第23話 神話の裏に隠された真実の物語

 この国の都に、神に仕える少女がいた。

 少女の家は神職であっため、その地の神である蘭鳳神と葵龍神の神殿にいつも供物を届けていた。

 蘭鳳神は、鳳凰なので、肉食だと言われていた。

 葵龍神も、龍なので、肉食だと言われている。

 なので、供物にはいつも肉が入っていた。


 それにしても今夏は暑い。長く続く日照りは、蘭鳳神がお怒りになっているのでは、と村の人々は恐れていた。

 少女も蘭鳳神を恨んだ。

 蘭鳳神はなぜ、こんなにこの地を焼くのかと。


 そんなある日、少女は蘭鳳神の神殿に参り、供物をもって許しを請いに行った。

 少女は神殿の前で膝を折り、頭を地につけて平伏する。


「蘭鳳神さま。もうこれ以上大地を陽で焼くのはおやめください。穏やかな陽射しに戻してください」


 その言葉は、偶然、都の神殿にいた蘭鳳神が聞いていた。 

 蘭鳳神は少女が哀れになり、姿を現した。


「娘。日照りは俺の力のせいではないから、俺にはどうすることもできない」


 その姿は、金髪の先が赤くなった炎のような髪色に、後頭に鳳凰の尾羽がついていた。

 少女は驚いて蘭鳳神をじっと見た。


「蘭鳳神さま?」

「そう言われているな。でも、日照りは俺のせいじゃない。人間どもでどうにかしろ」

「日照りがこれ以上続けば、私は蘭鳳神さまの生贄になる予定です。私が生贄にたっても、人々は日照りから逃れられないということですか?」


 少女は眉を寄せて泣きそうな顔で蘭鳳神に言った。


「生贄。愚かな。そんなことを俺にしても、なにも変わらない。俺には天気を操る力などないからだ。不要だ!」


 蘭鳳神がおおきな声をだしたので、少女は驚いた。


「すまない、驚かせるつもりはなかったんだ」

「蘭鳳神さま……」


 少女はすこし蘭鳳神の優しさに触れたような気がした。


「だが、生贄が必要無いのは事実。それを人々につたえよ。お前は生きてくべきだ」

「はい」


 少女は蘭鳳神に感謝した。




 都に帰った少女は、神殿で起こった一部始終と蘭鳳神の言葉を王に聞かせた。

 それを聞いた王は、少女が生贄になりたくなくて、嘘をついているのだと思った。


 すると、今度は豪雨が都を襲った。


 少女の嘘が神の怒りを呼んだと王は感じ、少女を生贄に捧げる日時を早めたのだった。


 少女はなすすべも無く、数日後に湖の上の滝の落ちる崖に立たされた。


 蘭鳳神はそれに気が付いた。

 蘭鳳神が「生贄はいらない」と声高く言っても、このまま日照りや大雨がつづけば、生贄に立たされている少女は国で居場所がなくなるだろう。

 そう思った蘭鳳神は、彼のもとに来ていた北の神、葵龍神に頼んだ。


「あの娘が湖に飛び込んだら、水の中で助けてやってくれ。俺では水に潜れない。幸い、あの湖は大きい。人知れず岸に上げて、俺の元へつれてきてくれ」

「わかった。あの少女は半分、私のための生贄として立っている。お前の気持ちもわかる。不憫だから助けよう」


 人間達の集団的な思い込みというのは、恐ろしい。

 生贄に立てると言ったら、実行しないと気が済まないのだ。

 しかし、それほど日照りや大雨に苦しんでいるということでもあるのだろう。


 着飾って蘭鳳神や葵龍神の生贄になる少女は、国の屈強な兵によって滝の上から湖へ突き落とされた。


 少女が湖の中へ落ちると、蘭鳳神の頼み通りに葵龍神が龍の姿で素早く湖の中を泳ぎ、人に見られぬ岸へとあげた。


 水にぬれた少女は、気絶していたが、息はあった。

 約束通り、葵龍神は少女を連れて、蘭鳳神のもとに連れて行ったのだ。


 水にぬれた少女をみた蘭鳳神は、あまりの人間のむごさと、少女の不憫さを嘆いた。

 意識のない少女を葵龍神から受け取り抱きとめると、鳳凰になって自分の住処へと帰って行った。


「娘、不憫なものだ。あんなに一生懸命に俺に仕えていたのに。これからは俺と一緒にくらそう」

「……はい。もともと私は蘭鳳神さまにささげられたものですから、どこまでもお供します」


 鳳凰の手の中で、少女はほほ笑んだ。


「気が付いていたのか」

「蘭鳳神さまの手の中は、とても暑いので」


 少女はふふふ、と笑った。


「お前の笑った顔を見たのは初めてだ。泣き顔だったり、眉間に皺を寄せた顔だったり、そんな顔ばかりだったからな」

「だって、生贄になるのはとても怖かったから。でも、いま私は幸せです。蘭鳳神さまと暮らせるなんて」

「そうか」

「はい」



 皮肉なことに、少女が生贄にたったその日から、日照りも大雨もぴたりとやんだ。

 天気は天の気まぐれ。

 それは、あたかも蘭鳳神と葵龍神が生贄の少女を受け入れたかのように人々には思え、穏やかな日々がきたのだった。




「天も気まぐれなものだ」


 蘭鳳神は空を見て、天を恨んだ。


 こうして、少女は蘭鳳神とともに南の地で隠れて暮らした。

 そこは、のちのち大きな里になり、里のものは蘭鳳神のために鳳凰宮という宮を作った。


 それは北でも同じだった。

 葵龍神にささげられるために生贄にたった少女は、葵龍神によって助けられた。

 生贄の少女たちの子孫の里ができ、里のものは葵龍神の為に龍宮という宮を作った。


 生贄になった者たちやその子孫は、蘭鳳神と葵龍神と共に、隠れ里で暮らしていった。




 それが、神話の裏に隠された真実の物語である。



 おわり

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龍神といけにえの少女 三日月まこと @urutoramarin

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