許さない

 食堂から出たボクは、サオリさんに言われて玄関先にも酒を撒き、塩を撒いた。


 どうして、酒を撒くのか聞くと、こんな風に言われた。


「お酒ってのは、原材料が米でしょう。米には神が宿る。神が撒かれた場所は、神聖な領域になるの。止めに塩を撒けば、その場は浄化される」


 塩を四隅に置くのは知ってるけど、サオリさんから聞いた方法は、それ以上に徹底したお清めだった。


 サオリさんは、気だるげに着ていた上着を脱ぐ。

 虫食いをされたように、上着はボロボロ。

 中に着ていた衣服も穴だらけで、へそや脇の下が見えている。


「ちょっと。サオリ。はしたないわよ」

「こんだけいれば、物が腐るよ!」


 履いていたジーンズまで穴だらけ。

 太ももやふくらはぎ。あと、下着まで見切れている。

 あの黒い体液は、呪いの効果があるのかもしれない。

 刀身が腐ると言っていた意味が、ようやく理解できた。


 何年も時間が経過したかのように、物の状態がズタボロになっていくのだ。


「お母さん感心しないわ」

「仕方ないじゃん。荷物だって、部屋に置きっぱなしだし。どこにあるのよ」

「荷物は後でいいけれどね。サオリ。……ほら」


 カナエさんは、自動ドアの向こうを指す。

 ドアの向こうには、御堂が立っていた。


「……お母さん……」


 自然と、口から言葉が漏れた。

 御堂はボクを見て悲しげに目を伏せた後、ジロリと隣に立つサオリさんを睨んでいる。


『許さないから』


 空間に御堂の声がこだまする。

 カナエさんは御堂から視線を外すと、サオリさんの方を見た。


「ウチの娘が……申し訳ないわ……」

「どっちの味方なの」

「もちろん、サオリよ。でも、この格好は、……ねえ」


 カナエさんが上着を脱ごうとするけど、サオリさんが手で制した。


「五十鈴を外した途端に殺されるでしょ」


 五十鈴いすずとは、たぶんカナエさんが肩に掛けている黒い板のことだ。内側に鈴がついていたけど、浄化か何かの効果があるのだろう。


 御堂はしばらくの間、サオリさんを睨んでいた。

 だけど、姿が半透明になり、徐々に消えていく。


 カナエさんは、敵対心剥き出しのサオリさんとは違い、むしろ御堂に情すら抱いているように見える。


「早くココアを捜しましょう」

「母さんはここにいて。食堂は浄化したから。いざとなったら、そっちに逃げて」

「ええ。分かったわ」


 サオリさんは踵を返し、エレベーターのある方に向く。

 ふと、何かを思いついたのか、カウンターの方に歩み寄った。


「よ、っと」


 カウンターを乗り越え、壁に設置された棚を開いた。


「また泥棒して」

「マスターキーを探してるだけだってば!」


 声を荒げると、カナエさんは頬を膨らませて娘の後ろ姿を見ていた。

 鍵を手に取ると、再びカウンターを乗り越えて戻ってきた。


 指でくるくると鍵を回し、サオリさんが向かったのはエレベーター。

 ボタンを押すと、ボクに向かって指を折り曲げた。


「ほら。早くきて。ハルト君がいたら、母さんが巻き添え食らうわ」

「あ、はい」


 状況に巻き込まれる、という意味ではないだろう。

 直接的に怪異や呪いをぶつけられかねないので、ボクが同行しないと注意を逸らせないのだ。


 何だか、独り立ちすると決めた途端、ボクは自分の足が重く感じた。

 重いけど、動かせる。

 御堂に対して、特別な感情だって持っている。


 自分で動かなきゃいけないんだ。


「ココアさん大丈夫ですかね」

「あいつは平気よ。わたしより呪いに耐性あるから」


 下りてきたエレベーターに乗ると、また声が聞こえた。


『許さない』


 声が空間に反響していた。


『……お前だけは……殺してやる……』

「上等よ」


 サオリさんが一周すると、エレベーターの扉が閉まった。

 元は向こうの人だって知ることができたけど。

 それが関係あるかは分からないが、間違いなくサオリさんは勝気な人だった。

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