第23話

          一章


      マリちゃんとただいま


          その⑥


 「なあマリさんや」


 「なんですか、太助さん?」


 「目の前のこのお屋敷は何ですかな?」


 「ごく一般的な住宅のわたしの実家ですよ?」

 

 俺の家の倍はあるだろう、大きくてオシャレなモダンハウス。


 「ほほう、一般的…はは…そう言えばご近所さんもご立派な一般住宅ですな。いやぁ繁華街が一望出来て素敵な眺望で羨ましい限りだなぁ。」


中央区の繁華街のすこし北の高台にあるオシャレな家が建ち並ぶ住宅街。マリの家はその中でも特に眺望の良い端っこに陣取っていた。


 「あ、分かります?わたしもお気に入りなんですよ!

わたしのお部屋からなら中央区とその向こうに海も見えてキラキラして素敵なんです。夜は星空の下に街の明かりが映えて地上の星って感じでついぼ〜っと見惚れちゃったりしてました。お父さんがわたしの為にって中学生になった時建ててくれたんです。凄く感謝してます。」


 弐狼が変なポーズで駅前で見たラッパーを真似て


 「感謝の気持ちはラップで伝えね〜とYO!俺んちも海が遠くまで見えてウルフハートのヴァイブスがアガりまくりだZE!兄ちゃん弟養ってくれてマジ感謝!」


 「ラップ、ですか?う〜んわたしアレちょっと苦手なんです。良い音が出せなくて…指パッチンも全然出来ないし。ベテランの幽霊ひとはパシッとかピシッって良い音出せて羨ましいです。わたしがやると何故か「みょ〜ん」って感じになっちゃうんですよ」


 「止めとけ日本ラッパー協会からクレームがくるから!弐狼、オマエ一匹狼とか言ってるけど大概飼いならされてるだろ。弟のサブローがちっとも片付け覚えないって愚痴ってたぞ。こないだチワワとポメラニアンに囲まれてギャンギャン吠えられて泣きそうになってたよな?」


 「アイツラ卑怯なんだよ!レトリバー…さんやシェパード…さんには尻尾振りやがる癖に!今じゃ駅前公園のワンワンカースト最下位だよチクショー!動物だけにな!サブのヤツは家事が趣味だから良いんだよ!」


 動物の世界のマウント合戦はえげつないから仕方無いが、駅前公園は昔から弐狼の遊び場の筈なのに新入りに占領されてんのかよ。野心が暴走してる妹の方なら何とかなりそうだけど、コイツの卑屈さを動物は見逃さないんだろうな。


 「良いか弐狼、いくらマリと仲良しだからって相手は初対面の大人なんだからな?マリのご両親に失礼が無い様にするんだぞ。」


 遠慮を知らない弐狼に念押しすると弐狼は俺の顔をマジマジと見てプッと笑い


 「マリちゃん聞いてくれよ。コイツ初めて俺んちに来た時さあ、せっかく家族みんな揃ったから会わせてやったのにガチガチで変な敬語使って挙げ句の果てに噛んでやんの!遠慮なんかいらねーって言ってるのによぉ。まぁ笑いは取れたけどよ。なあ、太助君?今日は失敗すんなよ!」


 「オマエはいつの話をしているんだ?アレから数年、俺ももう立派な大人だ。あの頃の俺達は若かった。

俺はオマエと違って学習するからな。失敗は成功の母って言うし。」


 俺は緊張しながらマリハウスのインターホンを押してみる。シーンと静まり返る閑静な住宅街。返事が無い。ただのしかばねのようだ。


 「あの世〜じゃね〜や、アレじゃね?ゴールデンウイークなんだしお出かけだろ。旅行かもよ?」


 弐狼の癖にマトモな事を!


