第13話

          一章


       マリちゃんとドライブ


          その⑥

 

       〝飯澤ごはんセンター〟


 この街のドライバーでその名を知らない者は居ない巨大ドライブイン。豊富なメニューを誇る大食堂にカラオケやゲームセンター、コインシャワー、コンビニ並の売店まで併設されるドライバーのオアシスだ。

 元々はトラックドライバーを当て込み高度成長期にオープンし、24時間年中無休を売りにその使い勝手の良さと広大な駐車場で県外にも多くのファンを持つ。

 北地区の南側を東西に貫く産業道路に有り、上り店と下り店に分かれ上りと下りを行き来する為の陸橋が産業道路を跨ぐ。


 俺は産業道路の上りを飯澤に向けて愛車を走らせる。会社やカーディーラーが多いこの辺りは夜は薄暗くコンビニの灯りが眩しく感じる。マリや弐狼とダベリながら流していると、後方からのパッシング。左にスッとハンドルを切り車線を開ける。3車線の一番右をハイビームのまま追い越し、一台のスポーツカーがかなりのスピードですっ飛んで行った。特徴的な丸いテールライト。


 「R32GT−Rか、かなりイジってるな。マフラーワンオフか?500馬力以上出てる感じだな。」


 「うひゃーめっちゃ速かったですね~。お腹が空いてるんですかね?」


 「アレは走り屋の習性だな。同類を発見すると実力を見せたがるんだよ。半澤に溜まってる奴だろうな。」


 「トイレじゃね?今頃ギリギリアウトで個室で泣いてケツ拭いてるぜ。パンツでも差し入れてやりゃ喜ぶぜ。」


 「弐狼さんはパンツがやっぱり大好きなんですね…でも頭に被ったりしないで下さいね?想像したら似合い過ぎてて怖いです。」


 「流石の俺もヤローのパンツはごめんだぜ!新しいのあげるからマリちゃんの履いてるやつ下取りさせてくれねーか?俺金ねーから物々交換で頼むわ」


 「絶対にヤです!頭に被って走り回る姿が目に浮かび上がります!わたしのパンツを晒し物にしないで下さい!」


 「マリのとじゃ等価交換にならねーだろ?オマエのを貰ったマリはどーすんだよ?被って踊るのか?聞いた事無い奇祭だな。」


 弐狼に憑依したマリがなんかキラキラした目を向けて来る。


 「ん?どした?飯なら好きなの頼んで良いぞ?」


 「太助さん、やっとわたしの名前呼んでくれました…お、お願いします!リピートして下さい。幸せゲージが爆上がりします!」


 あれ?そうだっけ、と思い出しちょっと反省する。

せっかく知り合いに成ったのに名前呼んで貰えないのは確かに寂しいよな。


 「飯澤に着いてキャストオフしてからな。弐狼バージョンは流石にキツいわ。」


 飯澤ごはんセンター産業道路上り店と書かれた看板が見え、不夜城の様な建物が姿を表す。

 「あなたのオアシスはこちらです」「トイレをどうぞ」「大型大歓迎」などと書かれた駐車場の入口から建物に近い空きスペースを探す。するとさっきのR32GT−Rが停まっていた。ガンメタリックのボディにゴールドのメッシュホイール。目を引くのは大口径のマフラー。出口は広いがサイレンサーは小さい。溝が少ないタイヤは角がかなり削れていた。俺はちょっとしたイタズラ心が湧いて意趣返しのつもりで隣に停める。


 助手席から出て来た弐狼の体から分離したマリが体を伸ばしのけ反り、「いっちにっ!さーんしー!」と準備運動をする。すーはー、と息を整え俺の前に立ち

キリッとして


 「ではお願いします!準備万端です。まずは軽く10回程で。それ以上は今のレベルではわたしの乙女ハートのキャパシティではオーバーヒートしてしまいます。さあ、どうぞ!」


