世界が終わる日に君と新しい世界を創りたい

桜森よなが

終わる世界に新たな世界を

 今日は世界が終わる日らしい。巨大な隕石が地球に向かってきていて、防ぎようがないんだってさ。それを告げられたのは一週間前。正直あまり実感がわかない。

 でも、世界中の科学者や政治家とかが大騒ぎしているから、たぶん本当にこの世は終焉を向かえるのだろう。


 両親は一昨日から仕事をせず、朝っぱらから酒を飲んだり豪華なごはんを食べたり、僕が家にいるのにも関わらず平気でセックスしたりしている。

 他の家庭はどうなんだろうか?


 ベッドの軋む音や喘ぎ声が響く自宅から、僕は逃げるように出た。

 外に出たものの、行くところがない。開いている店なんて一つもないし。

 ブラブラ歩いていると、そこかしこの家から甲高い嬌声が聞こえてきた。

 羞恥心はないのだろうか? 

 いや、もうどうでもいいのかもしれない、だって世界が終わるんだし。


 周りを異常だと感じる僕の方こそ、実はおかしいのかもしれない。

 だって僕は今一人なのだから。


 無意識に歩いていると、自然と見慣れた道を通っていて、気づいたら学校の門の前にいた。

 あれだけ行くのが億劫だった学校も、なんだか今日はそんなに悪くないもののように思えた。

 別に用はないし、誰もいなさそうだったが、なんとなく僕は門をよじ登って、校内に入った。

 

 グラウンドを横切り、校舎に入り、教室を通りすぎながら、学校生活を振り返ってみる……が、特に印象に残るような思い出はなかった。

 勉強は平凡な成績だったから特に教室でちやほやされたことはないし、運動もそんなにできるほうじゃなかったから体育祭や球技大会も全く活躍していない。行事に積極的に参加するタイプでもないから文化祭も特別なにかした覚えがない。


 僕って、自分が思っていた以上に空虚な学校生活を送っていたようだ。

 こんな人生になにか意味はあるんだろうか?   

 もういっそ、自殺しようかな。 


 いつのまにか、足は屋上へ向かっていた。


 ……て、世界が終わる日に自殺してどうするよ、どうせ死に急がなくてもすぐにあの世行きだというのに。

 それに、屋上から飛び降りようにも、どうせカギは閉まって……


 なかった。

 いつも閉じられているドアは開け放たれていて、空に近いその場所の最奥、高い柵の手前に、こちらに背を向けた女の子がいた。

 足音が聞こえたのか、その子が振り返る。

 目が合った。「あっ」と彼女が言う。僕もそれに呼応するように「あっ」と言った。

 

 僕は彼女を知っている。あの反応からすると、彼女も僕を知っているはずだ。知っていると言っても全く会話したことはないのだが。全く会話したことはないと言ってもクラスメイトなのだが。


 彼女は永泉ながいずみ優理花ゆりか、清楚系の見た目で勉強も運動もできて、関わったことがないので正確なことはわからないが性格もいいという話を聞く。

 彼女は学園のアイドルで僕からすると、とても遠い存在だった。

 そんな彼女が手招きしてくる。


「田野辺くん、だっけ? こっちに来なよ」

 

