第二十三話 追手

 ――俺はとめどなく、注ぎ込まれた大量の情報を必死に脳内で整理を試みる。

 其の最中に浮かんだ言葉、其れはそのまま口から零れ出る。


「じゃあ……俺達が今迄、戦って来たのは……殺して来たのは元々人間だったって事か?」


 ライドは俺が発した言葉、問い掛けに苦笑を浮かべる。


「元々人間だったか……今でも彼等は人間だ。この国を守った英雄であり、今は俺の……俺達の大切な同志だ」


 最早、整理が追い付かない。

 ライドの言葉で俺の抱く混乱は更に大きな物へと変わっていく。


「なら尚更だ……何故、俺達へ協力を求める?俺達はお前達の仲間を散々殺して来たんだぞ……この国が示した様に悪だと言いながら」


 しかし、それでもライドは俺達の力が必要だと言う。


「確かにお前達は魔族や、エヴェルソル……俺達の仲間を沢山殺して来た。勿論、俺としてもとしても、お前達を簡単に許す事は出来ないがそれは、お前達も変わらない筈だ。俺達も散々仲間を殺して来た……だが、お前達が戦い殺して来たのは、何も知らなかった故の事……だがギルド、イニールドや政府は違う」


 無知とは言え、多くの命……国の英雄達の命を奪って来た。

 其れは到底許される事では無い。


「ハハ……参ったね……リアムが夢現に呟いていた事かい?」


 夢現に……そうだ、俺が助けられた時、酷く取り乱していたと言っていたな。

 取り乱していた……。


「偽りの平和、偽りの悪……それを揺るがす」


 笑み?いや口角がひきつった様な表情を見せるサイディル、額にはうっすらと汗がにじんでいる。


「成程ねぇ……すべてが繋がったよ」


 サイディルの発した言葉を来たライドの表情には満足気な笑みが浮かぶ。


「そうか、そりゃあ良かった」


「サイディル、一体どういう事だ?」


 投げた問い掛けにサイディルは大きく溜息を着く。

 悔恨を思わせる表情を浮かべ、ゆっくりと口を開く。


「全てあの人の……ギルドマスターの掌の上で踊らされていたって事だ……王政の崩壊と王立軍の解体、ギルドの結成そして新政府の発足」


「そうだ、全ては――」


 ライドが言葉を放とうとしたその瞬間、此方へ駆け寄る様な足音が響く。

 サイディルは瞬時に足音のする方向へ振り返り、自身の背中の方へ誘導する様に俺の腕を引く。


 即座に剣へ手を掛け、足音に合わせ揺れる草むらを睨む。


「おぉ、居たいた」


 草木の隙間を掻き分け、勢い良く飛び出して来たのは俺が目を覚ました時、傍らに居た男だった。


「……ペイル何してるんだ?盗み聞きか?……レイラにあまり、うろつくなと言われていただろう?」


 そんな小言を言われた男は、その顔に不満を表し少々、拗ねた様な態度を見せる。


「じゃあ、君達はそのまま其処で話しをしてくれて構わないよ。北側からギルドの連中が迫って来たから僕は逃げるけどね」


 放たれた言葉にライドは驚愕を顕にする。


「付けられていたか?いや、だとしてもコイツ等が動けない間に襲って来てた筈だ……まぁ良い、さっさと此処から離れるぞ。」


 立ち上がったライドは焚火を踏み消し、周囲へ号令を出す。


「東側の見張りへ移動を伝えろ、南へ向かいそのまま森を抜ける。ペイル、アンタは西側の見張りへ状況を伝えて来い」


「えぇ……僕は君達に資金提供してあげている身分だよ……」


「そうか……不満か。危険な状況が欲しくて俺達と行動しているんだものな?……じゃあ、此処に残って殿しんがりを務めるか?」


 この男は一体、何なんだ……ライドの言葉にまたも不満を見せながら、仕方がないと言わんばかりに西へと走り去って行く。



 ――程なくして、ガラガラと激しい音を立てながら一台の馬車が俺達の下へと到着する。


「お待たせしました。さぁ、乗って下さい」


 俺は荷台から伸びるレイラの手に掴まり、馬車へと飛び乗る。

 すると荷台に乗るなり、聞き覚えのある声が耳へと届く。


「兄ちゃん、目が覚めたんだな……また、話せて嬉しいぜ」


「あぁ、クルダーあんたも無事だったか」


 再開、安堵、束の間の会話を広げる。クルダーは此方へ振り返り笑顔を見せる。


「まぁ何とかな……まともに体は動かないし、戦える様な状態では無いがな。兄ちゃん、お前も無事で何よりだ……だが、どうやら再開を喜んでいる暇は無いらしい……レイラ、馬車を出すぞ?」


