第33話 それ何の魔法? まだ帰ってきて1時間も経ってないんですけど?


 1週間後、十文字は大森を連れて『にぎた脳神経外科医院』を訪ねた。


 日曜日ということもあり、病院は休診日。


 熱田にぎた徹が出迎えて、みのりの部屋に案内される。

 実は普段車椅子生活だが、この日は、病室のベッドで大森達を待っていた。


「実、北海道立医科大学の大森さんと、『アカホヤの灯』っていうネットニュースの十文字さんと杉浦さんだよ」


「初めまして、大森です」

「十文字です。お目に掛かれて光栄です。ブレインウィッチ」

 あら、と目を丸くして驚く実。

「杉浦です」


「どうも、遠いところ、ありがとうございます。熱田実にぎたみのりです」

 ベッドの上で、軽く頭を下げる実。


 徹の視線に促されて、話を切り出す十文字。

「私どもの『アカホヤの灯』というチャンネルでは、バイオと電子が繋ぐ我が国の未来という企画で、私立横浜大学の高田研究室さんや北海道立医科大学の大森研究室さんにお話を伺ってきたんです。それで、先日、大森さんの研究室を取材させて頂いた時に、手足の神経細胞の電子接続がかさ張るので、設計が難しいというお話を伺ったもんですから、もしかしたら、実さんのブレインコネクトモジュール技術でコンパクトに出来ないかな、と思って、この場をセッティングさせて頂きました」


 なるほどね、と言いながらも、実は大森に不安気な表情を向ける。

「私の技術が、どうお役に立てるのかしら?」


 実からすると、あまり過度な期待はしたくない、というところなのだろうが、大森は、目をキラキラさせながら興奮して語り始める。

「おふたりの論文を拝見しまして、閃いたんです。神経細胞の電子接続に関しては、僕のやり方では、直径100ミクロンが限界ですが、熱田さんの方式だと、1ミクロンに満たない細かな接続が可能です。筋肉を動かすだけでなく、膝や足首に掛かる負荷もフィードバックさせることが可能になります。足の裏の感覚も多少は拾えるかもしれません」


 ですので、と拳を握りしめて力説する大森。

「切断面の状況にもよりますが、使える筋肉を活かして、足りないところはステッピングモーターを使う。モーターの負荷や体重の負荷をフィードバックするというのが基本的な考え方です」


 そう言って、タブレットを取り出すと、これまで作成した義手や義足の試作品の画像を披露し始める大森。


 実は顎にこぶしを当てる仕草で、少し首を傾げて大森に問い掛ける。

「神経の上り下りのマッピングの調整はどうやっているのですか?」

「それは、神経が接続されたマップとモーター制御やフィードバックのマップを、あらかじめパソコンと繋いで紐付け調整を行い、これを義足内のマイクロコンピューターに埋め込む方式です」


「そうですか。基本的には私達も同じ考え方なのですが、ブレインコネクトモジュールの場合は、それぞれの神経信号にタグを付けるのが特徴です。100の神経に100の電気的な配線を紐付けると、配線だけでパンクしてしまいます。ですので、信号にタグを付けることで、配線をコンパクトにしているのです。結節点毎に信号の流れを制御するマイクロチップが必要にはなりますが」


 徹が、実の視線に反応してタブレットを渡す。


 こんな感じです、と配線制御の概念図を示す。


「なるほど。それは素晴らしいアイデアですね。熱田さん。もう少し個別具体的なお話をしたいのですが、大丈夫ですか?」


 頷くふたり。


 大森は、頷いて十文字と瞳に振り返る。

「十文字さん、杉浦さん。ちょっと込み入った専門的・医学的な話になりますので、しばらく席を外していただけないでしょうか?」


 十文字は瞳に頷いて、大森に向き直る。

「では、私達は車でお待ちします。熱田さん、今日はありがとうございました。失礼します」



   *   *   *


 2時間後、興奮した様子で大森が現れた。

「十文字さん。時間が足りなさ過ぎますよ。来週また時間を取ってもらうことにしたので、これから1週間、僕は横浜に泊まります」

「宿はどちらですか?」

「はい。関内のビジネスホテルです」

「それは丁度いい。私達も同じ方向なので、お送りしますよ」

「ありがとうございます」


 車の中でも、大森の興奮は収まらない。

「いやあ面白過ぎます。ご主人の徹さんも顕微鏡を使った精密手術の専門家ですし、手術の段取りも、格段に現実味が増しました」

「それは何よりです」


   *   *   *


 事務所に戻り、小一時間ほどパソコンに向かい、当日のやりとりを整理していた十文字。ひとしきりまとめ終えて、ふぅ、と息を吐く。


「俺にはチンプンカンプンだろうけど、どんな話になったのか気になるよな?」


「そのあたりは、札幌のメイリーがしっかり聞いてる見たいですよ。伊崎海洋開発のハードロイドを動員して、先程、義足の3Dモデルが出来上がったみたいです。マッピングとチューニングのソフトも明日には出来上がりそうですよ。出力はハードロイド用のステッピングモーターでも充分そうなので、博士は、このままうちで作っちゃおうか? って言ってます」

 瞳は、それがどうかしました? という顔で大層なことを言う。


「え?」


 固まる十文字。


 ――それ何の魔法? 

   まだ帰ってきて1時間も

   経ってないんですけど?



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