第12話 ヘアサロン

 今日は、少し、髪の毛が伸びたし、家の近くのヘアサロンに行くことにした。メタバースの世界で過ごす時間が長いとはいっても、さすがに、現実世界で、髪の毛、ボサボサにして外を歩けないものね。


「こんにちは。木本で予約したんですけど。」

「お待ちしていました。ご指名のスタイリストはいますか?」

「いえ、今回、初めてなので、お任せします。」

「わかりました。では、ここで、少しお待ちください。」


 座って待ってると、2分ぐらいで、すらっとして背が高めの女性が、自分が担当しますと言って話しかけてきて、店内に通された。


「お客さん、趣味とかは、なんなんですか?」

「最近は、メタバースの世界で、知らない人が集まって飲み会することかな。」

「それって、いいですよね。私もやってます。」

「そうなんだ。どんな感じなの?」

「女性2人、男性2人で、自宅とかバーチャルレストランとかで、月に1回ぐらいかな、飲み会をするんです。」

「同じだ~。今、流行ってるのね。現実世界でのこととか知らないメンバーだと、しがらみがないのがいいわよね。最近は、どこで飲んだ?」

「少し前になりますけど、サルバトーレというバーチャルイタリアンレストランで飲みましたね。その時は、7人だったけど。」

「え、同じだ。今、流行っているんのね。」


 でも、7人とか4人とか、あまりに似ていて、鏡からスタイリストさんの名前を見ると、南田さんとあった。あれ、うちの飲み会グループの幸一と同じ名前だななんて考えていた。


「4人の飲み会って、どんなこと話してるの?」

「そうね、まだ始めて3ヶ月ぐらいですけど、日頃、体を動かしてるかなんて話していて、朝ランニングとか登山とか話していましたね。あとは、男女なんで、どんな異性が気になるとかも話題になってましたよ。」


 あれ、これって、うちのことじゃない? そっくり。でも、よくある話しだし。


「あ、スタイリストさん、南田さんっていうんですね。うちのグループにも南田さんって人がいて、幸一さんっていうんですよ。スタイリストさんの弟さんだったりして。」

「私には弟はいないですけど。」


 スタイリストさんは、私の顔をまじまじと見て、何か気づいたみたいだった。そして、言葉が少なくなって、目を反らしたの。どうしてかな。


「じゃあ、私は、別のお客様のところに行くので、これからは、このアシスタントが担当します。」

「ありがとう。この髪型、とっても気に入ったし、また来たときはお願いしますね。」


 私は、このお店を出るときに、後ろから肩を叩かれた。


「あの、気づいたんですよね。」

「何が?」

「何がって、私のこと。」

「やっぱり、幸一なの。」

「そう。男性のことが好きになれずに、女性のことばかりが好きになってしまう自分が嫌い。だから、メタバースの世界では男性として生きて、女性のことを大切にしたいと思っている。美鈴には、このこと秘密にしておいてほしい。お願いだから。」

「わかった。別に、私には関係のないことだし、美鈴を大切にしてあげて。美鈴は、幸一のこと好きだって言っていたわよ。」

「わかってる。」

「大丈夫だって。ところで、興味本位で聞くんだけど、メタバースでは、男性になったり、女性になったり、その日の気分でジェンダーを変えるの?」

「それはできないんだ。病院の診断書がある場合に限り、役所に届け出ると、メタバースの世界で異性として登録されて、それ以降は、そこでは異性としてしか暮らせない。だから、現実世界では、お金を得るために働いているけど、体に違和感があるから、ほとんどはメタバースの世界で生きているんだ。」

「そうだったんだ。この前は現実世界でばかりで過ごしているって言ってたけど、違うのね。でも、自分の気持ちには逆らえないものね。わかった、わかった。でも、美鈴とは、どうするの? そのうち、現実世界で会いましょうとなるでしょ。結婚したいとか。」

「私も、どうなるかわからない。でも、美鈴のこと好きになっちゃったんだから、この気持ちは止められない。まずは、今を楽しみたい。」

「私は、言わないから、頑張ってね。本当に大丈夫だって。じゃあ。」


 いきなりの展開に戸惑ったけど、この時代、そんなこともあるわよね。私は、女性と付き合うのは無理だけど、2人が決めることだもの。


 ヘアサロンからの帰り道、彼と付き合うって、なんなんだろうと考えていた。結局、子孫を残す生き物としての営みなのかもね。それだったら、メタバースで男女として付き合っても子供を作れないんだから意味がないし、美鈴たちが、現実世界で女性どうしで付き合っても、意味がないのかも。


