第6話 龍の隠れ里

 藤が食事を終わらせて人心地ついたころ、葵龍は部屋の外へと出て行った。

 そして、藤も元気なにしきと、生まじめそうなさいと一緒に、部屋を出る。

 龍の隠れ里へと行くためだ。



 部屋から出て、藤は建物を観察した。

 『龍宮』という名のとおり、あちらこちらに龍を象徴する彫刻が彫ってあった。

 先ほどの部屋には梁に彫ってあったし、その他の柱や壁の透かし彫りなども龍や花だった。


 光沢のある古い木のそれらは、年代物であって見るものに畏敬の念を思い起こさせた。龍神の宮、龍宮にふさわしい。




 龍宮の玄関を出ると、その先に木々に囲まれた一本の坂がくだっていた。

 その下に、里が見える。上から見ても瓦屋根と木の壁で出来た家々は、雫村と比べるべくもなく、上等な家だった。きっと陽明国の王都もこんな風に上等な家が建っているのではないかと思うくらい、立派な里だった。


 家の周りには田畑があり、その奥には森がある。

 田には水が張られ、畑や森は夏らしく青々と茂っていた。

 

 藤のいた村では、田はすでに干上がり、森は枯れていた。


「ここには水がたくさんあるのね」


 感心してそう呟く。それもそうか。ここは雨の神である葵龍神の里なのだから。

 

「葵龍さまの力で雨が降っているのね?」


 羨まし気に言うと、彩が真面目な顔で藤に顔を向けた。


「いいや。葵龍さまだって、そう天候をころころ変えられるわけじゃない。この里の森の奥に湖があるんだ。そこから水を引いている。灌漑かんがい工事がきちんとされた里なのさ」


「かんがい…こうじ……なにそれ」


「藤、豊かに暮らしたいのなら、頭を使うべきなんだ。雨が降らないなら、水源から水を人工的にひけばいい。それが灌漑工事なのさ」


 そうか……。藤は自分たちの村の短慮が少し恥ずかしくなった。

 雨が降らないなら生贄をたてる……それは全くの他力本願である。

 自分たちでなんとかできるのならば、なんとかしたかった。


 ただ、藤の村にも、役人にもその工事をするだけの知識も人材も不足していて。

 

 知識がないのなら、それこそ村人や役人が陽明国の王都にでも行って知識をつけて、工事をするべきだったのだ。

 しかし、それは役人の仕事で、藤たち一般庶民にはどうすることもできない。

 けれど、嘆願書を出せばどうにかなったかもしれない。

 

 水が無ければ米が取れず、国は困るのだから。


「藤? どうしたの?」


 無邪気なにしきに顔を覗かれて、藤は我に返った。

 何か無謀なことを考えている気になった。


「あ、うん。ちょっと考え事。大丈夫、行こう」

「? うん」


 まだ龍神の里を山の上にある龍宮から見ただけだ。

 里の中を色々とみせてもらったら、また別のものがみえてくるかもしれない。




 里は賑やかで、活気があり、潤っていた。

 それは人々の顔をみれば一目瞭然だった。

 しっかりした肉付きのいい身体に、血色のいい顔色。

 そして、家も着るものも、身綺麗だった。


 藤の村とはまったく違う。


「この里は、みんな自給自足でやってるんだよ」


 錦が笑顔で藤を見る。


「自給自足……それでこんなに豊かになるの?」

「ん、そうだね。これと言って別に不自由なことはないかな。食べ物と寝るとこと、着るものがあれば、大抵なんとかなるからね。人の心も豊かになるんだろうね。そして、龍宮の書庫からの知識で物も豊かになる」


 人々の様子を見ていて、藤はなぜここの人たちがこんなに優遇されているのか不思議で、そして嫉妬した。


 藤の村だって、葵龍神を祀って、大事にしてきた。

 なのに、この差はなんなのだろう。

 怒りもあり、失望もあり。そして、それがあの葵龍の望みなのだとしたら、藤は胸がつぶれそうなほど悲しく思った。


「どうしてここの人たちだけ、こんなに優遇されているの?」

「優遇、ね」


 今度は気難しいさいが口をひらいた。


「ここにいる人たちは、みんな、葵龍神にささげられた生贄の子孫だ」


 彩は無表情にそう呟いた。


「生贄の……子孫?」


「そうだ。なんでかは知らないが、葵龍さまへの生贄には『五体満足で健康な少女』が立たされる。それを不憫に思った代々の葵龍さまは、藤みたいにみんな滝に落とされるときに助けて、ここに連れてきて生活させたんだ。恋人を残して生贄になった少女もたくさんいたから、ここに連れてきて添い遂げさせたりしているうちに、人口が増えて行った」


「ここは、生贄にされたものたちの里なんだよ」


 藤は衝撃を受けた。

 人間の愚行の末にできた、里。

 それがこんなに豊かなのは、やはり葵龍のおかげなのだろう。

 そして、人間に見つからないように隠れ住んでいる隠れ里なのだ。


 藤はさきほどの彩の言葉が少し心にひっかかった。

 『代々の』葵龍さま、と彩がいったこと。

 

「代々の葵龍さま……ってことは、葵龍神さまは代替わりするの? ならば、神話のときの葵龍神さまは、今の葵龍さまとは違うの?」

「そうだよ。葵龍さまも人間と同じくらいの寿命しかない。自分の後継を自身で作り育て、そして死んでしまう。神と言われているけれど、そういう営みは人間と同じだね」

「そうなんだ……」

「でも、総じて葵龍神さまは穏やかな性質だね。静の神でもあるしね」


 そう、葵龍神は静の神で、反対に蘭鳳神は動の神とも言われていた。

 錦が葵龍神のことを語ると、今度は彩が里のことを語った。


「龍宮の書庫には、代々の葵龍さまが集めた色々な本がある。それを読んで、僕たちや里の人たちで色々なものを作っている。代々受け継がれた知識は、ここで生活するのに丁度いい加減でこの里に根付いている」


 彩は、こんどは少しほほ笑んだ。


 田や畑が広がり、瓦の家々が立ち並び、必要なものはそろっていて。

 空は青く、この里を囲む木々も青い。


 そして、里の北に位置する山の中腹に龍宮はたっていた。


 葵龍が治める小さな土地は、神力とは別の力で、とても裕福に存在していた。


「じゃあ、龍宮に帰ろうか! 藤はこれから龍宮で働くんでしょ」


 錦が笑顔で藤をみた。


「うん。さっき葵龍さまに許してもらったからね」

「ならば、僕たちと一緒だ。気楽に頑張ってね」


 赤目白髪のおかっぱ少年は、軽く藤の背を叩いた。


「葵龍さまに無礼を働くなよ」


 青目白髪のおかっぱ少年には、釘を刺された藤だった。

  

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