……その後、微かに口元が動く。


「ん?最後、何か言ったか?」


「いや?……余程疲れてるみたいだな。さぁ、これにて一件落着だ、戻るぞ!」


 意外と照れ屋だなコイツは……。

 ライドの意外な一面に、思わず笑みを零しながら戻って来た舞台裏にはサイディル、クルダー、今日理想を求めて来た面々。


「私達は止めたんだけどねぇ……ペイルに負けず劣らずのわがままっぷりだったよ。何はともあれ、リアム、お嬢さん……ご苦労様だね」


「はぁ……なに言ってんだサイディル、苦労はこれからだろ?アンタにも今まで以上に働いて貰うから、覚悟しておけよ?」


「ハハハ!勘弁してほしい物だよ!」


 笑い声と、裂けそうな程に上がった口角、次第に其れは伝染し遂には轟く喝采すらも掻き消してしまう程だった。



   嘆きの王と沈黙の代償  ~完~  エピローグへ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る