プロローグ

わたり徹夜てつやさんですね?」


 仕事の帰り道、その女は現れた。


「そう、ですが……えと、あなたは……?」


 彼女は黒いパンツスーツ姿で、髪型は爆ぜるようなハーフアップだった。


 何よりも異様なのは、左目に革製の眼帯をはめこんでいる。


 見た感じアラサーくらいだが、これがいわゆる「中二病」というやつなのか?


「わたしは庵堂あんどうと申す者。渡さん、あなたは、選ばれた……!」


 庵堂さんとやらは体をガクガクさせながらオーバーなリアクションをした。


「選ばれた、とは……?」


「くわしい話は、地下……別な場所でしましょう。さ、わたしについてきてください」


「いま地下って言いませんでした……?」


「気のせいです、にこにこ」


 ヤバい、絶対ヤバいやつだ、この人……


 俺の全経験値が「ついていくな」と語りかけている。


「ああ、すみません。俺、これから飲み会なんで……」


 適当な嘘をとりあえずついてみる。


「嘘ですよね、それ?」


 さらりと見破られた。


「職場からすっかりハブられているあなたに、飲み会などの機会はない。そうですね?」


 なんだ?


 なんなんだ、この女?


 どうして俺の事情を……?


「理解しましたか? わたしはそういう世界の者なのです。さ、わかったらご同行を」


「ちょ、ま……」


 彼女は眼帯をスッと右へずらす。


「つべこべ抜かすんじゃねえよ! ハッキリしねえ野郎だな! ついてこいっつたら黙ってついてこいや!」


 ヤバ、ヤバすぎる!


 に、逃げなきゃ……


「し、失礼しま~す!」


「ふん、およそ考えうるいちばんつまんねえ行動に出たな。ほんと、くだらねえやつ」


 庵堂はおもむに、腰に手を回した。


「ひっ……」


 なんだ、あれ?


 武器?


 確か名前は……


「トンファーだよ、ボケが」


 彼女は昔のカンフースターよろしく、トンファーでひょいひょいと演武をしている。


 こいつ、言うに事を欠いてまさか俺を……


「渡さんよ、素直に言うことをきかないのなら、こうだ!」


「が……」


 意識が遠のいていく。


 どこからか別の声が聞こえてきた。


「遊びすぎだぞ?」


「黙れイ〇キ〇」


「確保するから手伝え」


「わたしに力仕事をやれってえの?」


「得意なくせに」


 こうして俺は、拉致られた……

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処刑人と呼ばれた男 ~ ブラック企業にばかり当たる俺がブラック企業を駆逐するエージェントとして雇われ成り上がった話とその結末 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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