ストーカー被害に遭う
もみぢ波
第1話
ない……ない……僕のパンツがない……!!!
洗濯物を取り込んですぐのことだった。僕のお気に入りまでとはいかないけれど、貰い物で結構好んで着用していたパンツが無くなっていたのだ。ベランダにぶら下げていたため、下に落ちていないかも確認したけれど、案の定なかった。
となれば……あとは盗まれたとしか考えられない。けれど、男子大学生のパンツ1枚を命かけて盗む奴なんているのだろうか。僕自身、自分のことをかっこいいとは思えないし、どちらかと言うと平凡寄りだと思う。強いて容姿のメリットを言うのなら、中性的な顔立ちなだけ。だから、中高生の頃はよくイジられていた。まぁ、今となっては全然気にしないけれど。
それより!!!もし、本当に誰かが盗んだとしたら、誰が盗んだのか。本当は風に飛ばされたとかであって欲しいけれど、こういう時に限ってはそんなことなど起こらない。
えぇ、僕、ストーカー被害にあっていたりしてるのかな!?周りの人からはよく鈍感とか抜けてるとか言われるけれど……。でも、さすがにストーカー被害にあってたら気づくよね。うん、多分大丈夫だよ。
今、僕の頭に浮かんでいるのは知らない小汚いおじさんに好き勝手されている自分だった。
結局、何も解決しないまま2週間が過ぎていた。その頃にはストーカーだなんて何も気にしないようになっていた。しかし、ある出来事でそのことが鮮明に蘇る。
それはまた僕が洗濯物を取り込んでいる時だった。向かい側のマンションを見ながら、鼻歌なんか歌っちゃったりして上機嫌に家事をこなしていた。すると、パッと目に留まった。向かい側のマンションに派手で見覚えのあるパンツがぶら下がっていたからだ。それこそが僕のパンツだった。2週間前に盗まれたパンツだった。一瞬で全身に鳥肌がたつ。こんなにも近くにそんな奴が住んでいたのかと思うと、また余計に鳥肌がたった。向かい側のマンションを気にすることなんて滅多にないし、どんな人なのかも分からない。けれど、取り返しに行くべきなのだろうか。
僕はその後、悩みに悩んだ。色んなパターンを考えた。その結果、マスクをしてそいつの玄関周りをウロウロすることに決めた。この状況だけを見ると、こっちがストーカーみたいだ。その住人が帰ってくるまでウロウロ……これが僕の中の最善策というのが辛い。
しかし、この状況に蹴りをつけるためにも僕は向かい側のマンションに向かった。
向かい側のマンションも僕が住んでいるマンションと同じで学生用向けのものだった。じゃあ、向かい側の住人も学生なのかもしれない。いや、学生向けなだけであってそういうパンツを盗むヤバいやつとかも住んでいるのか……。学生であってほしい期待と最悪の場合が交互に頭に過って僕を追いつめる。ここまで来て逃げるなんて選択肢をするつもりはないけれど、いつ来るのかも分からない人に永遠にと悩まされていた。
そんな時、初めてコツコツと階段の音がなる。他の住人である可能性も十分にあるが、もう僕の頭の中にはそいつしかいなかった。どんどんと音が近づいてくる。
その音を出す者がこちらに来そうな予感がした。もう1つ上の階に行くような気はしなかった。
案の定、ここの階の住人であった。しかし、目の前から歩いてくる人物はあまりにも美形すぎる。きっと他の部屋に入っていくのだろう。
と思っていた。しかし、その人物はこちらへとどんどん近づいてくる。え、何。もしかして、こいつ!?いやいやいや、こんなイケメンが僕のパンツを盗む?ないないない!!!
「あ、結弦くん!?」
え、なんで僕の名前知ってるの。え、本当にもしかしてこいつが僕のパンツを盗んだの!?ないないない!!!
だけど、僕の名前知ってるってことは……。
「あのぅ……」
「どうしたの!?結弦くん!」
そう言うと、目の前のイケメンは僕の手を握ってきた。急に恐怖へと変わる。こいつ、ストーカーなのか。
「ちょっと、離して」
「あ、あぁ、ごめん」
イケメンは飼い主に怒られた犬みたいにシュンっとなった。ストーカーなんだろうけれど、可愛いしかっこいいし憎めないのが辛い。
「君、名前は」
こんなことを平気で聞いて、普通の会話をしてしまう。容姿に囚われるのもあれだが、少し安心したのかもしれない。感情の変化も凄いし、人間らしいイケメンだった。
「楓雅。よろしくね」
「よろし……」
やばいやばい。普通に友達になりかけたよ。
今回の本題はパンツであって。別にストーカーと仲良くなるためじゃないんだよ。
「君はさ、僕の名前なんで知ってるの?」
「うーん、結弦くんってコンビニでアルバイトしてるでしょ?その時に名前見たよ」
やばい、こいつ本格的なストーカーだ。
怖いから、軽く受け流しておこう。
「あとさ、これで最後なんだけど、僕のパンツ盗んだよね?」
「うん、抑えられなくて」
何をだよ。……もう、こいつ本格的にやばいじゃん。
でも、その顔で言われると気持ち悪いとはならない。顔が良いってやっぱり幸せだな。
「返して」
「え、嫌だよ」
は??なんだコイツ。
イケメンなくせして、パンツマニアかよ。
「家乗り込むよ?」
「入ってくれるの!?」
面倒くさいな。でも、入って取り返せば何とかなる!
この時点で僕は、楓雅のことを人間的に信用していたのかもしれない。普通、自分のストーカーの家に簡単に入れない。
楓雅の家に入ると、怖いほどに散らかっていた。所々に僕の写真が落ちている。撮られた覚えなんてないから盗撮だろう。はぁ、怖い怖い。
「写真撮る時くらいさ、許可取ってよ」
撮ってもいいの!?という目でこちらを見てくる。見た目はあんなに怖そうなイケメンなのに中身は犬か!
楓雅がキャッキャッしている間にベランダに出た。そして、パンツを取り返す。
「パンツ取り返したから」
「え、取らないでよ」
「いや、元はと言うと僕のだからね」
「僕っ子かわいい」
話聞いてんのかこいつ。
普段はここまで口悪くならないけれど、今日だけは許して。
僕はこのまま玄関へと向かった。思っていた以上にスムーズに事が進んだ。
「もう帰るの?」
「うん、もう一生ここには来ないよ」
「なんで」
「自分のストーカーの家にわざわざ行くバカがどこにいるっていうの」
「そっか……」
楓雅はまた犬らしく落ち込んだ。
ストーカーなのに、嫌な存在なのに、なんでこうも気になるのだろうか。
「たまには会ってもいいから」
「本当!?」
口を滑らしてしまった。
だって、憎めないから。僕のストーカーであることには変わらないけれど、普通に良い人間じゃん。感情がコロコロ変わる人間だからか、余計に信用できた。いや、最終的には顔なのかもしれない。
「結弦くんっ!」
「うあ!抱きつくな!まだ完全に信用した訳じゃないから!」
顔は男らしいのに、全くそれを感じさせないおかしな自分のストーカー。
これからそんなストーカーと非日常的な生活が始まるのかもしれない。
ストーカー被害に遭う もみぢ波 @nami164cm
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