第二十話 平和を願う者…その名は

「――まぁまぁ……リアム、そんなに邪険にしなくたって良いじゃないか」


 少々、険悪になった雰囲気を変える様にサイディルが俺をなだめる。

 そして間もなく遺跡の外へと立ち戻る。


 遺跡の出入り口を取り囲む様に、剣を構え立ち並ぶ多数の人影。

 その集団の中心には見覚えのある、白金色の鎧を纏った人物が一人。


「――おや?奇遇ですね、ギルドマスター……こんな所でどうしたんですか?」


 わざとらしく、お道化どけた様子で声を上げるサイディル。

 そのまま周囲を見渡し集団へと問いかける。


「どうしたんだい?君たちも剣なんか構えちゃって」


 唯、沈黙のみが此方へ返って来る。


「彼……イバンに私達を連れてくる様にと指示した様だが、一体要件は何だい?」


 再び返って来る同様の沈黙にサイディルは呆れた様子を見せる。

 話にならない、と愚痴を零すサイディルに俺は『例の書類』を此方へ渡せと伝える。


書類これは……イニールド、アンタが書いた物か?」


 俺は受け取った書類を集団へ掲げ問いかける。

 暫しの沈黙、やがて一人が閉ざしていた口をゆっくりと開く。


「そうだ」


 白金色の鎧を纏う人物……ギルドマスター、イニールド・リーバスがそう一言呟く。

 俺は込み上げる、様々な感情を抑え込み再び問いかける。


「バーキッシュの宿屋の二人……あの二人を殺したのも、アンタか?」


「……そうだ」


 再び返って来る肯定の返事。


「何故だ!」


 少々、荒げた声は遺跡の中を反響する。

 そして再び流れる沈黙……風鳴りの音だけが耳へと伝わる。


「全く……受け答え位、はっきりしてくれたら、どうなんですか?ギルドマスター……それとも、貴方達はこの場で斬り合う事を望んでいるのですか?」


 痺れを切らしたサイディルが少し煽り立てる様に声を上げる。

 その甲斐むなしくも三度みたび、返って来る沈黙……否、ゆっくりとイニールドが口を開く。


「――君達は国の平和の為に必要な物……それが何か分かるかね?……作物や家畜を確保する広大な土地か?外国と取引をする為の莫大な資金か?」


「……」


 暖かな陽の光で照らされる周囲の空気を、凍てつかせる様な声が響く。


「否、そのどちらでもない。必要な物、それは……悪だ。民衆を恐怖に陥れる絶対的な悪こそが、この国には必要だ。と言う物に人々は怯え、そして団結する……その団結力こそが、この国を平和へと導く大きな力となる……そして、其れこそが、あの方の望んだ未来だ」


 平和へ導く為の必要な悪?あの方……誰かが望んだ未来?。


「あんたの言う必要な悪……それと、あの二人を殺した事に何の関係があるんだ?……それに、あの方が望んだ未来とはどういう意味だ?」


「……リアム、君は質問が多いね。尽きる事の無い、その探求心……私達と共に歩めたのなら、きっとをその目に映す事が出来ただろうに……さて、二人を殺した理由わけか。」


 一瞬の間が、永遠にも感じる。


「彼らは、悪と言う存在を別の物へと変えようとしてしまった……そう、平和への過程みちを妨害したのだよ……言うなれば、私は民の代弁をしたのだ。そして彼らと同じ事を君たちは今、正に成そうとしているのだよ」


 突如、サイディルが高笑いをしながら、煽る様な口調でイニールドへ問いかける。


「まったく、笑わせてくれますねぇ……そんな小さな力で存在が揺らぐ悪とは本当に絶対悪何ですか?……誰かが偽りの平和の為に、でっち上げた偽りの悪なのではないのですか?」