 吸い込まれるように、僕は彼女の元へ向かった。

 世界が終わるというのに永泉さんはどこか超然とした笑みを浮かべていて、見た目の美しさを抜きにしても、なんだか不思議な魅力のある人だった。


 永泉さんの隣まで来ると、彼女は眼下に広がる街を見ながら、初めて会話するはずの僕に気さくなかんじで話しかけてきた。


「なんで学校来たの? 私と君以外、誰もいないよ?」

「なんでって言われても、なんとなくとしか言いようがないな、他に行きたいところもなかったし」

「ふーん、変わってるね」

「それを言うなら永泉さんも変わっているだろう、君の方こそなんで学校来たのさ」

「今までわたし、たくさんの人に囲まれた人生だったからさ、終わるときくらい一人でいたいなって思ったの」

「やっぱり君の方こそ変わっていると思うよ」

「そうかな?」

「そうさ……そういうことなら邪魔しちゃ悪いから僕は別のところに行くよ」


 と去ろうとする僕の腕を永泉さんが掴んできた。

 彼女の真っ黒な瞳が、僕を深淵へと引きずり込むかのように見てくる。


「一人でいたいんじゃなかったのか?」

「気が変わったわ、一緒にいましょうよ」

「世界が終わる日に僕といたいだなんて君はそうとう変わり者だな」

「べつに変人でいいわよ、もう。それで、一緒に私と終わりを迎えてくれるの? それとも嫌?」

「嫌じゃないさ」


 僕は足を動かすのをやめた。

 くすりと彼女が妖艶に微笑む。


「あなたもだいぶ変人ね」

「かもしれないな」

「それじゃあ、変人同士、仲良く一緒に死にましょうか、ふふ、ふふふふふふふ!」


 なにがそんなにおかしいのか、お腹を抱えて笑いだした。

 二十秒くらい経ってようやく笑いが治まると、彼女は訊いてきた。


「ねえ、ここに来るまでさ、街はどんな感じだった?」

 

 どこの家からも昼間から激しい音や切なげな声が聞こえてきたなんて言いづらかったので、どうしようかと考えていると、僕のその様子を見て察したのか、永泉さんの方から話し出した。


「嫌よね、みんな盛っちゃってさ、発情期の動物みたい」


 とうんざりした表情になる彼女。

 そんなことを言うとは全く想定していなかったので、ちょっと呆気にとられてしまった。


「世界が終わるっていうのがデマだったら、きっと少子化が解決するわ、この国の行く末を憂いていた人たちが喜ぶでしょうね」

 

 と黒い笑みを浮かべる永泉さん。

 下品なジョークだったが、僕は笑ってしまった。


「君ってそういうこと言う人だったんだね」

「仲良くなった人から同じことをよく言われるわ、幻滅した?」

「いや、全然」

「そう、ならよかった、私の方こそ、田野辺君に対するイメージが変わったわ、君ってちゃんと笑える人だったのね」 

「僕をなんだと思ってるんだ。笑うことくらいあるさ」

「でも、いつも君、休み時間にひとりでぶすっとした顔でなにかひたすらノートに書いていたからさ、その印象しかないのよね、実は君のこと、ひそかにちょっと気になっていたんだよ?」


 少し驚いた。僕のことをそんなに気にかけているとは思わなかったから。


「ねえねえ、なにしてたの?」

「小説を書いてたんだ」

「小説? 今時手書きで?」

「うん、アイデア出すときは手書きの方が僕は調子出るんだ。家ではパソコンを使っているけどね」

「へー、将来の夢は作家だったりする?」

「そうだね、なれればいいなとは思っている」

「そっか、でも、もうその夢、叶わないね」

「うん」

 

