ダンジョン貴族令嬢の秘密

@tea_kaijyu

第1話 異世界スキル取得

フワフワフヨフヨ、白いボールのような姿でモコちゃんが宙に浮かんでいる。

鳥じゃないの?風船みたい。


ポーン!ポンポン!


木の枝の上でポンポン跳ねている。遊んでるのかな。


カサッ


少し離れた茂みの方から音がした。

振り向くと、額から角が生えた兎が顔を覗かせていた。目が合ったと思った瞬間、角兎がバッと茂みから飛び出してきた。


ダーン!


身構える間もないまま、角兔が吹っ飛んだ。


ポーン!ポンポン!


角兎が消えた茂みの付近でモコちゃんがポンポンと飛び跳ねていた。


「ピ!」

(獲ったピ!)


「お、お疲れ‥‥」


ねぎらいの言葉を言うとパタパタとモコちゃんがこちらに向かって飛んできた。足にはガッチリと角兔を掴んでいる。

ポトリと、モコちゃんが私の足元に角兎をおいた。角兎はぐったりしていて動かない。


私は今、山の中の屋敷の裏の通用門のすぐ傍に立っていた。ギリギリ、結界の内側だ。

この位置なら、モンスターに襲われずに安全に森を観察できる。観察していて分かったのは、屋敷の周辺には、小動物に見える小さいモンスターがウロウロしていて

それが結構凶暴だと言うことだ。無闇に森の散歩なんてできない。まあ、モコちゃんが守ってくれそうではあるんだけど。


モコちゃんの話では、正門から出て麓の村に続く道は、比較的安全らしい。道なりにモンスター避けの結界石が埋め込まれているんだって。

だから、屋敷を出て麓の村に向かうことはできなくはなさそう。


身を屈めて角兎をじっと見つめた。触ってみて良いものか、ちょっと迷う。


「ピ?」

(食べないピ?)


「え?」

モコちゃんが、小首を傾げた。どうやら食料として狩ってきてくれたらしい。

「肉、肉だよなぁ。でも‥‥、捌いたことないんだよね‥‥。」


都会っ子には結構ハードだ。だけど、ここはパック入りのお肉なんて売っていない世界なんだよね。


「えーい‥‥。ゴム手袋〜!」


ポン!

手の中にゴム手袋が出てきた。肉を食べるには自分で解体しないといけないのは仕方ないけど、素手で触るのはまだ抵抗があるのでゴム手袋をはめて解体作業をすることにした。

ゴム手袋を嵌めた手で角兎の首あたりを掴んで、ずるずると屋敷の裏庭に引きずって行った。


「さ、最初は血抜き、だよね。あ、ナイフ持ってこないと。」

一旦、角兎を裏庭に放置して、倉庫部屋に駆け込んだ。倉庫部屋の隅の方に、狩猟道具みたいなものがまとめて置いてあったのだ。

弓矢や短剣、ナイフなんかがあった。多分、使用人達は裏庭から狩りに出たりしていたのじゃないかと思う。ナイフを手にした。ずしりと重い。手にしてみると思ったより大きく感じる。



「‥‥‥。」


前世で野兎を捌いて調理をするという動画を見たことがあった。

その動画には血抜きの様子はなかったけれど、おそらくどこからか仕入れた時点で血抜きはしていたはず。


そこから、まず皮を剥ぐために、四肢と頭を切り落とすのだ。


「‥‥‥。」


涙目である。足を切り落とすというだけでなく、頭まで‥‥。マジ、やらなきゃダメ?

取り敢えず、血抜きしなきゃ。角兎の首にナイフを刺して、逆さにして血抜きをする。後ろ足をロープで縛って、木に引っかけておこう。


「ピ!?」

(ブラブラ?)


