第十二話 雨天

「――兄ちゃん、そろそろ向かうとするか……」


 夕刻を過ぎ辺りが闇に包まれ、先程以上に雨足が強まっている。

 其れが叩き付けられる音だけが響く室内で、突として立ち上がる。


「雨の勢いも増してきた……これなら俺達の足音もかき消してくれるだろう……大丈夫か?さっきから黙り込んでいるが、緊張でもしているのか?」


「大丈夫だ、視界が不明瞭なのは此方も変わらないが敵の人数を把握している分、優位性が此方にあるのは間違いないだろう」


 と言わんばかりに、俺の肩を叩き部屋を後にするクルダーと共に外へと向かう。

 建物の外へと出る直前で何者かに呼び止められる。


「お二方、どうかご無事で」


 優し気な声、村長から俺達はそんな言葉を掛けられる。

 クルダーは振り返ると村長へゆっくりと近づく。


「必ず、この村の平穏を取り戻します……暫し、待っていてください」


 両手を握り絞め、そう呟き外へと向かった。

 滝壺へ落ちる水流を思わせるほどの勢いで雨が降りしきる中、野営地を目指す。


 歩き始めて程なくすると、不鮮明な視界の先に天幕、そして二つの人影が目に入る。


「見張りか……兄ちゃん、あそこの陰からやれるか?」


 人、一人が隠れる程度の岩を指す。

 俺は頷き返し素早く其方へと向かい身を隠し、そして岩陰から様子を伺いながら腰に携帯する短剣を取り出す。


 対面にてクルダーが此方へ視線を向け合図を送るのを確認すると同時に、慎重に見張りの背後へと近づく


「……んー」


 対象の口元を手で覆い短剣を喉元へと突き刺す。

 うめき声を上げ崩れ落ちるその身体をゆっくりと、先程まで身を隠していた岩陰へと移動させる。


 その最中、ふと対面のクルダーへと視線を向けると、あらぬ方向へと首を曲げた見張りを抱え同様に物陰へと運ぶ姿が目に映る。


「……兄ちゃん、無事か?」


「あぁ、問題ない」


 互いの無事を確認しつつ、更に天幕へと近づく。

 物音を立てれば気づかれてしまう程に接近した所で、天幕の中からの会話が聞こえて来る。


「――晩鐘が鳴る頃には到着するはずなんだが……」


「この天候じゃ無理もないだろう……此度の回収は物資の量が多いから、大型の馬車で出向くみたいだからな」


 どうやら此方へ馬車が向かっている様だ……此方からすれば、それ等は増援と変わりない。

 到着までに現在の敵戦力を削っておくのが得策だろう。


「クルダー、どうする?……天幕の中に飛び込んで、即座に片付けるか?」


「それも良いが……中には二人以上居る事が確定している……仮に三人、四人といた場合、此方二人が囲まれてしまう可能性が有る……最低でも中に居る人数位は把握したいところだが」


