倒産寸前弱小企業所属のダンジョンクリーナーの俺は、大炎上中の推し宅をお掃除します。新事業の『ダンジョン配信』を始めたら見事に大バズりして人生変わりました。

じゃけのそん

第1話 依頼主 ストリ・真緒 様 ①

「んあぁぁ!!!! 金ッ……金がほすぃぃ!!!!」


 オンボロPCと向かい合うシレイ社長は、まるで黒歴史を掘られた成人男性のごとく発狂した。おっぱいが八の字に揺れる。


「どうしてミナサンブラックが来ないんだよぉぉ!!!! おっかしいだろぉぉ!!!!」


「まだこの間の競馬の事言ってる……」


「みんな絶対来るって言ってたのにぃぃ……我を騙したなぁぁぁぁ!!!!」


 こうなるのも当然だ。

 なんせ会社の金のほとんどをつぎ込んだレースで、見事に大負けしたのだから。おかげでうちの会社は、倒産待ったなしの状態にある。


「なあゴミヤ。とりあえず10万でいいから投資しない?」


「しませんよ……どうせまたロクな使い方しないんでしょ?」


「次は絶対に増やす! そうすれば会社の未来にも、お前の未来にだって繋がる! オフィスだって広くなるし、給料だって弾む!」


「そう言って爆死したのはどこの誰でしたっけ」


「ぎくっ……」


 バツが悪そうに目を逸らした社長に、更なる追い打ちをかける。


「未来を語る暇があったら、まずは今の経営を見直してくださいよ。それに俺、今金欠ですし。先月の未払い分の給料欲しいのはこっちです」


「むぅぅ……」


 風船のごとく萎む社長には、威厳の欠片も無かった。


 これが俺の会社、株式会社ブラックデストロイクリーナー社長のシレイ・環奈かんなである。

 炎のような赤髪に、キリッとした顔立ちの美人。特注のスーツを見事に着こなすその姿は、一見デキる女社長。

 しかしその正体は、うちの会社を倒産寸前にまで追いやった疫病神だった。


 とにかく経営力がない。

 競馬で資金調達すると言い出した時は、イッチャッテル人なのかと思った。


「……どうやら我が深紅ノ瞳レッドアイズを開放する時が来たようだ。この紅の瞳によって生み出されるのは、世界を反転させるほどの巨万の富ッ!」


 加えてこの中二病である。

 いい歳こいて常日頃から眼帯を付けて生活してるし、社長が付けたという会社名も痛々しい。おかげで現場作業の時は、いっつも社名を名乗るのを躊躇う。


 本来は漢字で漆黒ノ破壊呼掃除屋ブラックデストロイクリーナーが正しい社名だが、あまりにアレなのでカタカナ表記で行かせてもらいたい。


「くっ……まだ魔力が足りないか……。仕方ない、今日はとっておきを使おう」


 そう言って、冷蔵庫を開けたシレイ社長。

 空っぽ同然のそこから取り出したのは、大人のご褒美、銀色のヤツ。


「飲まなきゃやってられんわ!」


 仕事中だというのに……このアル中め。

 このままいけば、間違いなくうちは倒産だ。


「どうしたゴミヤ。今日は元気がないようだが?」


「そりゃあ、今のあなたを見てたら元気もなくなりますよ……」


「そうじゃない」


「ん」


「今朝からその調子じゃないか。何か悩みでもあるのか?」


「ああー」


 悩みなら腐るほどあるが。

 おそらく社長が言っているのは、そういうことじゃない。


「推しが炎上したんですよ」


「炎上? それは前に言ってた巨乳美少女ゲーム配信者か?」


「そうです。一昨日の配信で差別的な発言をして大炎上。それこそネットニュースになるくらいの大事になって、今朝、活動休止を発表したんです。もう最悪ですよ」


「差別的な発言って?」


「『貧乳に人権はない。胸がない女は今すぐ豊胸手術を受けろ』だそうです」


「それは何というか……炎上するのも納得だな」


 社長の言う通り、炎上しても仕方のない発言だったとは思う。世間がそういった話題に敏感な今だからこそ、表に出る立場としては、注意しなくてはいけないことだ。


 ……でも、心の片隅ではこう思ってる。


 彼女の言い分こそが正義だと!

 実際巨乳って最高だし、それだけで魅力的に見えてしまうというか。おっぱいこそが本体というか。


 何がともあれ巨乳ダイスキ。

 俺が推してやまない彼女には、愛と希望が詰まった素晴らしきおっぱいがあるんだ。ちょっとの失言くらい許したれよ! マジ炎上させたヤツ許せねぇよ!