 「そう言えばお母さん温泉が大好きでした。わたしも温泉まんじゅうとか真っ黒な卵とか御当地ソフトクリームとか大好きでゴールデンウイークなんかお父さんが車でよく温泉に連れて行ってくれて…美味しかったなぁ。じゅるり。」


 マリが幸せな記憶に涎を啜ると


 「そうね〜本当は旅行に行きたいわ〜。うちのお風呂もお庭が見えて素敵だけど、やっぱり温泉って違うのよねぇ。御当地の食材をふんだんに使ったお料理を湯上がりに戴くのがまたいいのよ〜。誰かさんが帰って来たらまた行きたいわ〜。じゅるり。」


 後ろに気配を感じてはっ、と振り返るとマリが分身していた。いや、ちょっと背が伸びて色気があって色んな所がマシマシになっている。めっちゃキレイな女の人だ。


 「マ、マリさん!イタズラはヤメてくれないか!?

そのままでも十分カワイイから!星羅さんに対抗して無理に盛らなくて良いから!」


 俺が分身マリにドキッとして慌てていると、本体がササッと俺の影に隠れる。アレ?分身はやけにハッキリしてるな。香水の香りがフワッとして本体とはまた違った魅力が…するとマリが


 「お、お母さんです…ど、どうしよう、まだ乙女ハートのアイドリングが…」


 なんだ実体だったのか、いきなりだな。それにしてもそっくりだ。


 「いや、もう遅いだろ。まず俺が話すから落ち着けよ。」


 目の前の美人さんにドキドキしながら俺は分身マリ

もといマリのお母さんに話しかける。


 「どちら様?」


 と、問いかけるマリ母に


 「あ、お、俺は善丸太助と言います。こっちは友人の守山弐狼です。こちら橘真莉さんのお宅で間違いありませんか?」


 「友人…?あ、この子人間だったの?カワイイワンちゃんだとばかり…ごめんなさい。ハイ、お手!」


 幸せそうに呆ける弐狼を優しくナデナデからのお手で一瞬で手懐け、マリ母が俺に向き直り


 「マリのお友達なの?残念だけどマリは2年前に亡くなって…」


 「あ、その…マリさんをお連れしました。ほら、

お母さんと話すんだろ?」


 影に隠れるマリの背中を優しく右手で押してやる。


 「お、お母さん、ただいま。…あの…ごめんなさい!勝手に死んじゃって!せっかく産んで育ててくれたのにわたし…うぅ…」


 マリのお母さんは最初はビックリした顔をしたものの、すぐにちょっと呆れた様な優しい微笑みを浮べて


 「やっと帰ってきたのね。おかえりなさいマリ。あんたしぶといから絶対いるのは分かってたわ。お供え物はすぐに無くなってるし現場はいつもキレイだし、そのうち出てくると思って何度も迎えに行ったのに…マリは食いしん坊だからそのうちなんとかして帰って来ると思ってたわ。随分遅かったから心配してたけどまさか男連れとはお母さん流石にビックリよ?モテる癖に男っ気が無いからリコールものの不具合が発生してるのかとヒヤヒヤしてたらイケメン捕まえてご帰還とはね。転んでもタダじゃ起きないトコは流石わたしの娘だわ。やるじゃない!」


 ビシッとサムズアップしながらウインクしてマリに微笑む。マリは感極まって


 「わ〜ん!お母さ〜ん!!会いたかったよぉ〜!!」


 とお母さんに抱きついてわんわんと泣き出した。


 ヘヘッと鼻を啜りながら弐狼が


 「良かったなあマリちゃん!まさか本当に会えるなんてよお。俺達頑張った甲斐があったなあ太助ぇ〜」


 他人ひとに集ってただけでオマエは何もしてねーだろ、と内心突っ込みながらもコイツのアホ面のお陰で気が楽でもあった訳でヤレヤレ大仕事が終わったと安堵した。と、思っているとマリハウスの前に一台の黒い車が停まっているのに気が付いた。アウディの

E−TRONか。EVは音が静かだから気が付かなかった。

運転席から四十代くらいのメガネの男の人が出て来てマリを凝視しながら


 「マリ…なのか?ほ、本当に?コレはまた夢じゃないのか?また抱きしめた所で消えたりしないのか…?

マリ!マリぃーーー!!!」


 必死の形相でマリに駆け寄ると思いっきり抱き着いた。


 「マリ!マリぃーーー!!!ああっ今日は消えたりしないんだな!お父さんだよマリ!夢なら夢でも良い!

