第32話 もしもし? 修学旅行に来た高校生じゃないんですけど?


 札幌の歓楽街、すすきの。

 ビルの正面には、壁を覆う程の大きな看板が並ぶ。

 『ハニーロイドカフェすすきの店』は、その一角にあった。

 

 1階はカフェ、2階はキャバクラだったところを、居抜きで店舗にしたので、入り口は別々である。2階はハニーロイドパブという店名で、VIPルームが2部屋。ここでは性的サービスも提供される。

 スタッフルーム兼コクーン部屋は1階にあった。


 十文字と瞳が、大森を連れて店に入ると、姫乃、鈴、みどり、シャーリーが揃って出迎えた。みどりとシャーリーは、黒いベストに黒いパンツルック、髪を後ろに纏めた、いかにも店員という出で立ちである。


「大森様、この度はようこそおいでくださいました。いつもうちのメイリーがお世話になっております」

 そう言って挨拶したのは、カフェの店長のシャーリーである。


 オープン3日前、既に内装も終わり、ハニーロイド達は店内を掃除したり、テーブルやカウンターに小物をセッティングしているところだ。


 ――ソフトロイドって、

   普通に小間使いも出来るんだな。


 改めて関心する十文字。


「猫耳にエルフにバニーですか! おお、耳も尻尾も動くんですね。今度、娘も連れて来ようかな?」

 目を輝かせて周囲を見回す大森。


「お嬢様のお名前は、何ておっしゃるんですか?」

 シャーリーが店内を案内しながら、大森を応対する。

「アンジェラって言います」

「まあ、素敵なお名前ですね。お幾つですか?」

「今年11歳です」

「まあ、かわいい盛りですね……。うちのハニーロイド達は、メイリーと同じ最新型なんですよ。旧型は話す時に口パク感があったんですが、最新型では改善されてるんです。ご存じかもしれませんが、脱いでもリアルなんですよ」

「メイリーを脱がせるなんて……。とてもそんな事出来ませんよ」

 大森は、恥ずかしそうな顔で答える。

「あら、そうでしたか。よろしかったらお試しになります?」

 そう言って、シャーリーは、悪戯な笑みを大森、次いで十文字に向ける。


 大森は苦笑しながら手を振って否定。

 ここは十文字も両手を振って否定するところ。


 ――なんせ、全部筒抜けだし。


ひと通り、1階と2階を見て回った大森。

「今日は、どうもありがとうございました。伊崎副社長によろしくお伝えください」

 と言って、満面の笑みで帰って行った。

 お待ちしております、と頭を下げるシャーリーに倣って、お待ちしております、とハニーロイド全員が声を揃えて頭を下げる光景は、なかなか壮観だ。



 仕事の終わったハニーロイド達は待機所へ向かう。

 1階の店内では、姫乃、鈴、シャーリー、みどり、十文字、瞳がテーブルを囲んでいた。姫乃と十文字の席にはコーヒーが置かれている。


 コーヒーくらいは出てくるのか、と早速コーヒーを啜る十文字。


「で、EXVエグゼブの方はどうだったの?」

 と、切り出した姫乃に、みどりが答える。

「3日間張り付いたのですが、ウェットロイドの存在は確認出来ませんでした。出入りした人物の画像は押さえてあります」


「ありがとう。それで、医療機関の方は?」

「札幌支社の公式ホームページには特定の医療機関の記載はありませんでした。自由診療の病院は、市内に河村クリニックという個人経営の病院がありますが、関係性は不明です」


「そう。札幌から車で1~2時間圏内で、自由診療の医療施設付き介護施設とかないかしら」

「小樽に1箇所ありますね。『夢湯若草ビレッジ小樽』という施設です。10年程前に出来たもので、名前からするとEXV系列では無さそうですが、とりあえず、ヒコボシにマークさせましょう」


「まあ、そんなところかしらね。開店までは、みどりとシャーリーの2人でEXV支社の様子を引き続き監視してくれる?」


 2人にそう言うと、姫乃は十文字に向き直った。


「じゃあ、モジモジさんも今日はお疲れ様。あたしとコーリンは開店まで残るから、先に帰ってて。余計な寄り道したらダメよ。この辺りは誘惑が多いから、健康な男性には酷な話かもしれないけど?」


 そう言って悪戯な笑顔を向ける姫乃。

 両手と首を振って否定する十文字。

 

 ――もしもし? 

   修学旅行に来た高校生じゃ

   ないんですけど?


 などと苦笑しながらも、ふと手を上げて姫乃に質問を投げる十文字。

「あの、姫乃さん?」

「ん? どうしたの?」

「前々から思ってたんだけど、鈴さんをコーリンって呼ぶのはなんでなんだ?」

「ああ、それ。コーリンは伊崎姓になる前は、くれないって名乗ってたの。続けて音読みしたらコーリンでしょ?」

「なるほど」



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