龍宮と隠れ里

第4話 葵龍

 ゆるゆると意識が覚醒していく。

 とても寝心地が良い。

 藤は幸せな気分で薄く目を開けた。

 

 目に映ったのは、木目の整った上等そうな高い天井。

 ここはどこだろう。

 それがまず一番に思ったことだった。

 ぼうっとそれを見ていると、藤の傍らに控えていたのだろう、白髪のおかっぱ頭で赤い目の子供が弾かれたように彼女の顔をのぞいた。


「気が付いた?!」


 とても大きな声だったので、藤は少し驚いた。


「あなたは誰?」

「ぼくはにしきです。葵龍さまのいいつけであなたの様子をみていました!」


 はきはきと話す錦は、年齢は十くらいで、子供らしくてかわいいと藤は思った。

 村に残してきた弟を思い出す。

 すると、枕元からもう一人の声が聞こえてきた。


「では、ぼくはさっそくお客様さんが目を覚ましたことを、葵龍さまに伝えてくる」


 今度はおちついた声。でも、声も姿もやはり子供だ。錦と同じ歳ごろか。

 この子も白いおかっぱ頭で、しかし、目は青かった。



 そう言えば、眠り込む前に子供二人の声を聞いたような気がする。

 そして、藤を抱き上げていた人物もいた――

 キリュウさま、とはその人物なのではないだろうか。


 藤が考えていると、錦が勢い込んで藤に声を掛けた。


「ねえねえ、お姉さんは何て名前なの?」

「……藤、よ」

「へえ、良い名前だね。ぼく藤の花だいすき。紫とか白とか、たくさん咲くときれいだよね」


 無邪気な顔で言われて、藤は少し照れながらも錦のことを微笑ましく思った。

 すると、もう一人立っている子の方が今度は返事をした。


「藤、ね。分かった。ぼくはさい。起きたことを報告してくるから、まってて」


 そう言って、御殿のような豪華なつくりの部屋から、障子をあけて出て行った。


「ねえ、藤。藤は生贄にたった少女なんだよね。そう聞いたんだけど」


 錦がそう聞くので藤は意識を失う前までのことを思い出して、自分が何故生きているのか不思議に思った。


 自分はあの高い滝の上から身を投げたはず――


「人間ってヤバンだよね。どうしてこんな可愛い子を生贄なんかにたてるかな。生贄って、ヘタすると死んじゃうんでしょ」


「……そうね。私も死んだかと思った。食べられたかと……」

「葵龍さまは人間なんか食べないよ。当たりまえだろ? 意思の疎通ができる生物を食べるのはちょっと無理でしょ」


 錦がそう言うので藤も考えてみた。たしかに藤も嫌だ。


 それにしても、今の会話で錦と彩のいうキリュウさま、とは葵龍神のことを言っているらしいと藤は思った。

 ならば、この錦と彩は、葵龍神のお世話係、ということだろうか。


 改めて部屋を見回す。

 天井をはしるはりには、見事な龍の彫刻がしてあった。

 天井付近には透かし彫りがしてあり、蔦や鳥が表現されている。

 その分、風通しがいいのか、夏にしては室内に爽やかな風が通っていた。


 布団から身を起こす。

 久しぶりにぐっすりと眠ることができたので、身体が軽い。

 さらに周りを見回してみる。

 家具などはなく、畳が敷かれた十畳ほどの、障子にかこまれた部屋だった。

 障子からはまばゆい光が透けて漏れていた。

 

 上半身を起こしたままでぼうっとしていると、廊下をわたる足音が聞こえてきた。

 人数は二人ほどか。

 さっきの彩がもどってきたのだろう。


 背の高い影と、子供の影が障子にうつった。

 

 彩が座って障子を開けると、そこに紫色の頭巾を目深にかぶった、銀色の髪の青年が立っていた。

 歳は十代後半くらい。藤よりも二、三、上に見えた。

 

「あ……」


 藤は目を見ひらいた。

 それは、遠い昔の初恋の人――アオイにそっくりだったからだ。

 あの頃からはだいぶ背も伸びて、そして髪も伸びていた。

 銀色の少し癖のある髪は、膝くらいまで長かった。


 思い出の中のアオイは、優しくて、少し気が弱くて。

 でも、最後には藤を力強い手でひいて、雫村に導いてくれた藤の恩人だった。


 その人物が藤の方へ歩いて来て、藤の傍らに正座で座った。

 背筋が伸びていて、澄んだたたずまいの不思議な人だった。


「気が付いたのですね。良かった。起きられますか? 食事はできそうですか? 食べ物をもってきました」


 穏やかで丁寧な口調は、やはり昔のアオイを思い出させた。


「アオイ……?」

「え?」


 アオイ、と言った藤にその青年は目を見開く。


「その名をどこで知りましたか?」


 不思議そうに聞くので、藤は昔のことを思い出してその青年に語った。


「むかし、六年前くらいに、迷いの森で私達、あってるじゃない。アオイは何かの珠をなくしてしまっていて、私が見つけてあげて。そして帰り道が分からないって言った私の手を引いて、村に返してくれた」


 言葉にすると懐かしさが募る。

 あの時に感じたほのかな想いを思い出して暖かい気持ちになった。


「あ、ああ。あのときの。そうですか、あのときの藤ですか」


 青年は目を細めて懐かしそうに語る。

 良く見ると、青年の目は昔のアオイの黄色の目よりも、もっと濃くなっていて、金色にみえた。


 やはりアオイだ―― 異質な美貌を持った、藤の初恋の人。


「私、嬉しい! もうアオイは会えないって言ってたから、また会えて嬉しいよ!」

「私も会えて嬉しいです、藤。あの珠は本当に大事なものだったのです。とても助かったのを覚えています」


 嬉しそうに、にこりとアオイも微笑む。


 話が盛り上がろうとしているところで、彩が厳しい声をあげた。


「藤、お前なれなれしいぞ! 葵龍さまはここの主、葵龍神さまだ。お前が気安く口をきいていい相手ではない!」


 白髪のおかっぱ少年はきりきりと青目をつりあげて腕を組んで藤を睨んだ。


「え? 葵龍神さま?」


 そういえば、葵龍神の葵の字はアオイともよむ。


「はい、そうです。私が今の葵龍です」


「え、ええーー!!」


 異質な美貌にも納得がいった。


 そういえば、彩が呼んでくる相手は葵龍神だとわかっていたのだから、気が付いてしかるべきだった。


「ご、ご無礼つかまつりましたーー!!」


 藤は勢いよく畳に両手と頭をつけて葵龍の前に平伏した。

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