「お前も一緒に炎上してしまえ……」


「うぐっ……」


 ゴミを見るような視線が痛い。


「で、その女性配信者。名前はなんだったか」


「我が女神”まおりぬ”様です」


「その”まおりぬ”とスメラギ、お前はどっちの胸を取る」


「それはもちろん……」


 ……もちろん。








「…………選べません」


「はぁぁ……。そんなんだから、スメラギに振り向いてもらえないんだ」


 おっしゃる通りで……。


「事情はわかった。とはいえ、今のお前は顔が酷い」


 随分とストレートなご指摘だ。

 だが社長の言う通り、姿見に映る俺の顔は随分と疲れていた。


 虚ろな目の下にはクマができており、頬も少しコケている。

 毛量が自慢の黒髪も元気がない上、血色の悪い肌が、より一層無気力さを引き出していた。

 これではまるで、数年前の自分を見ているようだ。


「客の前では笑顔でな」


「御意……」


 ぐびびっと銀色のヤツを飲み干した社長は、再びPCとの睨み合いを始めた。


 それにしても暇だ。

 社長は社長業務があるので忙しいが、俺の役割は基本現場だ。

 故に出張依頼がない今日のような日は、休日と何ら変わりはない。


 と、社用の固定電話が鳴った。

 社長が即座に対応する。

 話を聞いている感じ、どうやら仕事の依頼が入ったようだ。


「……ということで、仕事だ、ゴミヤ」


「了解です」


「現場は○○市内のアパートで、間取りは1LDK。依頼者の話によれば、ダイニングキッチンが丸ごとダンジョン化したらしい」


 となると、アイツがいてもおかしくはないな。


「準備してすぐに向かいます」


「ああ、頼む」



 * * *



 ピンポーン。

 早速インターフォンを押して、俺はいつもの定型文を呟く。


「株式会社ブ……ブラックデストロイクリーナーのゴミヤ・志木しきと申します。ダンジョンクリーナー派遣の要請を請け、お伺いさせて頂きました」


 玄関の向こう側から、ドンドンドンという床を鳴らす足音が近づいてくる。やがて勢いよく開かれた一室から飛び出したのは、長い金髪の女性だった。


「もう嫌ぁぁぁぁっっ——!!!!」


 まるで大空を羽ばたく鳥のように、両手を広げて宙を舞う彼女は、


「にょふっっ!!」


 勢いそのままに、顔から地面に着地した。

 絶対痛い。


「うぐぅぅ……」


「あの、大丈夫ですか」


「だ、大丈夫じゃないわよ……ホント何なの……なんであたしばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの……世の中腐ってるわよ……」


 今腐ってるのはあなたのご自宅の方なのだが。何だかすごーくめんどくさそうなので、さっさと終わらせて帰ろう。


「依頼を請けて来ました、ゴミヤです。ストリ・真緒様でお間違いなかったでしょうか」


「そうよ、あたしがストリよ……。何でもいいから早く部屋を何とかして……」


「では早速業務の方に……」


 むくりと身体を起こした女性。

 露わになったその顔を見た俺は、思わず仕事モードを解除した。


「”まおりぬ”……”まおりぬ”だよな……!」


「あ、あんた……なんであたしの配信者名を……?」


「やっぱり”まおりぬ”だ……! 本物だぁぁぁぁっっ!!!!」


 これ以上にないほどの興奮を覚えた俺は、叫んだ。叫び狂った。


 見間違うはずがない。

 この人は正真正銘、美を司るおっぱい神まおりぬ様だ!


「まさか、あたしのリスナー?」


「大大大大大ファンですよッ!」


「そ、そう。それは面白い偶然ね」


 配信画面でもヤバいが、現実の可愛さはもっとヤバい。

 その艶やかで良い匂いがしそうな金髪。まるでサファイアかと見間違うほどに美しいブルーの瞳。そして何よりも、世の男どもを虜にする素晴らしき巨——。


「……巨……えっ……?」


 脳裏に無数の『?』が浮かぶ。


「おっぱいが……ない……」


「おっぱい……? あんたいきなり何言ってんの……はっ!!」


 驚愕の表情を浮かべた彼女は、自分の胸部に手を当てた。


「パット入れるの忘れてたっ……!」


 そして、信じがたいことを口にしたのだ。


「急だったからつい……ああ、もう、ホント最悪ッ」


 彼女が見下ろしているそれは、まさに断崖絶壁だった。

 おそらくA……いや、これはもしかするとAAの可能性すらある。


「何だよ……最悪はこっちの台詞だよ……」


 ドロドロとした感情が、俺の中にあった愛と希望を侵食する。

 あの”まおりぬ”が。巨乳が一番の売りであるあの”まおりぬ”が。『貧乳には人権がない』と言い放ち、全世界の貧乳と貧乳好きを敵に回したあの”まおりぬ”が——。


「パットだったのかよ……」



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