第28話 『ある町』の人々・中編

結局の所、戌井店長のカードショップは数日の休業を余儀なくされていた。




ショーケースの破損も痛かったのだが、それを直してもレアカードのが大量に傷んだのがまずかったのだ。


並べる商品もなく店は空けられない。万全を期すためにも、店長は三日ほど店を閉じる決断をした。


が、しかし。


商人達は、転んでもタダじゃ起きなかった。


例え本丸が使えなくとも、熱意の流れを止め切る事はなかったのだ。








「おぉおぉ、みんなよく集まってきてくれたねぇー!!」


「さあさあよってらっしゃい見てらっしゃいパック開封の儀! みんな幾らでも剥いていいよぉ!!」


「「「おぉー!!!!!」」」


青空の下、二人の商人が率いる祭り。


トラックの荷台に商品を載せた祭り……それが、店の敷地で開かれていた。


それは、売れ残ったパックの在庫処分も兼ねていた。一部最新のパックを混ぜつつも、店頭で誇り被ってたもの、倉庫の奥で眠ってたものまで片っ端から引っ張り出してこの祭りのためにくべたのだ。


当然、失ったレアカードや傷付いた一部のストレージを補給するための策だったのだが。


剥くだけならなんとタダ。


しかも目に付いたカードは普段より安く手に入るとあっては、剥かない理由はなかったと言えよう。


『うっしゃこんな剥いたの初めてかも!』『ぼくなんかパックかったことないよ……』『カワイイの出たらいいなぁ……』


まるで、羊の毛刈り体験に群がる観光客のように、数多くの子供たちが我先にとパックを剥いていた。


とくれば、もちろん掘り出し物も出るわけで。


「おっ! 《危険駆キライン》!! 知ってんだぞコレめっちゃ強ぇんだ!!」


現代のカードレース、そのインフラが飛び出たりもする。




《危険駆キライン》✝

ギア3マシン ステアリング【ロード】

POW3000 DEF3000

【登場時/場札三枚を疲労】山札の上から3枚を見て、一枚を手札、一枚を裏返してアシストゾーンに置き、残りを捨て札にする。




『『『おおぉーーーーー!!!』』』


ナナミも毎度使う、現代ゲームにおける必須パーツ。


もうひとつの必須たるルイズと違い、このカードは十分な数が行き渡ってるとは言いがたかった。


「あっ! いいなぁーー!! ……でもケッキョク、買うなら1000円とかするんじゃ……」


「あっ……」


「おっと今なら特別700円。どうだい?」


「うっ!?」


ここで値段交渉。


こういう時は残念に思わせないよう、いい思い出を持ち帰ってもらうべきなのだ……だから。


「も……もう一声」


「じゃー600円!! もってけーぃ!」


「ぃやったー!!! これとコレで……はいっ!!」


もう一押しの声に応えて、値引きの対応を取るのだ。


「あっ! じゃあおれもおれも!」


「あ、あたしも!!」


「ワイも!!」


結果、一人をきっかけに次々と購入の申し出が入るようになる。


────当たり前だが、シングル価格はパックごと売る価格より高くつく。


例え普段より安い値段で売ったとしても、不良在庫を捌ける事も考えたら決して損とは言えないのだ。


少なくとも、ある程度の現金と売り場のガワは手に入る。


そして、多少店を空けることになっても忘れられずに済む。


そのためのオマツリなのだ。


そうこうしているうちに、それなりのまとまったオカネを持つ客も出てくる。


「……ども……ッス。コイツ買えるッスか」


「む」


カードを差し出してきたのは……見覚えのあるリーゼント頭。


保釈金でも払ったのか、あるいはお灸を据えて放免されたのかは知らないが。


「……いいだろう。今日は店の敷居の外だからね」


「あ、あざまッス……反省してますッス……」


店長はひとまず、彼を客として扱った。彼は出禁だが、今は店の中では無いからだ。


何事も、やり過ぎはよくない。


ある程度『ゆるく』、締め上げすぎないのがコツだったりする。







「……って、コトがあってさ」


「なるほど。商魂逞しいというか……よく工夫するものなのだな」


「伊達にこの町に根を貼ってない、ってワケかな」


そして、再び舞台はキュアカフェ『にゃんでっと』へ。


理解を深める語らい、弓太朗に少しばかり付き合ってもらってた。


ナナミは、その情景を思い返すつつ語る。


「いままでさ。町ってのは大人が頑張って回すもんだって思ってた。……けど、ひょっとしたらちがうのかも」


「と言うと?」


「子供もだ。子供のほうからも、世界を回していける。回す流れのナカにいるんだ……」


話す度に、言葉が滲みる。


放った言葉が、ナナミをさらに補強していく。


「ショージキさ……おれは、なんで店長やよいよいがこの町を選んだのかわかってなかったんだ」


「ほう?」


「……でも、今ならわかるかも。最近、わかりかけてきた」


少しづつ、ナナミは学んでいる。


学び、蓄え、積み重ねている。


「『未来を守るため』だ。この町には学校があって、子供たちもいる。そこをよく育てたら……キボウってのは守られるのかも」


それは、未来に向かうハナシ。


成長し、前に進むための物語。


だが。


「そうだな……なら君だって、子供だろう。どうにもさっきから、他人事みたいに話してるんじゃあないか?」


「…………っ」


沈黙。


一時の迷いの時間。


そして思い返す。


────あの時、ナナミとクリスは共にその光景を眺めていた。


『…………』


『なぁ……せっかくだしいっしょに、パック剥きにいかないか?