 声を殺しながら迅速、最良の案を議する――


「敵襲だー!」


 激しい雨音を掻き分け絶叫が響く、此処で取り乱してはいけない、冷静に対処するんだ。


「会話であった、馬車が着いたみたいだな……人数は……三人だ」


「天幕の中からは……四人出て来たな……兄ちゃん、取敢えず奴らから身を隠しつつ距離を取るぞ」


 物陰から物陰へと気取られない様に慎重に進み集団との距離を離す。

 集団の内の二人が此方へと近づいてくる、俺達はその二人を瞬時に物陰へと引き込み、声を上げさせる暇も与えず殺害……しかし、それが過ちだった。


 姿を消した味方を不審に思い更に敵を呼び寄せる結果となってしまう、相手が互いの距離を空けている為、同時に攻撃を仕掛ける事も困難な状態だ。

 俺たちは既に左右の行く手を阻まれている、加えて背後では大雨にて増水した川が激流となっている。


「いたぞ!こっ……」


 潜む俺達を確認し大声を上げた、一人を咄嗟に組み伏せ、腹部に刃を突き立て喉元を切り裂くが、瞬く間に轟音が轟く川を背に取り囲まれてしまう。


「相手は四人だ、どうする?」


「そうだな……」


 クルダーは一瞬、思案の表情を浮かべると次に此方へ不敵な笑みを見せる。


「兄ちゃん……合わせてくれ!」


 背負った槍斧を構え、集団目掛け勢いよく走り出す。

 其れに反応し、各々が武器を構えクルダーへの応戦に備える。


 敵の眼前、槍斧の後端を地面へと突き立てると其れを支えにクルダーは高く空中へと飛び上がる。

 その光景で呆気に取られる敵の懐へと、剣を引き抜き飛び込む。


 宙を舞うクルダーへと視線を向けている一人の首を一太刀に両断、続いて背後の一人の胴体を目掛け横へ薙ぎ払うが、躱されてしまう……自身に一瞬の隙が生まれてしまう。

 目前へと迫る刃、突如視界は赤に染まる……クルダーは落下の勢いのままに俺の正面で剣を振り下ろした者の頭を真っ二つに叩き割る。

 

 互いに背中を合わせ残る二人と対峙する。


「短剣か……少々、分が悪いな……兄ちゃん、そっちと変わってくれねぇか?」


「あんたの、そのデカい獲物じゃ、こっちの長剣使いを相手しても不利なのは変わらないだろう」


 軽口を叩いている内に対峙する二人は此方へと同時に襲い掛かる。

 刃同士を激しくぶつけ合う……交わる刃をなし、斬り付け再度、刃を交える、何度も何度も。


 幾度、刃を重ねただろうか……気づけば背後には激流が迫っている、対峙する敵の向こうには、短剣使いに翻弄されているクルダーの姿、正に紙一重で連撃をなし続けているそのさまが目に映る。

 そして此方はあと一歩、後退を迫られればこの激流へと呑み込まれてしまう……だが、何故だ目前の長剣使いは少しずつ後ろへと下がって行く。


 十歩程だろうか、距離を取ると再び剣を構え此方へ勢い良く突進して来る。

 十歩……その距離は突進を躱し次の一手を打つには十分すぎる距離だ。


 地面に剣を突き刺し突進へと身構え、横へと転がる……そう少々、大げさに距離を取る様に。

 そうか、相手は躱される事を想定し体勢を崩した所を狙うつもりだったか……。


 突進した直後、転がった俺へと距離を詰める……距離は

 ――即座に背負った弓を構え、放つ。


 真っすぐ吸い込まれるように胸へと命中、瞬時に放った二射目は額を捉え、その身体は地面へと伏す。

 間髪入れずに三本目の矢を取り出し、振り返る。


 懐へと飛び込まれる寸前でクルダーは再び大きく飛び上がり、其れを回避する。

 其処へ矢を放つ、続け様に二本、三本と……。


 頬、首、肩を射抜き膝から崩れる……まだ息があるのか地面に手を着き立ち上がろうとする……首へと槍斧を振り下ろし決着が着く。


「助かったぜ、兄ちゃん危ない所だった」


「気にするな……ここを制圧できたのは良いが……コイツ等が回収しに来た物資の行き先が気になるな……」


 物資の回収……詳細を聞き出すべきだったな……監視所で目にした書状の内容を考えると、物資これ等は何処かへ集約されているはずだ、それが遠方であれば少々の猶予はあるが、近場となれば話は別だ。

どちらにせよ物資が届かない事を不審に思い敵が動き出すのは時間の問題。


「物資の行き先か……確かに受取人は不審に思うだろうな……何か手がかりがあれば良いが」


 そう言いながら辺りを捜索し始めるクルダーにならい、死体の懐や馬車の中を漁る。

 中には大量の武器や防具、爆薬そして移動の際に使うのであろう、馬に着ける鞍などの装具も積まれている


「……やはり、戦争でも起こす気か……?」


 監視所でも同様の光景を見たが、やはりこの尋常ではない量の物資を目にすると、何か大きな闘争でも企てている様に思えて仕方がない。

 其れに、これだけの物資があると言う事は、其れを使う人員が居ると言う事になる……今まで見て来た物資の量だけでも、かなりの数が確認できている事から、エヴェルソルと魔族の戦力は恐らく想像を絶するものだろう……。


