お母さん、ありがとう

 満月の夜。

 ボクは六条家の借家から離れた場所にある、空き地にやってきた。

 人通りは少なく、中にポツンとあるベンチに腰掛け、お母さんと空を見上げる。


 今後の事を話すためだ。


「全く、もう! どうして、あんな子に!」


 お母さんは、やはり怒っていた。

 隣に座っていたけど、お母さんに抱えられ、膝に乗せられる。

 力強く後ろから抱きしめられ、ボクはドキドキとした。


 たぶん、お母さんの心臓と繋がっているから、同じくドキドキしてしまうのだ。


「お母さん」

「……なによ」

「ありがとう」


 答える代わりに、肩に顔を埋められた。


「また、同じことを言うようだけど。ボク、強くなるよ」

「……ワタクシのできる事がなくなるわ」

「ううん。もう、十分お世話をしてもらったから」


 自分の心臓に意識を向けると、お母さんの感情が伝わってくる。

 今は、何を言われるかドキドキしているのだ。

 怖いのだろう。


「お母さんは、ボクにとって、どこまでもお母さんだよ」

「……そう」

「でも、昔から、……お母さんのことは、どこか女性として意識してたのも、事実で」


 う、心臓が飛び跳ねた。


 考えてみれば、世間から見て、ボクらの関係は異常だ。

 御堂は、母であり、ボクの奥さん。


 女性からほど遠い関係柄でありながら、一人の女性である。

 その人と親子関係でありながら、夫婦。


 言葉にしてみると、常に矛盾した状態にあった。

 世間からすれば、許される関係ではない。


 どのみち、ボクにとっては大事な人であることに変わりなかった。


「もうちょっと、待ってくれないかな。ボクが働けるようになれば……」

「な、なれば?」

「お母さんと、……一緒に暮らす事だって、できると思う」

「ハル君!」


 首筋を抱きしめられ、頭に頬ずりをされる。

 お母さんの喜びの感情が伝わってきた。


「お母さん。今まで、ごめんね」

「……いいの」

「これからは、ボクが守るから」


 見上げると、母としてボクを抱きしめながら、女の表情を浮かべるお母さんがいた。


 他人からは、理解しがたい関係だ。

 世間の事を意識すれば。ボクは気持ち悪い魔女の仲間入り。

 でも、初めから世間なんて介入する余地がない。


 これは、ボクが向き合って出した自分の答えだ。


 一生、母を守る。

 母と共に生きる。


 成長すれば、母を女として見る日が来るのかもしれない。


「時々、弱音を漏らすときがあると思う」


 座る位置を直して、ボクはお母さんと向き合った。


「落ち込む時や辛い時もたくさんあると思う。でも、もう助けないでほしい」

「……ハル君」

「ボクは覚悟を決めたんだ。強くなるって。……絶対負けないから。お母さんには見ていてほしい」


 お母さんの口元が緩む。


「惚れ直しちゃうじゃない……」


 口を噤み、また抱きしめられる。

 あんなに高圧的に見えたお母さんは、話してみると、こんなに弱弱しい。我慢していたのが分かる。


 もう、二度と残酷な顔をさせないために。

 呪いは自分の中で殺さなくちゃいけない。


『この世はね。呪いに溢れてる』


 昼間、カナエさんに言われたことだ。


『抱えた悪感情を口に出せば、争いが生まれるでしょう? これもまた、簡単な呪術よ。一人なら、まだ収まりがつく。でも、十人。百人。千人と、数が増えれば呪いは膨らむ。その結果、この世は残酷で溢れ返る』


 呪いは身近な場所にある。

 それは、ボクを含めた、みんなの中にある。

 これが表に出た時に、初めて呪いとして成立する。


『呪いに溢れた世界で生きる、というのは並大抵のことではないわよ。でもね。呪いは殺せる』


 ボクはお母さんの頭を抱きしめた。

 素直な感情を抱き、を全部捨てる。


『お母さんの良い所。好きな所。そこだけを信じなさい。バカでいいの。バカになって、ずっと良い所を信じなさい。それ以外は、取るに足らないことよ』


 悪いところに意識を向ければ、自分の中に呪いが生まれる。

 そして、嫌悪感や怒りのあまり、無意識の内に呪いを口にしてしまう。

 これが、お母さんを苦しめてしまうのだ。


 だから、バカでいい。

 余計な事は全部捨てて、お母さんに対する愛情一色で、ボクは向き合うことにした。


「お母さん……」

「ん、なあに?」

「御堂って、……お菓子の名前かな」


 昔話をした。

 御堂屋、というせんべいのお菓子がある。

 お母さんが好きで、それを一緒に食べた思い出だ。


「……うん」

「また、一緒に食べたい」

「うん」


 呪いなんかいらない。

 過去にした悪い事で、許されようとも思わない。


 でも、一人の人間として、ボクは一生懸命生きるだけだ。

 誰かを好きだっていう、感情だけでいい。


 今度は、ボクからお母さんをきつく抱きしめた。

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魔女がウズウズしている 烏目 ヒツキ @hitsuki333

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