里帰り

堕なの。

里帰り

 里帰りというか、はとこが住んでいるだけではあるが、あの息のしやすい場所に帰りたいとふと思い立ったのである。来週行くからと連絡を入れて、荷物の準備と有給を取って向かった。田が広がる新潟のその地へと。

 なぜ息がしやすいのか、イマイチ分からないでいる。時間の流れ方が違う、とどこかの誰かが言ったがどうにもそれだけではないような気がする。心に宿る非日常感のそれか、澄み切った空気か。まあ取り敢えず、心落ち着く場所なのである。

 飛行機から降りて、バスに乗る。こんな平日のお昼過ぎ、他の客は殆ど居ない。有給の為に仕事を詰めたせいか、眠気が襲ってくる。はとこの子どもに会ったら、くたくたに疲れるくらい遊ぶのだろうと思って少しでも睡眠を取っておくことにした。

 起きれば終点。ここから歩いて一時間ほどの場所に家はある。キャリーケースを引きずっていくのならば、もう少し時間がかかるかもしれない。後払いのバスに運賃を払い、歩くことにした。たぶん連絡すれば迎えに来てくれるのだろうが、何となく歩きたくなった。久しぶりのこの道を。

 人の気配はなく、だいぶ暖かくなった風が私を包み込むようにして通り抜ける。代わり映えのない田の横を一歩一歩進んでいく。近づく感覚はなく、ただ日だけが傾いていく。そして、空が赤く染まり始めた頃、ようやく目的地が見えた。

 田の水面を見てみれば、空の赤さと電線が映り込んでいた。幻想的、という言葉が似合う光景に足が止まる。こういうところか、と妙に納得した。こういう、何気ない日常の風景が息のしやすさを生むのだろう、と。

 水面に一つの波紋が広がって、天気雨が降ってきたことを知る。走って目的の家に向かった。この一時限りの美しい光景を目に焼き付けながら。雨だけど、都会の冷たい雨とは違う、優しさを感じながら。

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里帰り 堕なの。 @danano

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