 少し重い空気になってしまった。

 それからしばらく僕たちは無言だったが、突然、彼女が手をパンッと叩き合わせて、一休さんがひらめいたときのような顔になった。


「ねえ、小説書いたら?」

「今か?」

「うん、いまいま!」

「世界がもうすぐ終わるというのに? 未完成になっちゃうじゃないか」

「すごぐ短い物語を書けばいいじゃない」

「アイデアがない」

「じゃあ、未完成でもいいから長編書けばいいじゃない、私が絵をつけてあげるからさ、書きましょうよ?」

「え、永泉さん絵描けたの?」

「自慢じゃないけど、私は基本なんでもできるわ」

「そうか、僕は自慢じゃないけど、基本なんでもできない」

「ほんとに自慢じゃないね」


 と永泉さんはくすくすと笑う。


「わたし、将来イラストレーターになろうかな、それであなたのラノベにかわいい絵をつけるの」


 世界が終わる日に何を言っているのだろう、彼女は。


「僕、ラノベじゃなくて純文学を書くつもりなんだが」

「そうなの? 珍しいね。でもラノベも書けばいいじゃない。その方がもっとたくさんの人に読んでもらえると思うよ」

「ラノベか……まあたしかにそのほうが需要はあると思うが」

「じゃあ、決まりね、私とあなたでラノベを作りましょう」


 勝手に決められた。まあ他にすることもないしべつにいいが。


「でも、ラノベのアイデアもないぞ?」

「長編のアイデアはあるんでしょ? ならそれをラノベっぽくすればいいだけじゃない」

「ラノベっぽいってなんだ?」

「とりあえず美少女を登場させて、主人公とイチャイチャさせておきなさい、そうすればラノベっぼくなるわ」


 すごい暴論を言っているような気がしたが、まあ僕はラノベに関してはよくわからないから彼女に従っておこう。


 永泉さんが傍らに置いたったバッグからノートとペンを取り出し、僕に渡してきたので、とりあえずそれを使って執筆してみた。


 僕が書いたのは神が世界を創る話だ。

 人間を創造し、自分が想定していない行動をとる人間にイラついて時折罰を与えたりしながらも、何だかんだ人間を愛して世界を創り続けるという物語。


 元はただそれだけの話だったのだけど、ラノベっぽくということなので、新たに女神を登場させて、主人公の神とイチャイチャしながら世界を創る物語になった。

 自分で書いていて、なんだこれってかんじの物語になってしまった。


 ずっと小説を執筆していたが、5000文字くらい書いたところで詰まってしまう。

 筆が止まってしまった僕を見て、永泉さんが口を開いた。


「そこまででいいわ、どうせ完結まで書けないのだし、それじゃあ読ませてもらうわね」


 彼女はすごいスピードでページをめくって行き、数分くらいで全部読むと、ノートをパタッと閉じた。


「なんかすごい皮肉ね、世界が終わる日に世界を創るだなんて。そしてその小説の内容が世界を創る物語だなんて」

「つまらなかっただろ?」

「ええ、正直めちゃくちゃつまらなかったわ」


 自分でつまらないと言ったとはいえ、彼女の歯に衣着せぬ物言いは胸にグサッと来た。


「でも、読んでいたら絵を描きたくなったから今から描くわね、ちょっと待ってて」

 

 それからボールペンでしゃっしゃっと三十分くらいかけて、彼女は二人の人物の絵を描いた。


「はい、主人公の絵とヒロインの絵よ。どう?」

「……ぶっちゃけると、微妙だ」


 彼女はムッと頬を膨らました。


「しかたないじゃない、わたし、普段はペンタブで描いてるんだもの、アナログは苦手なの、時間がないからあまり描きこめなかったしね」

「まあ、でも、ありがとう、絵をつけてくれて」

「どういたしまして。とりあえず、ラノベができたわね」

「未完成だけどな」

「そうね、でもしかたないじゃないの、世界が終わるのだから」


 そうだ、しかたない、この物語が未完成でも。

 僕や彼女や他の人々の人生が未完成でも。


 僕の顔を見て、僕の心を読み取ったかのように永泉さんは言う。


「このまま、みんな未完成の人生で死んじゃうのね、隕石なんて来なければ、もっと多くの物語が続いたのに」


 彼女は柵にもたれ掛かって、どこか遠い目を空へ向けた。


「世界が終わらなければ、私はこの先、どんな人生を送ったんだろう、第一志望の大学に行けたかな、一流企業に就職できたかな、金持ちのイケメンと結婚できたかな?」

「君ならそういう人生を歩んでいただろうさ」

「そうかな……でもね、世界が終わることを知る前はそういう人生を歩みたいと思っていたのに、今では全然そうは思わないの、不思議だよね」

「今はどういう人生を歩みたいと思っているんだ?」

「そうね、君と一緒に生きるのも面白いかもって今は思ってる」


 永泉さんはそう言っていたずらっぽい笑顔を向けてくる。


「冗談だろ?」

「そうでもないかもよ?」


 とからかうようにウフフフと笑う彼女。

 想像してみる、永泉さんとの未来を……しかしうまく思い浮かべることができなかった。だって彼女とはこれまで全然違う世界を生きてきたのだから。

 そもそも、仮に彼女が本気だったとしても、空しいだけだ。この先はもうないんだから。


「田野辺君はこれからどんな人生を送ったんだろうね、人気作家になってたりして?」

「どうかな、なれない気がする、僕、うまくイメージできないんだ、自分のそういう姿が」

「私は想像できるよ、君が人気作家になって、私が人気絵師になって、君の小説に私が絵をつけている未来が」

「夢のまた夢だ」


 だって今日で世界が終わるんだし。


「もうやめないか。無意味だ、世界が終わるというのに、この先の人生を想像するなんて」

「でも、楽しいじゃない。未完成の物語の先を考えるの、少なくとも私は楽しいわ、夏目漱石の明暗とかさ、この先、どういう展開になって、どういう結末になったんだろうって、私よく考えるの。あなたは嫌い? 私と未完成な物語の先を無意味に考えることが?」


 そう言われると、悪くないような気がしてきたから不思議だ。


「いや、楽しかったよ、君とこの先を考えるのは」

「じゃあ、世界が終わるまでそうしましょう?」


 彼女が手を握ってきたので、僕は強く握り返した。


 それから、僕たちは終わりゆく世界を眺めながら、未完成の物語のその先を二人でいつまでもいつまでも語り合っていた。 

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