 地面を見つめ沈黙を貫くイニールド、畳みかける様にサイディルは続けて放つ。


「もし貴方の言う事が私達を欺く為の虚偽だとしても、少し詰めが甘いんじゃないですか?……なぁ、後ろの君達!……そう、思わないかい?」


 ゆっくりと、顔を上げるイニールド。

 その表情に浮かぶのは不敵な笑み、背筋が凍り付く様な感覚に陥る。


「サイディル……思い上がるのも、いい加減にしたまえ。詰めが甘いのは君達の方だ」


 俺達の背後を指すイニールド……示す方向には多数の人影、全ての者が弓を携える。


「処理は任せたぞ」


 そう一言残し、イニールドが振り返る。

 俺達を囲んでいた集団が二つに割れる。


 人の壁で作られた通路の先……イニールドの正面に鈍色の重鎧を纏った人影が一つ立ちはだかる。

 兜の面頬めんぼおを跳ね上げ声を上げる。


「悪いが、このまま帰ってもらう訳には行かないな……ギルドマスター、貴方の知る真実全てを話して頂きますよ」


 立ちはだかるクルダーは、おもむろに槍斧を構える。


「久しいな、その恰好を目にするのは……今から死に逝く君達とこれ以上語り合う程のいとまは生憎、持ち合わせていなくてね……」


 再び此方へ振り向くイニールド。

 何処か笑いを嚙み殺す様子を見せる。


「絶望的な状況でタガが外れたのかね?……まぁ、帰してくれないと言うのならば致し方無いな」


 腰に携える二本の剣を引き抜き、再び声を上げる。


「総員に告ぐ。目標、敵勢力三名……直ちに殲滅せよ」


 周囲に響く号令と同時にイニールドの背後に立つクルダーは瞬く間に人の波に飲み込まる。

 そして背後、遺跡の上から見下ろす様に佇んでいた集団は一斉に矢を番え弓を引く。


「人の心配をしている場合か?」


 ゆらりと構えるイニールド。

 一閃の如き速さで俺との距離を縮め、立ち込める砂煙の中から切り上げる。


 俺は即座に剣を引き抜き、二つの刃から放たれる斬撃を受け止める。

 凄まじく強力で、凄まじく重い斬撃、身体中の骨が軋む様だ。


 互いの刃を押さえつけながら暫く睨み合いが続く。


「王の忠臣よ……今の君では私を殺す事は叶わんよ」


「……そうかい」


 イニールドの振り上げた剣に更なる力が加わる。

 骨が、筋肉が、悲鳴を上げている。


「老齢の忠告は素直に聞いておくべきだ……その刃、収めたまえ」


「そうか……じゃあ」


 一瞬の油断、僅かながら剣のこもった力が抜ける。

 その瞬間を見逃さずに、すかさず剣を押さえつけたままイニールドへ自身の身体をぶつける。


 崩れた、体勢……首へ目掛け横ぎに剣を振るう。

 しかし、瞬時に体勢を整えたイニールドには届かず躱されてしまう。


「忠臣よ……忠告はしたぞ。その剣、下ろし収める気は無い様だな」


「あぁ。この剣を収めるのは、アンタがその膝を屈した時だ」


「探求心……いや亡き王に対する忠誠心か?何が君をそこまで突き動かす……君はその先に何を見る」


 イニールドはゆっくりと正面に剣をを構える。


「気が変わった……今から私は三度、剣撃を放ち君をこの地に沈める。死出の旅路に出向くまでの僅かな時間だが、君の質問に幾つか答えてあげよう」


「そいつは、ありがたい」


 イニールドと同様、正面に剣を構える。


「アンタの言う平和の為の絶対悪……その悪とは何だ?」


「フム……」


 刹那、俺との距離を瞬時に詰め、顔面目掛け剣を振り下ろす。

 目前に迫る二つの刃、皮膚が割かれる寸前で其れを受け止める。


「さぁ、一つ目の剣撃だ!……君の質問、悪とは何かだったな」


 刃を受け止める剣が、ギリギリと音を立てる。


「いいのかね?その様な愚かな質問で……散々、君達も殺して来たではないか」


「殺して来た?……魔族か?エヴェルソルか?」


「フッ……それ以外に何がある?だとしたら君達は何を理由に奴らを葬って来た?」


 自身の剣を僅かに下方へと向ける。


「……確かにそうだな」


 抑える攻撃を地面へ受け流し、腹部へ蹴りを放つ。

 よろめくイニールドから再び距離を離し……睨み合い、そして問いかける。


「アンタの目的は何だ」


 問い掛けた瞬間、背後から爆発音が響く。

 其れに一切の揺らぎを見せる事無く、イニールドが答えを返す。


「目的か……平和だよ。この国の……あの方が愛した国の永遠の平和だ」


 イニールドが閃光の様な速度で此方へ迫る。

 袈裟懸けの一振り……即座に左逆手に剣を持ち換え受け止める。


 続くもう一振り、右脇腹を裂く様に迫る追撃。

 咄嗟に腰の短剣を抜きつばで絡め取る。


「この国の平和こそ、私がそして、あの方が望んだ未来……平和な世界、君達はそれを阻害しようと言うのかね?」


「悪の存在で成り立つ平和……それは仮初の平和だ。小さな力で崩れかねない偽りの平和……いずれ馬脚ばきゃくあらわし民は気づき再び争いが起こる」


 目を見開き、荒げた声を上げる。


「そうだ!……例え今は仮初、偽りの平和であったとしても、真の平和に辿り着くその日まで悪は悪のままでなくてはならない。偽りであろうと国の平和は民の理想……何故、君達はそれが分からない?」


 互いの剣が音を立て擦れ合う。

 柄を握り潰す程の力が手に篭る。


 逆手に持つ長剣を傾け、受け止める刃を地面へと誘導し一瞬の隙を誘発させる。

 短剣で絡め取ったもう一方の刃を自身から遠ざけ、再びイニールドへ身体をぶつける。


 僅かに崩れた体勢、顔面目掛け剣を振るうが、頬を掠める程度に留まる。


「さぁ、そろそろ時間の様だ。三度、君に問う……その剣を収め私達と共にの実現をしてみないか?……君が持つ未知へ踏み込むその胆力そして卓越した剣技……此処で失うには心苦しい……あの方もきっと其れを望む筈だ」


「笑わせるな……仮面が外れてるぞ。あんたの求める平和には、卓越した剣技が必要なのか?それに、先程から言っているとは誰の事を言ってるんだ?……例え其れが誰であろうと俺はあんたの望む平和を肯定したりはしない」


 再び見せる不敵な笑み。

 その表情とは反対に何処か悲し気な声色で呟く。


「そうか……自身の道を貫くか……あの方とは誰か?……だったな。君の最後を飾るに相応しい質問だ」


 数歩、引き下がるイニールド。

 三度、俺との距離が開く。


「最後の剣撃、そして最後の質問の答えだ……心して受け取りたまえ」



 ――地面がえぐれる程の踏み込み。



 だが、捉える事の出来る速度。

 二連撃の刺突をなす。


 続く第二撃、再び袈裟懸けの一振り。

 後方へ飛び、躱す……そして、下方からの切り上げは僅かに此方へ届かない距離。



 ――否、投擲……空を裂き迫る剣をすんでの所で避ける。



「平和を願う者……名は『ラルフ・バスティーナ』……穏やかな旅路を祈るよ」


 投擲された剣に重なり眼前に迫る短剣。

 驚愕、一瞬の判断の遅れが回避を遅れさせる。


 即座に顔を逸らすが間に合わない――


 


 眼窩にはしる灼熱、鮮血が薄れゆく視界を染める。



                   【一章】 離反 完

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