「いや、遊んでるんじゃないからね。突いたりしないでね。モコちゃん。」


吊るしている角兎を興味深げに覗き込んでいるモコちゃんに注意する。血抜きしている間にまな板だとか包丁だとかを持ってきた。本当は厨房でやった方が良いんだろうけれど、

厨房の床が血まみれになったりしても嫌だから、庭で解体でやってしまうことにした。


「えーい!」


ヤケクソで勢いよく角兔の四肢と頭を切り落とした。動画で見た野兎より二回りくらいは大きいんですが。角の処理の仕方はわからないんですが。

切ったところから皮を剥いでいく。お腹を押すと、内臓の中の色々が出ちゃうらしいから気をつけながら皮を剥ぐ。まだちょっと暖かいのが、微妙なんだけど気にしてはいられない。

皮を剥いだら、ハサミでお腹の方から皮を切っていって、まずは腸を取り出す。どれが大腸か小腸かわからん。続いて肝臓。レバーだね。

そして、心臓。血が沢山出てきたので、血をバケツに移す。フランス料理のシェフとかだったら、血も料理に使いそうだけど、使い方がわからない。

とにかく、今日のところはお肉が調理できたら上出来だと思っている。


「あれ?」

心臓に妙に硬い部分があると思ったら、ポワンと発光し出した。


気になってこじ開けてみたら、ゴツゴツした原石みたいなものが出てきた。


ーーーースキル・突撃を得ました。

ーーーースキル・ジャンプを得ました。


「ほえ?」


原石みたいなものを手のひらに乗せた途端、頭の中に何かが響いた。びっくりしているうちに、シューっと原石の光が弱まっていって光が消えてしまった。


「これって、もしかして魔石ってやつ?」

「ピ!」

(そうピ!)

「えー?魔石って触るとスキルが得られるんだ?」

「ピ。」

(知らないピ。)

「え?モコちゃんでも知らないの?沢山モンスターを倒していそうなのに。」

「ピ!」

(沢山倒したピ!)

「でも魔石に触ったりしたことはないってこと?」

「ピ!」

(知らないピ。)

「そっかぁ〜。」


もしかしたら、モンスター同士だとスキルは得られないとかあるのかな。それとも、必ずスキルを得られるってわけじゃないのかも。当たりハズレがあるとかね。

検証してみたいけど‥‥。その度に解体しないとダメなのか‥‥。


「‥‥ジャンプ!」


ぴょい〜ん!


ジャンプしてみたら、普段よりずっと高くジャンプできた。何か補助の力が効いたみたいに感じた。電動アシスト自転車とかに乗っている時にアシストが効いたみたいな感じ。


「おおお〜!」

「ピ!」

モコちゃんが一緒に飛び上がる。


「ジャンプ!」

「ピ!」

「ジャンプ!」

「ピ!」


しばらく、モコちゃんと一緒にピョンピョンと庭で跳ねた。どうやら頭に響いてきた「スキルを得た。」というメッセージは本当だったらしい。


「えーと、突撃!」


シュバっとダッシュで庭の端まで一気に移動をした。

「ピ!」

ポーンとボールのようになってモコちゃんが一緒に飛んでくる。


「突撃!」

「ピ!」

「突撃!」

「ピ!」

「‥・ゼエゼエ‥‥。」


何回かやったらすぐに息が上がってしまった。膝に手をついて、肩で息をしていたら頭の上にモコちゃんが乗ってきた。


「ピ?」

「‥‥うん。スキルって、体力が一緒につく訳じゃないんだね。‥‥そりゃそうか。‥‥うぇ‥‥。」


急に激しい運動をしたから気持ちが悪くなってきてしまった。体力ないなぁ。そりゃそうか‥‥。


「‥‥い、椅子ぅ。」

庭に座り込もうかと思ったけど、服が汚れてしまうと洗濯が、とかいう考えが頭をよぎって、咄嗟に椅子を取り出した。

庭だというのに、デスクチェアが出てきた。くるくる回るやつですよ。

クッションが効いていて座り心地は良いんだけどね。


「はぁ‥‥。ちょっと休憩‥‥。水〜!」


ポンとペットボトルの水が出てきた。それとお皿を出して、モコちゃんにも水をあげる。


「ピ!」

モコちゃんが嬉しそうにお皿からお水を飲んでいるのを眺めながら、私はペットボトルに口をつけて水を喉に流し込んだ。


視界の先には庭の中心で解体の途中のままの角兎が転がっているのが見えた。解体途中だったのに、スキルを得たことでテンションが上がって遊んでしまった。

ちょっと反省。

呼吸が落ち着いてきて汗も引いたら、解体の続きをやった。

骨に沿って肉を切り出して行く。


「角兎のお肉って、兎肉だと思えば良いのかな。兎肉とか食べたことないけど。鶏肉みたいな感じなのかな。シチューとかにしてみようか‥。」


どんな料理を作ろうか考えながらお肉を切り出していった。全部のお肉を切り出した時に、また頭の中に声が響いた。


ーーーースキル・解体を得ました。


「お?」


またスキルを得たらしい。魔石に触った訳じゃないのに?