「待って下さい、まだペイルさんが……」


 脇目も振らずに真っすぐ此方へ走る人影。


「ペイルさん早く」


 ペイルの到着を待つ間、サイディルが荷台の外から俺を呼ぶ。


「リアム、忘れものだよ」


 そう言いながら、手渡して来たのは常時携えていた長剣と弓矢と短剣。

 其れ等を受け取った瞬間に荷台へとペイルが飛び乗る。


「サイディル、待ってるぞ」


「……うん」


 一瞬、笑みを見せサイディルは此方へ背を向ける。


「クルダーさん、出して下さい!」


 合図と同時に勢い良く走り出す馬車の後ろからは既に、馬の蹄が地面を叩く音が迫っている。


「リアムさん頭を下げて……」


 激しく揺れる馬車の荷台から身を乗り出し、後方に迫る追手を確認しているとレイラに裾を引かれ、隠れる様に促される。


「まだ、身体も思い通りに動かないでしょうから、今は……」


「……この馬車で、此処まで距離を詰められていたら、あっという間に追いつかれる」


 俺はレイラの制止を無視し、矢を番え弓を引く。


「――へぇ……変わった構えだね。僕の友人とそっくりだ」


 妙な事を呟くペイルを横目に弦を引き絞り、迫る騎手へと矢を放つ。

 だが、放たれた矢は大きく逸れ、立ち並ぶ木の幹へと刺さる。


 片目での射撃、今迄よりも狭い視野に慣れていない為だろうか。


「ほら……レイラの言う通りだ。まぁ、数日間も眠っていたんだ無理もないよ……僕に弓を貸してくれないか?」


「リアムさん?……大丈夫ですよ、ペイルさんの弓の腕は確かなものですから!……それに、今無理をしても傷の治りが悪くなる一方ですから」


 何処か、申し訳なさそうな表情を浮かべるレイラへ掛ける言葉、ましてや反論の言葉も浮かばない。


「――チッ」


 思い通りに動かない自身の体と、今のに腹が立つ。

 だが、どうすることも出来ない……此処を切り抜けるには……。


「雑に扱ってくれるなよ?」


 差し出した弓を受け取ったペイルは、任せろと言わんばかりの自信に満ちた表情を此方へ見せ、弓を構える。


「堪らないねぇ……いやぁ、この危機感、緊張感……心が震えるよ」


 些か不気味な言動と笑みを見せながら、一射、二射と続けざまに矢を放つ。

 放たれた矢は、迫る騎手の眉間へまるで必然かの様に命中するが、残り連なる追手の速度が緩む事は無い。


「まぁ、本命二人を連れていたら仕方無いか……それなら、諦めてくれる迄、数を減らすだけだ」


 再び弓を構えたペイルの見せる表情は、不敵な笑み……いやまるで、長いこと待ち詫びた日を迎えた子供の様な表情を浮かべている。

 ――構え、そして狙いを定めて放つ。


 息も着かせぬ連射は確実に標的を捉え、十数名居た追手の大半を撃ち止める。

 そして尚も俺達の後に続く数名の戦意も射手一名による蹂躙で失われつつあった。


「さぁ、追いかけっこも、そろそろ終わりだ……このまま目的地まで、案内する訳にもいかないからね」


 そう呟きながら放たれた矢は、又も狂いなく眉間を射抜く。

 其の一射が追手の戦意を完全に喪失させた。


「やっと諦めてくれたか……」


 安堵からか大きく息を吐く。


「なぁ……あんた一体何者だ?」


 俺は抱いた疑問を率直にぶつける……いや、疑問を抱いたのは恐らく俺だけじゃないだろう。


「唯の、お金持ちのさ……弓、ありがとうね」


 見せる笑顔からは先程感じた不気味さはもう無い。


「何時か、時間の許す時に君とは色々話してみたいね」


 納得できない、そんな思考が表情に出ていたのだろう。

 俺の表情を確認するとペイルはそんな言葉を投げる。


「さぁ、そろそろ目的地だ……何かあった時はライド達とは其処で合流する事になっているんだ。待っていれば彼等もじきに到着するだろう」


「目的地?このまま馬車を走らせても、先に在るのは教会くらいだぞ?」


「はい、その教会が私達の目的地です。分かれてしまった際は其処で落ち合う様にと」


 今の所在が曖昧な事もあり俺は、目的地の場所等……と聞き流していた。

 何故なら、先程の戦闘で確かに覚えた高揚感が未だに冷めていなかったからだ……あれ程の正に離れ業とも言えよう、技術を持つ者はそう居ないだろう。


 追ってを振り切った安心感からか、そんな呑気に思考を巡らせていた。


「まぁ、教会と言っても懺悔しに来た訳じゃ無いけどね」


 思案の最中にペイルが呟くと同時に、馬車が停止する。


「仲間が亡くなってね……せめて別れの言葉だけでも送ろうと思って。そしてライド達と此処で合流した後にリングランデ都市へ戻る予定だ」


 停車した馬車、静寂の中に蹄の音が響く。

 此方へ近づく数頭の馬と巨大な黒い影。


「お前等、無事だったか」


 黒い影、いや其れに乗る人物からの問い掛け。


「ライドさん……此方は問題ありません。其方は?」


「あぁ、こっちも問題ないが幾つかの集団と離れちまった……まぁ、集合場所は伝えてある、問題無いだろう」


 黒い影、マッドスパイダーの背から飛び降り此方へ近づくもう一人の人物。


「いやぁ、無事で何よりだ……聞いてくれよ、このマッドスパイダー……彼等、木々の間隙を縫い小川を飛び越え、正に縦横無尽に走り回るんだ!」


 興奮を隠しきれない、いや隠すつもりも無いサイディルを軽くあしらう。

 それでも尚、興奮冷めやらないサイディルは陽気な口調でライドへ尋ねる。


「それにしても、何故教会に?懺悔でもするのかい?」


 そんなサイディルの態度に、鬱陶しさが露わになった表情を見せる。


「死んだ仲間に別れの挨拶をしに来た」


「さぁ、お二人共……いえ、皆さんは此方で眠っています」


 その言葉を聞き、冷静さを取り戻したサイディル。

 其れと同時に俺の脳内は再び困惑が広がった。

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