「おーい、兄ちゃん!」


 天幕の中から呼び声が聞こえる。

 声の元へ向かうなり、クルダーは一枚の書状を手渡してくる。


 内容は此処から回収した物資の届け先、そして物資を届けた後の行動についてが記されている。


「どうやら届け先は『骸骨の砦』……届いた物資を持ってギルド本部へ攻撃を仕掛けるみたいだな。兄ちゃん……かなり不味い状況だ……」


「その様だな……それに、此処から運ばれる予定の物資はとしての扱いみたいだな……と言う事は、奴らこの物資が届かずとも本部へ攻撃を仕掛ける可能性は十分にあるって事だな……どうする?今から二人でこの爆薬やら武器を持って『骸骨の砦』へ向かい、止めに行くか?」


「いや、危険すぎるな……此処から骸骨の砦までは、馬車で一日、其処から本部まで二日半……計、三日半か。此処から真っすぐ本部へと向かえば三日で着くな……」


 何やらぶつぶつと呟いている、恐らく此処から直接、本部へ向かいこの件を知らせるつもりだろう。


「おい、此処から直接、本部へ向かうのは構わないが、俺は宿屋の店主の家族の無事を伝えなきゃならない……」


 言葉を遮る様にクルダーが口を開く


「あぁ、すまない伝え忘れていた、既に家族の無事を確認し、リングランデの宿屋へ手紙を送っておいた」


「……そうか、アンタが気の利く奴で助かった。さてこれで俺も付いて行かない理由が無くなったな……」


 まぁ、ギルドマスターと顔を合わせる良い機会だろう、そこで確信が持てれば戦闘の最中に……と言う事も可能だろう。


「兄ちゃんが着いて来てくれるなら道中、心強いな感謝するよ、一先ず村長の元へ報告し直ぐに本部へ向かうとするか……兄ちゃん、その馬車から馬を外しておいてくれ、ソイツに乗って本部へ向かう」


 そう残しクルダーは足早に村へと戻って行った。

 俺は馬車へと近づき繋がれている馬から装具や目隠しを取り払い、馬車に積まれていた鞍を装着させる。


「ホー、ホー」


 見知らぬ人間に身体をまさぐられ、暴れるのをなだめつつ慎重に装着させる。

 よく訓練されている様だ、一度なだめればそれ以上に暴れたり噛み付く様な素振りは一切見せない。


「よーし、いい子だ」


 優しく声を掛けながら首回りを撫でる。馬車をに繋がれていた二頭へ装具を付け終わりクルダーを待つ間、再び馬車の積み荷を漁り、を集める、其れを敵が身に着けていた鞄一杯に詰め込み、肩へと掛ける。


「待たせたな、出発するか」


「あぁ、天候も回復してきた所だ、また何時崩れるかも分からない……なるべく距離を稼ぐぞ」


 激しい雨はいつの間にか止んでおり雲間からは月が顔を覗かせている。

 少々、息を弾ませ戻って来たクルダーと共に馬へ跨り北へと駆ける。



 ◇◇◇◇◇◇



 村を後にしてから、半日以上が経過した未明頃、未だ絶えず駆けていた。

 幸いにも天候が再度、崩れることは無かったが豪雨の中での戦闘、お互いに疲労を感じていた。


「クルダー……大丈夫か?」


「大丈夫だ……もう少しで『極彩の森』だ……森の入り口付近に知り合いの薬師の家がある其処で少し休ませてもらう」


 『極彩の森』その名の通り派手な色どりもを持つ木々が立ち並ぶ森、そしてこのバーキッシュ領、最高の危険地域だ。

 森の中では魔族やエヴェルソル、そして様々な野生動物達が跋扈している、そんな所を疲労困憊の状態で通り抜けるというのか……。


極彩の森あそこを通るのか?」


「あぁ、極彩の森あそこを抜けるのが最短の道のりだ。幸いにも、想定より距離を稼げているからしっかりと、休息を取った後に再度出発しても問題無いだろう」


 休息を取るとは言え危険なのに変わりないのだが……確かに森を避け遠回りをすれば、更に半日程度余計に時間が掛かってしまうのも事実だ。

 仮に、この件を伝えられないままに本部が陥落しギルドマスターとの遭逢そうほうが叶わなくなる可能性が有るとするならば、危険を犯す価値は有るだろう。


「ほら、見えて来たぞあそこだ!」


 クルダーが指し示す方には、丸太を積み上げた小屋が、ひっそりと建っていた。

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