間違えた問題

古田地老

間違えた問題

(やった!テスト88点やわ。返ってきた算数のテスト。ちゃんと先生の話聞いてたし、何よりいつもよりも、すぅっと頭に内容入ってきてたから、たぶんいい点取れたやろと思ってたけど、なかなかな高得点やわ)


1学期、2学期と、期末テストはどっちも70点前半で、お母さんにも

「3学期はもっと点取りたいね」

と言われただけに、トモヒロは思っていたより高い点数が取れて、知らず知らずのうちに口角が上がっていた。


(四捨五入したら90点やないか)


つい習ったばかりの四捨五入も使ってしまう。

割り算と図形とかよりも数字のことを考える方が、トモヒロは楽しかった。

そんな浮かれ気分で、みんなのテスト返却が終わるのを待つ。


「平均点は81点やった。みんなよう勉強したな」

全員のテストを返した担任の山瀬先生は言う。

「2学期よりも10点アップや。じゃ、みんなよく間違えたとこ復習するで」

「ヤマセ~ン!また『平均点』って言ったー!」

「どうせ来年覚えるんやから頭入れとき。『平均点』ってのはみんなの点数を均した点数や」

「『ならす』が分かりませーん」

「『均す』はトンボやぞって前の期末の時も言ったやないか」


トモヒロは放課後の野球クラブでいつも掛けるトンボを頭に思い浮かべた。

遅れて3つの数字が空中に浮かび、

 88 81 10

(なんや、今回は簡単になったんか)

と少し残念がった。


「海野くん、隣の空き教室来てや」

算数の授業が終わった後、トモヒロは山瀬先生に呼ばれた。

野球クラブの副担当である山瀬先生は、クラブのときは「トモヒロ」と呼ぶのに、授業のときは「海野くん」と使い分ける。

あんまり挙手をしないトモヒロは「海野くん」と呼ばれるよりも「トモヒロ」と呼ばれることの方が多い。だから、くん付けで呼ばれると少しこそばゆい。


山瀬先生の後ろに付いて空き教室に入ると、机が4つ島並びになっていて、廊下側の席に女子が1人座っていた。

「海野くんは伊藤さんの前に座って」

何のことか分からないトモヒロは、山瀬先生に促されて窓側の席に着く。目の前の伊藤さんは顔を下にして表情が分からない。

伊藤さんの左に山瀬先生は座った。


「なんで呼ばれたか分かる?」

「え」

「『え』やないねん」

「……分かりません」


伊藤さんの肩が少し上下したのが見えたと同時に、すすり声が静かな教室に響く。


「さっきのテスト返却のとき、伊藤さんの点数見たやろ。んで、口に出したやろ」

(え、言ってへんし、見てもないわ)

「伊藤さん、みんなの前で点数言われたこと悲しんでるねん」

(え……)

「伊藤さん、なんか言うことある?」

「……なんで、なんでみんなの前で点数言うん?」

伊藤さんは顔を伏せたまま、細い声で話した。

明らかに泣いている声の調子だ。

「見えちゃうんのは……仕方ないけど……言わんでええやん」

「授業中、ずっと悲しかったんやと、終わった後、勇気出して教えてくれたんと。海野くんもな、みんなに点数知られるの嫌やろ」

「……嫌やと思う」

「やったらな、もし点数見てしまっても大きな声で言うなや」

「……」

「海野くんはそんな人のこと傷付けようとする人やないのはよう分かっとるから」

「……」

「あとな、まずは悪いことしたら謝るんが先やで」


伊藤さんは初めて顔をトモヒロに向けた。

充血した両目には涙が溜まっている。


「点数みんなの前で言ってごめんなさい、は?」

「点数みんなの前で言ってごめんなさい」

「……いいよ」

「ほれじゃ、次の授業音楽やな、移動教室やろ。遅れんとき」


音楽教室に移動する友達が、空き教室に座っているトモヒロを見ながら何かを話している。

何を言ってるんだと耳を澄ましても、目の前のすすり声が大きくなるだけだった。


「伊藤さんはあれやったら、次の授業、保健室で休んどいてもええで。保健の先生に言っとくわ」

「音楽、私行きます」

「分かったわ。あれ、あと1分しかないぞ。ほら海野くんも。廊下走んなよ」


気持ちの整理もつかないまま、トモヒロは伊藤さんよりも先に空き教室を出た。

そのとき、何か心が重たくなる言葉が頭に鳴り響いた。

それは伊藤さんが喋り掛けたのかと思ったが、彼女はちょうど椅子から立ち上がったばかりだった。

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間違えた問題 古田地老 @momou

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