やっと抱き締める事が出来た!!頼むからもう少しこのまま居させてくれぇ〜!マリぃーーー!!!」


 「お、お父さん苦しいよ…わたしはココにいるよ?

本物のわたしだから消えたりしないから…あんなに可愛がってくれたのに死んじゃってごめんなさい。

幽霊だけど親切な人のおかげで帰って来れたよ。」


 「マリぃーーー!!!もう離さないからな!これからはこの家でずっとお父さんと暮らそう!もう家から出なくて良い!外の世界は危険が一杯だからな!わたしも家から出ないぞ!仕事なんてリモートで何とでもなる。ウチの部下は優秀だからな、任せて置けば良いさ。仏壇に話しかけるわたしを可哀想な目で母さんに見つめられる日々も終わりだ!お前がわたしを裏切るなんてあり得ないからな!うん、うん!!」


 泣きじゃくりながらダダを捏ねる身なりの良いオジサンにマリのお母さんが


「ねぇお父さん?お仕事には行ってもらわないと。

あなた部長なんだからずっとリモートなんて出来ないわよ?マリが死んじゃった時も暫く引き込もっちゃって危うくクビになりかけたのに。あの時はわたしが社長さんに謝って説得出来たから良かったけど、ハゲのオジサンにねちっこい目で舐める様にじっとり見られるのはもう御免よ?」


 「お、お父さん!ほら太助さんと弐狼さんが見てるよ!?通行人の人やご近所さんも…取り敢えずお家に入ろうよ?わたしは逃げないから!」


 「嘘だッ!!離したら消えてしまうんだろう!?いつも触れた途端に消えるじゃないか!幽霊なんて空気みたいな物だろう!母さん!何か密閉出来る容器を持って来てくれ、早く!マリが消えてしまう!」


 「お父さん、落ち着いて?ご近所さんが「久しぶりね」って顔で見てるわよ?」


 「嫌だぁー!離さないぞ!離すもんかーーー!!!」


 「そう…仕方無いわね。じゃあ」


 そう言うとマリのお母さんは背中に手をやりどこからか鉄のフライパンを取り出すと、


 「久しぶりに〜、エイッ!!」


 ニコニコと躊躇無くマリのお父さんの脳天に振り下ろした。「ゴシャッ!」と鈍い音が静かな住宅街に響き渡る。


 「た、縦ぇ〜!?ヤベー音したぞ!オッサン完全に動かなくなったぞ!!」


 弐狼が自分がヤられた訳でも無いのに頭を抱えうずくまる。縦に振り下ろされた蓄熱性の良さそうな鉄のフライパンが脳天にクリティカルヒットしてお父さんは活動を停止した。お母さんはやっぱり笑いながら斬る人だった。そう言えばマリもニコニコしながら弐狼の急所をグリグリしてたし…。マリのお母さんはフライパンを背中に格納すると


 「お父さんダダ捏ね始めたら止まらないから。マリ、お父さんお願いね?わたし車をガレージに入れたら行くから。あ、太助君と弐狼君だったわね。ガレージ開けるから車を入れて良いわよ?真っ赤なスポーツカーって良いわよね〜。今度デートに連れてってくれるかしら?」

 

 年上の超美人のお姉さんからの突然のデートのお誘いに俺はドギマギしながら


 「は、ハイ、喜んで!じゃなくて!マリさんも久しぶりのご帰還で色々お話も有る事と思いますので、今日は俺達はこれで失礼します。家族水入らずを邪魔しちゃ悪いですし。落ち着いたらまたお電話下さい。連絡先はマリさんに伝えてますので。ホラ、弐狼も!」


 弐狼はク〜ンク〜ンと名残り惜しそうにマリのお母さんを見つめて


 「チッ、分かったよォ。お母さん!会いたくなったらすぐに呼んで下さい!貴方の弐狼がすぐに駆けつけます!」


 「そう?面白そうだから遊びたくなったら呼んじゃおうかしら。ああ、それからわたしは桃香とうかよ?この家じゃ「オバサン」は禁句よ。わたし泣いちゃうからね?」


 通行人や暇を持て余しているのか窓から面白そうに覗くご近所さんにペコペコと頭を下げ巻くっていたマリがはっ、とこちらに気付くと


 「えっ!?もう帰っちゃうんですか?せっかく魔王城じゃ無くて、お家にたどり着いたのに、私達のこれまでの長い旅は一体どうなるんですか?責めて謁見の間いえ、リビングでお茶くらい…」


