【幕間】 才、有する者 第三話
怒り、悲しみ、次々と湧き上がるやり場の無い感情を抱えたまま私は、宛もなく歩ていた。
どれ位そうしていただろう?……。
気づくと私は、居住地区の外れ……其処に佇む家屋を目の前にしていた。
「――何だっ!」
抱えた感情と力に任せ、蹴破った扉の先から幾つかの声が上がる。
その声を合図に部屋の奥から一人、二人、三人と部屋の奥から斧や短剣を持った人物が現れる。
私はそれ等を情け容赦無く、そして
更に奥へと足を進める。
再び姿を現せば声を発する間も無く、只管斬り伏せる。
極限まで研ぎ澄まされた感覚は、その先に居る人物の息吹を感じ取る。
静寂に包まれた空間に扉が軋む音が響く。
眼中には椅子へと掛ける一人の人物。
「お前がジルベルトか?」
私の問い掛けに対して、その人物は口角を僅かに上げ、答える。
「王立軍の兵士……それも、近衛の兵士が……復讐のつもりか?」
「復讐?……我々、王立軍の兵士に対して実害が出た以上は、お前を見過ごす事も生かしておくことも出来ないだろう?」
私は男の首元へ紅く染まった切っ先を突き付ける。
「どうした?……
そう……躊躇いは必要無い。
この男は悪であり、私が下すは正義の鉄槌。
迷う必要も無い――
「やめろ!殺すな!」
首元へ突き付けた剣を振りかぶり、その首を両断しようとしたその時、背後から声が響く。
そしてその声と同時に聞こえる、幾つかの足音。
「やめろサイディル!……剣を下ろせ、そいつを殺すな」
荒くなった吐息と共に声を上げるのは……アルヴィーノか……。
「何故です?こうして、王立軍の兵士が犠牲になってしまった以上、こうする他無いでしょう?」
私の質問にアルヴィーノは声を荒げる。
「我々の仲間に被害が出たのは確かだが、その行動は大義を盾にした唯の復讐だ……我々の目的……任務を思い出せ」
「……その剣を下ろして下さい……今すぐに!」
アルヴィーノの言葉に割って入る別の人物の声。
私はその声に聞き覚えが有った。
「――父君のご葬儀、以来ですね……『ラルフ国王』」
其方を見ずとも分かる。
声に迄現れる程の震え、この状況に怯え恐怖しているのだろう。
「民と国の安寧の為に、捧げたその身をこれ以上、復讐の血で
「ではどうしろと、言うのですか?!」
込み上げる怒りで私はその声を荒げた。
冷たく張り詰めた空気が室内を包む。
「当初に下した
「……その様な、甘い対応をしているからこそ、この男の様な輩が台頭するのですよ!」
「無論、厳しい処罰は与える所存だ!だが、今此処で殺してしまえば、この者が何故此度の様な事件を企てるに至ったかが明確にならない。不満を抱き行動を起こした者を唯、殺め罰するだけではこの国の現状は何一つ変わる事は無い……不満を抱くという事は善悪多々あるであろうが何かしらの意見を持っている事と相違ない。」
頼りなく震えていた声は段々と力強く明瞭に、そしてその声は……込み上げていた私の感情を押さえつける。
「そういった者、民の声を聞き入れ、現状を変えるのが……父上に及ばぬが故にこの現状を招いた余の責務だと思っている。仲間を
怒涛の様に思考が巡る――
口を開け、身体を動かせ、判断を誤るな……。
その首へ振り下ろさんと掲げていた剣を下ろし、私は振り返り声を絞り出し兵へ命じた。
「……この者を拘束、連行しなさい」
私が言葉を発したその瞬間、目前のに立っていたラルフ国王は力なく膝から崩れ落ちる。
立派にこの国の主を務めているじゃないか……この様な方が国王で在るのならば、この先の未来何に怯える必要があろうか?。
若輩だから等と言う心配はこの方には無用だ……守って貰った私の
◇◇◇◇◇◇
――眩い夕日の差し込む、小高い丘の上。
私は何を考えるでもなく唯、朱に染まる空を見つめていた。
「サイディル、君の言いたい事……君の思いは私にも理解できる。私の様なこの先、長く前線へ身を置く事が叶わない者が死地へ
「……」
「無論、その様な体制が取られなかったのは今君達の先頭に立っている私達の責任だ。今後直ぐにでも変革をもたらさなければいけない……サイディル、本当に辞めるのか?」
変革か……何かを変えるには何かを失わなければならない。
そんな考えも有るかも知れないが……。
「私なりに考えた結果ですよ」
「そうか……」
「私は……有する才によって、今日この日まで助けられて来たのでは無いかと……有する才によって、王に仕えこの国を守ると言う理想を実現できていたのでは無いかと……」
込み上げる怒りは誰かにではなく、自分に対する抑えきれない怒りだ。
「力を持たず、才を有さず……そんな人達は抱いた小さな理想ですら実現する事が出来ないのではないかと……だから、私はどんなに弱き者であろうと抱いた理想を実現し未来へ繋げる……そんな組織を作りたい」
私の言葉を聞いたアルヴィーノは微かに頬を上げ呟く。
「目指す所は、同じと言う訳か……」
「自分たちと共に其れを目指せ、とでも言うのですか?」
「いや、君は君なりのやり方で目指す方が性に合っているだろう。それに、我々は……いや、我々だけではないかもしれない無いな。君の様な才能ある者に頼りすぎている節が多々ある……その様な者が、巣立つのは組織にとって変革をもたらす良い機会だろう」
一つ息を飲み私の瞳に真っすぐ視線を重ねる。
「代わりと言っては何だが……此処に誓いを立ててはくれないか?」
「誓い……ですか?」
「そうだ……この先二度と過ちを犯さないと」
二度と過ちをか……暫く思案し、静寂が流れる。
「――隊長、それは出来ませんよ。人は必ず過ちを犯す生き物です……そして、その過ちや失敗こそが次へと繋げる好機となる。今ある技術や知識の全てが正ではありませんし、今ある物が失われる事によって生まれる新たな技術や知識が有ります……私達がすべき事は、その場でその技術が失われようとも、必ず未来へ繋げるという事です」
「ははは……君に諭されるとはね」
「いえ、私も
アルヴィーノは今まで見た事の無い様な……喜び、悲しみ、期待そんな感情を乗せた笑みを私へ見せる
「確かにそうだな……だが忘れるな、君も託される側だという事を……じゃあ、達者でな」
そう言い振り返ったアルヴィーノの瞳には僅かに光る物が見えた気がした。
◇◇◇◇◇◇
「――――――支部長、彼が例の……」
「成程ねぇ……かなり腕が立つようだね……クルダー、彼の素性は調べられたかい?」
「いえ、それが……出生から数年の情報しか無く」
あれからどれ程経っただろう、私もそろそろ託す側だ……
「そうかい……じゃあ、私は取敢えず彼の行きつけの店へ出向いてみるよ。もし何か分かったら、また教えてくれるかい?」
「分かりました。何か分かり次第すぐに」
「――気を付けてねリアム!」
私が店内に入るとほぼ同時に、一人の若者が退店する。
厨房に居る少女がその若者に向かって声を送っている光景が目に入る。
「彼は知り合いかな?」
「え?……あの……」
「失礼。私は『ライディン・サイディル』ギルド、バーキッシュ支部の支部長をしている者だ。先程の彼について何か知っていれば教えて欲しいのだが……」
才、有する者 【完】 次回 二章 志
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