解体頑張ったからかな。この世界ってスキルが簡単に得られるみたい。

10歳になる今まで、スキルを得たことはなかったんだけどね。


そういえば、10歳の誕生日を迎えたら、教会で「技能拝受の儀」というのをやるって聞いたことがある。

母が馬車の事故にあったのは、私の「技能拝受の儀」の話を伯父のところにしにいく途中だった。

母が事故で怪我をしてしまい、治療を受けている間に私の誕生日が過ぎてしまった。そして治療の甲斐なく母は亡くなってしまって、葬儀だとかで慌ただしい状況だったから

まだ「技能拝受の儀」というのをやっていない状況だ。


もしかしたら、この世界では10歳になるとスキルを得られるようになるのかもしれない。教会でやっているのはそれを儀式化したものなんじゃないだろうか。

急にスキルとか得るとびっくりするからね。儀式をしてたら、「ああ、あれか。」って安心しそう。


「解体‥‥。次回、もっと楽にできるのかな‥‥。」


いくらスキルを得たからと言っても、解体は今日はもうやる気にはなれなかった。もう一体解体したとしたら、料理をする気力が完全に亡くなっちゃいそうだ。


「モコちゃん、シチュー好き?」

「ピ?」

(それ何ピ?パンっピ?)

「シチューは、パンじゃないよ。でも、パンには合うけどね。」

「ピ!」

(パンに合うなら好きピ!)


モコちゃんが嬉しそうに、笛の音のような高い声で鳴いた。モコちゃんは、パンが大好きらしい。

最初に森の中でモコちゃんにあった時、たまたま私が焼きたてパンを持っていたからモコちゃんを餌付けできたんだった。

もし、パンを持ってなかったら、モコちゃんをテイムできなかったんだよね。


「あ、パンも焼かないとね。」

「ピ!」

(パンッピ!)


ポンポンとモコちゃんが跳ねた。嬉しそう。


先にパンをこねてしまって、一次発行させている間に角兎の肉を使ったシチューを作る。

玉ねぎは倉庫部屋にあったものを利用する。肉を切り分けて、お鍋で焼く。焼き色がついてきたら玉ねぎを加えて、更に炒める。


「シチューの素〜!」


ポン!


紙の箱に入った、ホワイトシチューの素が出てきた。買い置きがあったかちょっと心配だったんだけど、ちゃんと出てきてほっとした。

人参も加えて更に炒めた後に、水を加えて煮込む。

煮込んでいる間に、一時発酵をしたパン生地を、ガス抜きして丸めて、寝かしておく。

カセットガスコンロは一つしかないので、一旦、シチューの鍋を火からおろして、パンを焼いてしまう。

パンを焼き終えてから再びシチュー鍋を火にかけて、煮立ってからシチューの素を加えた。


出来あがったシチューとパンを厨房のテーブルの所に運び込もうかと思ったけれど、天気も良いので、庭で食べることにした。


「ピ!ピ!」

(パンっピ!パンッピ!)


モコちゃんは、すごい勢いでパンを啄んでいた。パン好きだねぇ。


裏庭にテーブルを出して、ちょっとアウトドアっぽく食事を摂りながら、屋敷の柵の向こうの森に目をやった。

少し離れた木の枝の上にリスもどきの姿が見えた。先日のリスもどきと同じかどうかはわからないけど。

何も知らなかったら、「リスかわいい!」とか思っていたかもしれない。


でも、すごい形相で襲い掛かられた記憶も新しいので、「かわいい。」とは思えない。

モンスターだしね。

あ、モンスターでもモコちゃんはかわいいけどね。

問題は、森にモンスターがいて危険だから、外に出られないということだ。

一応、モコちゃんが守ってくれるって言ってくれたけど。モコちゃんが強くても、モンスターが一度に複数出てきたらどうなるかわからないよね。


私は、全然戦えないし‥‥。」


ふと、先ほど得たスキルのことを考えた。

戦闘系のスキルが得られたら、森の中で身を守ることができるんじゃないだろうか。

まだ、「突撃」と「ジャンプ」だけだと、戦闘には向かないよね。


でも、角兎の魔石みたいに、他のモンスターの魔石からスキルが得られるなら、自分自身の戦闘力をアップできるかもしれない。


「‥‥モコちゃん。また今度、狩りを頼んで良いかな。」

「ピ!ピ!」

(行くピ!行くぴ!)