 「いや、久しぶりなんだし家族で話さなきゃいけない事が一杯あるだろ?マリも自宅で落ち着きたいだろうし。一段落したら家に電話してくれよ。母さんも喜ぶから。」


 マリはフームと考え込むと


 「確かにそうですね。お父さんもこんなだし…今すぐじゃ美味しい御飯も用意出来ないですから。おもてなしの準備が出来たらすぐに連絡します!お料理には自信ありますからお腹空かせて来て下さい!待ってます!」


 俺と弐狼はマリとハイタッチを交わして


 「最後になっちゃって申し訳ないけど、太助君、弐狼君、マリがお世話になりました。届けてくれて本当に感謝してるわ。良いお友達が出来て良かったわね、マリ。わたしも貴方達の事気に入っちゃったわ、面白そうだから。また遊びにきてね〜❤」


 桃香さんが投げキッスをくれた。


 「じゃあ行くぞ弐狼。ほら、飯なら今日は奢ってやるからさっさと乗ってくれ。またすぐ会えるから。」


 渋る弐狼を助手席に座らせて、ニコニコと手を振る桃香さんとゾンビの様にグッタリしたお父さんの手を持ちお父さんの手と自分の手をブンブン振るマリに手を振り返して自分のMR2に乗り込んでエンジンをかけマリハウスを後にした。何故かご近所さんや通行人も手を振ってくれた。基本的にこの街の人達って面白い事好きで温かいんだよな。


 帰り道に弐狼のリクエストで濃厚味噌ラーメンの「気になりゃ喰って味噌!市場通り店」でマリにはちょっと聞かせられない男子トークに花を咲かせ弐狼を送って帰宅すると、ちょうど帰って来たお隣りの星羅さんと鉢合わせ涙目で猛抗議された。せっかく助け舟だしてやったのにと思いつつ


 「タダメシ食えてバイト代まで貰えたんだからラッキーじゃ無いですか。海岸通り店はオシャレだったでしょ?中央区の駅前店なんてコの字カウンターで昼時は戦場ですよ?あっ!そのキーホルダー、Sレアのランちゃん牛柄マイクロビキニバージョンじゃ無いですか!

オークションで一万円超えですよ。いやあ星羅さんは運が良くて羨ましいなぁ。」


 「ちっとも良くなぁ〜いっ!こ、この格好で呼び込みさせられたのよ!キモオタにバシャバシャ写真撮られて…ホラ!見なさいよ!どーしてくれんのよ!」


 スマホの写真を見るとランちゃんとお揃いの牛柄マイクロビキニ姿の星羅さんが顔を引き攣らせながらバッチリポーズを取っていた。嫌なら見せなきゃ良いのに。


 「太助兄ちゃ〜ん!ありがと〜!今日はめっちゃ楽しかったよ〜!ランボルギーニも速くて格好良くてサイコーだった!僕も社長になってランボルギーニ買うんだ!」


 キャッキャと抱きついて来る愛らしい輝良羅君を抱いて掲げる。子供らしくて夢があるなあ。輝良羅君なら人気者だし楽勝だろう。


 「いやあ今日は実に良い日だな!良い事をすると気分が清々しくなるなぁ!」


 ブツブツ言いながら背中を突付いて来る星羅さんと輝良羅君を連れて俺は自宅の玄関ドアを開けた。

取り敢えず親父と乾杯するか。星羅さんはまた潰れるまで母さんと飲ませとけば良い。輝良羅君とちょっとゲームして、と


 うん、家族って最高だな。


 


 


 



 


 

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ワインディングで幽霊少女を拾ったら凄くいい娘で俺の事がダイスキなのでお友達から始めてみた ムーンサルト リム @demikatsu

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