第三十九話 生き残り

「――とまぁ、単一の王政制度が続いてきた国で、此処まで長く平穏を保ってきた国は、歴史を見てもそう多くは無いって事だ」


「……」


「おい、聞いてるか?」


「……あぁ、すまん。領境を越えた辺りから聞き逃していた。もう一度良いか?」


 結局、越境をしてから此処まで、眠っている時以外ずっと喋り続けていたな……。


「はぁ、何一つ聞いてねぇじゃねぇか」


 このやり取りも数回目なのだが……。

 まぁ、こんな他愛もない会話と、時折放たれるペイルの突拍子も無いわがままのお陰で、退屈することは無かったが。


 しかし、フェールリッチまで後少しと言った今、退屈よりも感じたく無い気分を感じつつある。


「おい、あれは何だ?」


 目の前に続く、街道を少し外れた場所に止まる一台の馬車と数頭の馬。

 一つの大きな天幕と、その周囲に見える幾つかの人影。


「ライド……避けて通るか?」


「いや、此処で逸れると不自然だろう。このまま進むぞ」


 ガタガタと座席から身体へ振動が伝わる度に、緊張が高まる。

 次第に天幕、集団との距離が縮まる……先程、遠目に確認していた集団の一人が街道の真ん中へと立ちはだかる。


「ライド様ですね。お待ちしておりました」


 立ちはだかるその人物は、深々と頭を下げる。

 困惑が広がる……全員に、いや一人平静を保った者が。


「アンタがバルモンディか?」


 ライドの問い掛けでやっと、深々と下げた面を上げる。


「はい、わたくしがバスティーナ王族より、血を分け賜りました。ル・バルモンディ・ローデスと申します」


「て事は、この男が新たな協力者って事で良いのか?」


「そうだな。わざわざ、迎えに来てくれるとは有り難いもんだ……しかし、此処で話すのも何だ、場所を変えるか?」


 ライドが提案をするや否や、俺達は天幕の中へと案内される。

 中へ入るなり、簡単な軽食と茶で歓迎される。


「――今の状態なんだが……」


「えぇ、そうでしたね」


 そうしてライドとバルモンディで繰り広げられる会話、その内容は、俺が事前に調べていた情報とほぼ相違の無い物だった。

 振舞われた茶で喉を潤しながら、耳を傾けた会話が終わると、バルモンディは俺達の方へ順に視線を流す。


「して、名誉王族の方とはどなたでしょうか?」


 横に座るライドが、俺の袖を引く。

 仕方無いな……見せない事に話も進まないだろうしな。


 俺は衣服の胸元を引っ張り、刺青を顕にさせる。


「俺だ。ラルフ国王より、誉の証を賜った……で、こっちの少女が、王女のミーナ・バスティーナだ」


 恍惚としながら、俺の胸元とミーナへと瞳を動かす。


「あぁ……どれだけこの瞬間を待ち望んだ事か……王族の帰還に立ち会えるとは」


 歓喜の表情をこれでもかと見せ、俺とミーナの手を握る。


「どうか今一度、刺青を……誉の証を見せては頂けませんか?」


 見せびらかす様で、余り気は乗らないが……歓喜、懇願、様々な思いが乗ったこの表情を前に、断るのも気が引けるな。


「おおぉ……花輪と鳩の紋章。確かにラルフ様の紋章だ……あの方は最後まで……」


 遂に地面に膝を着き崩れる。


「お、おい」


「申しわけ……ありません」


 差し伸べた手に掴まりながら、やっとの事で立ち上がったバルモンディの顔には、隠しきれない喜びと涙でグシャグシャになっている。


「すみません、では気を取り直して」


 布で顔を拭い、乱れた衣服を整え、外で見せた老齢を思わせない爽やかな笑顔へと立ち戻る。


「先にお伝えした通り此処では現在、新政府もギルドも殆ど機能していない状態です。我々は地方を中心に可能な限りの物資援助などを行っていますが、それでも其の日、其の日を凌ぐのに精一杯の状態です」