「今じゃないよ〜。」


翌日、モコちゃんがリスもどきやら、蛇のモンスターやらを狩ってきてくれた。モコちゃんが蛇をぶらぶらと運び込んできた時には悲鳴をあげたよ。

でも、「スキルが得られるかも。」という考えがよぎったので頑張って解体した。


ーーーースキル・解体がレベルアップしました。


蛇を解体し終えたところで、声が響いてきた。


スキルはどうやらレベルアップをするらしい。レベルアップした後に、リスもどきを解体したら、あっという間に解体できた。

リスもどきを解体するのは初めてだったけど、角兎と同じようにやれば良いと思った。そして、解体を始めたら、いつの間に解体をし終わっていた。

リスもどきに手を触れた時、どうやって解体をしたら良いかが頭に浮かんできた。そして気がついたら解体作業が完了していた。


蛇のモンスターと、リスもどきからも魔石を手にいれることができた。


蛇のモンスターからのスキルは、「隠密」。リスもどきからのスキルは「備蓄」。

「スキル・備蓄」ってなんだろうと思ったらアイテムボックスみたいやつだった。私が前世の所持品を出したり隠したりできるのも似たようなスキルだけど、

それとは別の空間に物をしまうことができるようだ。

亜空間遺体なところに手を入れるとなにが入っているかもわかるようになる。

ただ、入れられる容量が狭い。今の所スーツケース一個分くらい。このスキルもレベルアップできるなら、もっと容量が大きくなっていくかもしれない。



「隠密」は、気配を消すとかのスキルらしい。「らしい」と言うのは、自分ではよくわからないからだ。

どこかに隠れたって、自分の居場所は自分でわかるもんね。


翌日は、火蜥蜴というモンスターから、「火魔法」のスキルを得た。


火魔法ですよ。火魔法。ファイヤーボールできるかな、


ようやく、攻撃魔法を手にいれることができた。でも、取得したスキルも最初のうちはレベルが低いだろうから、安心してはいけないよね。


裏庭で試してみようかと思ったけど、万が一山火事にでもなったら大変だから、やめておいた。

せめて、川とかが、水が沢山ある場所じゃないとね。


「そうか。もし、水魔法を得たら、水魔法が上達してから火魔法を試すのも良いかもしれないね。」

「ピ!」

(水魔法ピ?)


私がつぶやいたら、モコちゃんが反応して、凄い勢いでどこかにすっ飛んで行ってしまった。まさか、と思ってたらしばらくして何かでかい魚を掴んで戻ってきた。


「わーい!お魚だー!‥‥って‥‥これって、モンスターだよね?」


パッと見、鮭に角を生やして凶悪にしたみたいな感じだ。魚って、モンスター出なくても角が生えたようなのがいそうだけど、今の流れだといわゆる魔魚の類なんじゃないかと思う。

早速、捌いてみたら、思った通り水色の魔石が出てきた。


ーーーースキル・水魔法を得ました。

ーーーースキル・解体がレベルアップしました。


水魔法を得た上に解体がレベルアップした。多分、魚類を初めて解体したからだと思う。モコちゃんは得意げな顔をしていた。

お礼に、魚に塩を振ってローストしたものをあげたら、嬉しそうに食べていた。


「う、ウォーターボー!」


ピュッ


ちょっと気恥ずかしくなりながら、技名を叫んでみたら、ちょろっとショボい水鉄砲みたいに水が飛んだ。ああ、こんな感じなのね。


「これ、上達したら攻撃魔法になるのかな‥‥。」

「ピ!」

(ビュンビュンッピ!)


モコちゃん曰く、この魔魚は口からすごい勢いの水鉄砲を放って、鳥を攻撃しているらしい。恐ろしい。


「あれ、魚系がいるってことは、川が近くにあるの?」

「ピ!」

(あるピ!)