 でも、人の気持ちって、そんな簡単じゃないわよね。子供を残すだけなら、優秀な遺伝子をもらって人工授精でもいいものね。美鈴と幸一が、お互いに心で繋がっているんだったら、それが一番幸せなんだと思う。


 とは言っても、美鈴が、幸一は本当は女性だということを受け止められるかは分からない。いくら、メタバースで男性だったとしても、知ってから、そのように見れるかしら。


 私が女性から口づけなんてされたら気持ち悪いって思うけど、これって女性ホルモンとかの影響だと聞いたことがある。気持ちだけでもなくて、肉体的な制約もあるもんね。美鈴はそれを乗り越えられるかな?


 最近は、どんどん寒くなっていて、外を歩くのは辛い。だから、朝にランニングしない日も増えてきちゃった。そんな風だから、気持ちも後ろ向きになってるのかしら。


 私も、もう少し、楽しい人生に向けて歩き始めないと。そして、マイナスなことばかり考えないで、美鈴たちも応援しよう。


 メタバースのように安全で守られた世界じゃなくて、春になって、暖かい風が吹く中で、川沿いで楽しそうに生命を謳歌している草木や蝶々とかが太陽の陽をいっぱいに浴びてる風景をイメージしながら散歩を続けた。


 その時、幸一は不安いっぱいで、仕事にも集中できず、お店を早退した。どうして、バレちゃったんだろう。紗世は秘密を守ってくれるとは思うけど、バレないとは言えない。せっかく見つけた美鈴だったのに。


 私は、自分のジェンダーに違和感を感じたのは、中学の時だった。部活が終わった時に、女性の先輩を見て、恥ずかしくて下を向いてしまった。この人と一緒にいたいって。


 それから、私の体はどんどん女性らしくなり、バストも膨らんでいった。そんな体が自分のものじゃないって感覚になり、膨らむヒップも、下半身も穢らわしいって思うようになったんだ。


 そして、夢に出てくるのは、女性に自分の唇を重ねる自分の姿ばかり。どうして、こんな私なんだろう。


 長く親しくしていた友達に、告白したこともある。でも、さっきまで笑顔だった彼女は、そんな気持ちで付き合っていたわけじゃない、気持ち悪いって去っていった。私は、汚いんだ、気持ち悪いんだ。生きていく自信がなくなった。


 親からの勧めで病院に行ったけど、性同一性障害なんだって。私、異常なんだ。それからの私は、自分の部屋に閉じこもる日々を過ごしたんだ。カーテンも閉めたままというのもあるとは思うけど、気持ちは、毎日が、暗かった。


 だから、医者から診断書をもらい、メタバースでは男性として暮らすようになった。それで、女性から嫌がられることなく、少し穏やかに過ごせるようになった。でも、現実世界で会おうって言われるのは不安だった。


 そんな時、SNSを見てたら、美鈴という女性の投稿が目に止まった。決して華やかじゃないし、いつも遠慮ばかりしてるんだけど、周りのことばかり気にかけている。周りにかける言葉が、とっても優しい。


 SNSを見ると、自分を顕示する言葉とか、誰かを誹謗する言葉に溢れている。そんな中で、自然に相手のことを思いやる言葉をかける美鈴に心を奪われた。こんな女性と一緒に過ごせたらって。


 そして、美鈴の投稿から、こんな所にいるんじゃないのかって探していたら、ある飲み会に参加することにしたって書いてあったんだ。これは、美鈴と会えるチャンスじゃないかって、はしゃいじゃった。いつ、本当のことがバレるかもしれないのに。


 すぐに、その会に申請したら、受け付けてくれた。そして、美鈴と会うことができた。こんな心が優しい女性とずっと一緒にいたい。


 そんな時に、紗世にバレてしまった。どうしよう。多分、美鈴も、本当の私のことを知ったら嫌になっちゃうよね。別れちゃうと思う。これから、また、ずっと真っ暗な人生を過ごすことになる。


 道端に生えてる雑草が氷の粒で覆われ、寒々しい中を、幸一は、肩を落として下を向き、自分の家に帰っていった。

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