 政府もギルドも機能していないなると、恐らくお世辞にも治安が良いとは言えない状況だろうな。

 故に、蜂起を迫るのは容易だが、今日を生きるのに必死な者達が、そんな事に手を貸してくれるとは到底思えないな……となれば。


「バーキッシュからの援助は出来るか?」


「……可能だが、此処迄の輸送手段の確保が難しいな」


 眉間に皺を寄せながら、腕を組みなおすバーキッシュの表情から、些か遺憾の念が見える。

 輸送の手段か……。


「物資の手配さえしてくれれば、マイド達の手を借りて運ぶ事は出来るぞ。」


「本当か!」


「あぁ、丁度、走力や持久力に優れた奴等が居るからな。お前等が言うハザックベアとかマッドスパイダーだな」


 その手が有ったか。

 援助の件はこれで解決か、これによって生活の余裕、そして俺達への支持か少しでも得る事が出来れば、また一歩前進できるな。


「じゃあ一先ずの目標は、領民への援助って事で良いか?」


 一同の肯定的な返答で、その場が締まる。


「そう言う事で、バルモンディ今後も頼むぞ」


「えぇ承知しております。ライド様、ノーレン様、バスティーナ王女……我々も全力を尽くします。この地に再び平穏を取り戻す事への、ご助力をどうか」


「あぁ、元よりそのつもりだ。なぁ、ミーナ」


「う、うん……よきにはからえ」


 辞典から引っ張り出して来た様な、ぎこちない言葉で、天幕の中が和やかな雰囲気に包まれる。


「――では、わたくしは後程、あなた方に合流させて頂きます。この後はどちらへ?」


 リッチェルドへ向かう事を伝えると、後日そちらに向かって合流すると言う事で、話が纏まる。


「じゃあ、物資の手配が着き次第、手紙を送るって事で良いな?」


「はい。ではその様に」


 新たな協力者、復権を望む権力を奪われた王家の人間と聞いた時は、警戒していたが、どうやら杞憂に終わったらしい。

 決して思考が読める訳では無いが、あの態度を見れば、真に王の血族として誇りを持って今日まで過ごして来た事くらいは分かる。


 今正に、一つの思いが繋がれたと言えるだろう。


「さぁ、そろそろ出発するか」


「そうだね、外で待たせてるわがまま王子様が心配だ」


 天幕から一歩足を踏み出した途端、予想通りの声が響く。


「やぁ、随分と寒空の下で待たせてくれたね」


「あー、分かった分かった……そんなに寒く無いだろうが、めんどくせぇな。さっさと準備しないと置いていくぞ」


 わがまま王子か……随分と的を得たあだ名だな。


「よし、ライド良いぞ」


 再び街道に沿って都市を目指し馬車が動き出す――



 ◇◇◇◇◇◇



〈都市 リッチェルド〉



「――さぁ、着いたぞ。領内最大の都市リッチェルドだ!」


「最大の都市……か」


 確かに目の前には大きな都市が見えるが、その一帯は異様な空気に包まれている。

 これだけの都市であれば、多くの人で賑わっていても良い筈だが、見渡す限りで目に入る人の姿は、指折り数えられる程度の少数しか見当たらない。


「以前、私が来た時はもっと多くの人で賑わっていたんだけどねぇ」


「確かに、不気味な程に静かだな」


 同様に辺りを見渡したライドが、やっと見つけた一つの影を指差す。


「あれは商人か?取敢えず話を聞いてみるか」


 やっと見つかりそうな手がかりを逃すまいと馬車を進める。


「なぁ、ちょっと良いか?……随分と重苦しい雰囲気だが、何かあったのか?」


「……知らんのか?数年前からこの領内、主に都市部を中心として、惨い殺人事件が起きているんだ。おまけに政府やギルドはこれを放置、多くの民が事件を恐れて、満足に外出や外での仕事すら出来ない日々が続いてるんだ」


 やはり政府やギルドは本当に、その役目を果たしていない様だな。

 此方としては好都合だが……惨い殺人事件、少々気になる。


「そうか、呼び止めてすまないな」


「取敢えず、何処か休める所を探しましょうか」


「そうだね、宿屋でもあると良いんだけど……」


 再び馬車が動き始める。

 人気の無い街の大通りに、蹄と車輪が地面を叩く音が寂しく響く。


「ねぇ、あの看板」


 嬉しそうな声が響く。

 ミーナの指が示す方向には、傾き、今にも落ちて来そうな看板。


 文字が消えかけているが、確かに宿屋と記されている。


「良かったな、野宿しなくて済みそうだ」


 ライドは何故か残念そうな表情を浮かべながら、一目散に宿屋の中へと向かって行く。

 程無くして、戻って来たライドは未だ、面白く無さそうな顔を浮かべている。


「金さえ払えば、好きな部屋を使って良いそうだ」


「じゃあ、お言葉に甘えて!」


 真っ先にペイルが宿の中へと飛び込んで行く……あぁ、そう言う事か。

 あいつの表情の理由が理解できた……。


「お前とペイルは随分と仲が良いみたいだな」


「あぁ、仲の良い友人だからこそ、厳しさを教えてやろうと思ってな……だが、運が悪い事に宿が見つかっちまった。本当に残念だ」


「ハッハッ八ッ、まぁ良いじゃねぇか。何が起こるか分からねぇ、こんな時だからこそ変な奴が居た方が退屈しないだろう?早く俺達も行こうぜ」


 変な奴はで十分なんだけどな……。


「そうだな、休める時はしっかり休んでおくとするか」

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