「水を汲みに行きたいな。‥‥でも、まだ攻撃魔法もできないし危険だよね。」


水瓶に溜めてあった水はまだ半分くらい残っているけれど、いつか尽きてしまう。


「水出ろ〜。」

チョロリ


指先からチョロチョロと水が出てきた。急須の最後の方みたいな感じだ。頑張れば、生活水くらい確保できるかな。

モコちゃんに護衛してもらって川に水を汲みに行こうかとも考えたけれど、とりあえずは水魔法で水を出してみることにした。


チョロチョロ‥‥


ーーーースキル・水魔法のレベルがアップしました。


ジョロジョロ‥‥


ーーーースキル・水魔法のレベルがアップしました。


バシャバシャバシャ


ーーーースキル・水魔法のレベルがアップしました。


水魔法を使って水瓶に水を注ぐ作業をずっと続けていたら、水魔法のレベルがアップして、一度に出せる水の量が増えていった。しかし、一段階レベルアップするのにはかなりの時間がかかった。

魔力を消耗するのか、途中でぐったりして、しばらく休憩してからまた再開というのを繰り返した。

おかげで、屋敷にあった水瓶は全て水で一杯になった。


そして、お風呂も。


「ファイヤ!」


水がたっぷり出せるようになったので、思い切って火魔法も使ってみることにした。盥に水を溜めてから、水面に向かって、火魔法を打ち込んだ。


ボッ


掌から火が出たと思ったらすぐに消えてしまった。


ボッ


ボッ


「ダメだ。すぐ消えちゃう。普通にお湯を沸かしたほうが良いかな。」


水に火をかざしたところで、温まる物じゃないようだ。カセットガスコンロでも、焚き火でもお湯を沸かしたほうが確実だとは思う。


「でも、水魔法と火魔法があるのなら、お湯は出せそうな気がするんだよね。」


諦めきれずに、水のなかに手を突っ込んだ。魔法はイメージだって、何かのラノベで読んだ気がする。

そう考えるとイメージが不足していたように思う。給湯器をイメージする。


ボコボコボコ


急に熱いお湯が出てきた。火傷するといけないので、お風呂のお湯の温度のイメージを追加した。

まるで人間湯沸かし器みたいになったみたいだ。

すぐカッとする人みたいな表現だけど。

それでも温かいお湯に手を浸けていると気持ち良い。

無事に盥のお水がお風呂くらいの温度になった。火魔法が危険かもしれないからと、裏庭で展開したのだけど、このまま入るかどうか迷う。


「誰もいないとはいえ、ね。」


いつ使用人が戻ってくるかもわからないのだ。使用人達が戻ってきた時に、私が素っ裸で裏庭でお湯に浸かっていたりしたらさすがに気まずいだろう。


「び、備蓄!」


アイテムボックスに盥を入れて運べないかなと思って、「備蓄」を唱えてみたら、盥の中のお湯が消えた。空っぽの盥が残っている。


「う、盥はサイズ的には要らなかったってこと?でも中のお湯が入るなら容積的には入りそうなのに‥‥。」


ちょっと納得いかない気持ちで、空っぽの盥を見つめた。


「うーん‥『隠せ』」


シュッ


諦めきれず、前世のものを出し入れする方の呪文を言ってみたらあっさりと盥が消えた。

最初からこっちを使えばよかったのか?


とりあえず無事に、部屋まで盥とお湯を運ぶことができたので、久々の入浴を楽しんだ。


入浴した後のお湯はどうしようかと思ったけど、水魔法で出した水だからなのか、消すことも出来てしまった。凄くない?