『…………』


『……ナナミ?』


『おれ、行っていいのかな……』


────あの言葉に、上手くは返せなかったことを思い返して。


そして問う。


「ねぇ……コワレた人の治し方ってなんだと思う?」


「なんだと?」


「おれはさ。マスさんのコトを聴いた時から、ずっと直してあげたいと思ってた。でもあの時……ううん今だって。フツウのことを聞かれた時、うまく答えられなくてさ」


浮世離れの感覚。


地に足がついてない、歩幅を合わせられない感触。


それでは。


「どこかこう……『フツウ』と違うカンカク。浮いてるっていうかさ。ぶっちゃけ、学校にいってるときの記憶もアイマイなんだよね。これじゃーマスさん直すどころじゃないでしょ?」


「まあな……だがだからって、俺に訊くかよ。俺だって壊れた側だぞ?」


「あっ……ごめん……」


眉を歪ませて受け答える。……彼だって、壊された側なのだ。


だが壊れた者達は、それでも回答を目指す。


「まあ、いいが。……強いて言うなら、俺よりも君の方が、修理された状態に近いように思うのだが?」


「いや……あんたはキョウフを知ってるでしょ。おれよりもきっと……」


「おいおい……感情ってのは、過剰なリアクションとかのことを指すものじゃないぜ?」


呆れたような顔、確かに表情筋ならナナミより豊富そうな面で。


壊れたなりに、考える。


「君は……そうだな。大切な人がいたとして、その人が居なくなるのはどう思う?」


「えっ……」


「断言出来る……『俺はどうも思えない』。大輔がしばらく捕まった時もなんとも思えなかったし、ほかにそんな相手も居ないしな……だが、君はどうだ?」


「おれの、タイセツな人……?」


それはナナミにとって、思ってもなかったことだ。


「どこかに居るはずだ。これだけあがき前を見てるなら、どこかに君の支えがある」


「おれ、の…………」


それは誰だろう。


母親は……特に何も思えない。何かをしてくれたわけでもないし、ただ制約を増やしただけの人って印象だ。


店長は……そこまででもない。同じ被害者だし、気の毒ではあるけど、それはそれと何かあっても『順番が来た』みたいにしか思えない。


でも。


アヤヒなら。


もしも、アヤヒが自分から離れて行ったとしたら?


あの日自分の命を救い、いつも全力で一緒に居てくれたアヤヒと離れたり、何かあったとしたら……?


「…………イヤ。ぜったいに、イヤだ」


「ふむ。だったら……それが答えじゃあないか」


大人らしく、静かな優しい声で。


「人は人と関わることで己を知るという。……それは俺になくて、君にあるものだ。譲れないものが、きっとキミにはあるんだ」


「あんたになくて、おれにあるもの……」


「いい答えじゃあないのか? 君はそれを守らなくっちゃあいけない。そういう指針があるなら方向もわかる。治療の方針ってヤツも、決められるんじゃないか」


大切な人。


それが答えというのなら。


もう、あの二人は…………


「そうだ、あの二人……もう持ってる。きっと気付いてないだけ……どうにかして、気づかせたら……」


マスにとっての大切な人。


それはそう……キャロルのハズだ。


あの二人を、上手く惹き合わせれば──────────






「にゃっははー☆ だったらにゃーにおまかせにゃん♪」






「──────────へ?」


そこへ来たのは、この店の看板娘。


「えっと……夜市くん……?」


「やん♪ 営業時間中はよいよいって呼んでくれにゃーやーよ?」


「…………」


辟易しながら彼……女装TCG配信者のよいよいに問う。


「……で。あんたなにができるって言うのさ」


「できるできる♪ 答えは『メイド』にゃん♪」


「…………へ?」


タダでさえ分からないのがより意味不明に。


「奉仕を生業とする『メイド』!! それが正義にゃーー!!」


「ちょっと何言ってるか分からない」


「そーと決まったら即しゅっぱーつ!! go!!」


パチンと指を鳴らすと、似たようなメイド集団が一気に来た。ほかの客を相手してた者もだ。


突飛な提案が事態を、ナナミの目的を達成へと導く……のか?


と、隣のクラシックメイドから一言。


「…………よいよい、さすがに襲撃は営業時間が終わってからにしよう」


「あっハイ」








そして、しばらく後で。


「…………ッ!? なんか今急激に寒気が……」


「いや、寒気じゃないぞ祝歌キャロル


「ガチで郵便受け空いて……なんか来てるううううううう!?」


クリス・マス・キャロルの活動拠点(家賃1万5千円)に白く細い腕が忍び寄り…………!!




ガチャリ…………!!!





顔を突き出しホラーチックな登場をした怪物……よいよいが言い放つ。


「構えにゃ…………メイドを賭けてカードゲーム、にゃん…………!!!!」


「イヤーーーーッ!! 何、何の何の何いいいいい!?」


突飛に突飛を重ねる暴挙。


はたしてこの猫娘……否、猫息子は何を考えているのか?

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