お風呂の入ったのは本当に久しぶりだった。お風呂といっても湯浴みなんだけどね。

さっぱりとしたので着替えて、母の部屋に行った。

母の部屋にはまだ、母のベッドや小物、服などがそのまま置いてあった。この世界には写真とかはないらしくて、小さい肖像画があるだけだ。その肖像画も若い頃に画家に依頼したものみたいで

絵の中の母は、若い。


「‥‥お母様。」


日本式に手を合わせる。


「‥‥私、なんとか元気にやっているからね。」


肖像画に話しかけて、絵の中の母の姿をしばらく見つめた。


「‥‥隠せ。」


シュッと、目の前から肖像画が消える。謎機能に収納したのだ。

野盗に襲撃されて、色々無事だったのは奇跡的だ。屋敷に火を放たれたって不思議じゃない。

もしも、次に襲撃されたらと考えて、大事なものは隠しておくことにしたのだ。


母の肖像画と、母のドレス。そして宝石‥‥。


「あれ?」


ドレッサーの脇に置いてあった宝石箱を開けてみたら中が空っぽだった。ここには母の宝石が入っているはずだった。

母が外出する際に身支度をする様子を見ていたから、知っている。


野盗に取られた?

それにしては部屋が荒れされていない。


屋敷を開けるから、用心のために使用人が持っていったのかもしれない。


「‥‥そうなると‥‥『ダンジョンの雫』は‥‥。」


母が所有していた宝石の中には「ダンジョンの雫」と呼ばれる宝石があった。これは、母が祖母から受け継いだものだ。

サファイヤのような鮮やかな青い石で、この石を所有しているとダンジョンに恵まれるとか、なんとか。

ダンジョンに恵まれるってなんだろうとは思うけれど、ダンジョンを保有することを評価されるこの国では重要なものらしい。


ダンジョンを複数保有する、いわゆる「ダンジョン貴族」である父が母と結婚した理由の一つが、母がこの「ダンジョンの雫」の保有者だったこともあるのだそうだ。


「ダンジョンの雫」は保有者というのが決まっているそうで、宝石を手にしたからといって「保有者」にはなれないのだそうだ。


祖母から「ダンジョンの雫」を受け継いだ母も「保有者」になったのは祖母が他界してからだ。


だからか、母の葬儀の時に、葬儀にやってきた父に「ダンジョンの雫」はどうしたって聞かれた。

私が引き継いだと思ったのかもしれない。でも私は母から渡されてはいなかったし、保管場所も知らされていなかった。


多分、ドレッサー脇に無造作にしまってたとは思えないのだけど。


使用人達が宝石を保管する為に持ち出したとしたら、「ダンジョンの雫」も持っていったのだろうか。

それは聞いてみないとわからないな。


「『ダンジョンの雫』がもしもここにあったら、それも隠しておくんだけど。」


シュッ


つぶやいた途端、何かが謎機能に入った気がした。もしかしてと思って、念じてみた。


「ダンジョンの雫〜!」


ポン


手の中に、大きな青い宝石のついたペンダントが乗った。


「おお‥‥。」


以前、母に見せてもらったことがあるダンジョンの雫だ。部屋のどこかに隠してあったのか‥‥。


「正確な隠し場所がわからないのに、取り出し出来てしまうとは‥‥。謎機能、恐るべし‥‥。」


ちょっと呆然として立ち尽くしていたら、階下が騒がしくなってきたのが聞こえた。


「ピ!」

(誰かきたピ!)


モコちゃんがパタパタと飛んできて、私の肩の上に乗ってきた。


恐る恐る部屋を出て、階下を覗いてみると、見覚えがある人が見えた。


「ライル?」

「え?あ!お嬢様!?」


玄関ホールに居たのは執事のライルだった。ライルは私の姿を見つけて、階段を駆け上がってきた。P


「シャーロットお嬢様!ご無事だったのですね!」


階段を駆け上がってきて、私の前に立ったライルはほっと、深い息を吐いた。


「森の中にお逃げになったのかと‥‥。」

「うん‥‥。隠れていたの‥‥。」


屋敷に野盗が襲撃してきた時、ライルは私に、森に逃げろって言っていたんだよね。だから、私が森の中に逃げて行方不明になったと思っていたらしい。

屋敷にいた護衛騎士達がなんとか、野盗を撃退した後、私の姿が見えないので、いったん戸締りをして伯父の家に報告に行ったのだそうだ。


使用人の何人かは野盗に怪我を負わされていたので、治療も必要で全員屋敷から出ていたという。


「てっきり、森でモンスターに襲われてしまったのかと‥‥。どうやって過ごさされていたのですか?」


ライルが呟くように言った。

‥‥森に逃げろと言ったのはライルだよね‥‥。


「うん。秘密。」


なんとなくライルが信用できなくなって、詳しいことは話さなかった。

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