 どうやら乙女ハートはフェラーリのエンジンよりデリケートらしい。俺はなるべく優しくコホン、と喉を整えて


 「マリ」

 「ハイ!」

 「マリさん」

 「ハイ!」

 「マリちゃん」

 「ハイ!」

 「マリりん」

 「ハイ!」

 「マリぴょん」

 「ハイ!」

 「マリっぴ」

 「ハイ!」

 「マリにゃん」

 「ハイ!」

 「マリ君」

 「ハイ!」

 「マリたん」

 「ハイ!」

 「マリたそ〜」

 「…はい」


 「う〜んこんなもんか。俺的には最後のがオススメ」

 「マリでお願いします!幸せ感が最強です!」


 マリが食い気味にズイッと真顔で迫って来た。


 「おーい太助ぇー!何オマエだけイチャイチャしてやがんだこのヤロー!俺もマリちゃんとボール遊びしたい!でもまず腹ごしらえだな。定食食いまくるぜ〜!」


 腹を空かせた狼ボーイが勝手な事をほざいている。


 「おう、17円の定食を腹一杯食えよ。俺は焼肉定食にオデンかな。デザートは杏仁豆腐が良いな。」


 「オイオイ親友さんよ〜そりゃねーだろ!開店当初ならともかくよぉ、17円じゃそこら辺に生えてるペンペン草しか食えねーよ!食った分は体で返すからよぉ

俺は肉食なんだよ分かるだろぉ〜?」


 「労働で返すと言え。男の体には興味は無いぞ、断じてだ!全くオマエと言う奴はいつもいつも、ってそこ!赤い顔して目をキラキラさせて興奮するんじゃ無い!」


 弐狼に説教しながらマリをビシッと指差した。

なんで女子ってこの手の話に食いつくんだろう。


 「じゃあオマエも焼肉定食だな。マリは何か食べたい物あるのか?」


 「わたしは好きな物多くていつも迷っちゃうんですけど、焼肉定食オススメなんですか?」


 「ああ、ココのは注文受けてから肉を炭火で焼いてくれるんだよ。最初にトレーを取ってカウンター沿いに進んで冷蔵ケースからおかずを取って麺類や作って貰うおかずはレジで注文するんだよ。ちなみに焼肉は単品だからサラダは別だ。ミニとレギュラーがあるぞ。

ゴハンと味噌汁も別だから自分で定食にするシステムだ。」


 「お新香さんは戦力外ですか?」


 「タダだから好きなだけ小皿に取ればいい。中には山盛りごはんと味噌汁で小皿に山盛りのお新香で安く腹一杯食って行く猛者も居ると聞く。」


 自動では無いアルミサッシのドアを開けて店内に入る。百人以上が座れる大食堂の向こうにゲーセンがみえる。店内には今時のポップスなどでは無く、オーナーの趣味でトラックドライバー向けの渋い演歌が流れる。程なく「飯が炊けたぞぉ〜!」と店内放送がアナウンスされた。バカでかい大釜で炊く美味しい御飯がここの一番の名物だ。炊き上がると初代オーナーのサンプリングボイスで知らせてくれ、最近ではスマホに炊き上がりの予定時刻まで届けてくれるサービスもやっている。初めての昭和的大食堂に感動するマリに


 「良かったな。美味しいごはん炊き立てが食えるぞ。ちなみに米は千葉が誇る多古米だ。デザートは先に取って置けよ?オデンコーナーは別になってるから腹具合見ながら追加で注文ってトコだな」


 俺の説明を聞きながらすっかり臨戦態勢になったマリが壁にズラリと貼られたメニューを眺め、冷蔵ケースに目を落とし


 「この世にはまだまだわたしの知らない場所があるんですね…生きてたら全メニュー制覇するまで通っちゃいますよ」 


 と溜息を付く。この娘も結構食いしん坊なんだな。

でも美味そうに飯を喰う奴は大歓迎だ。弐狼はもう少しキレイに食べて欲しいけど。


 席を確保してみんなで「頂きます!」と手を合わせる。何やら後ろに気配を感じて振り向くと、猿顔の小柄な男が一心不乱に山盛りごはんのお新香定食をかき込んでいた。早速猛者にエンカウントするとは。弐狼とはまた別のタイプのワイルドな奴だ。弐狼には食べ終わったらペロペロするなと念を押す。


 まずは味噌汁で喉を潤し、腹を暖める。サラダを一口、肉を一切れ口に運びごはんを多目にかき込んで咀嚼する。炭火で焼かれた牛カルビの香りと、炊き立てごはんの甘みが更に食欲を刺激して次へと駆り立てる。

 こういう食事は余りお上品に食べても満足感は得られ無い。弐狼とマリも一心不乱にかき込んでいる。気が付くと卓上の器は空になっていた。デザートに手を伸ばそうとするマリに


 「おっとまだ食事は終わって無いぜ?オデンを食べる腹の隙間は残ってるか?」


 と問う。


 「はっ!申し訳有りません隊長、わたしとした事が!モチロン戦闘準備オッケーであります!」


 マリがビシッと敬礼し3人でオデンコーナーでお得な盛り合わせを頼み席に戻る。俺はもう一皿盛り合わせを頼み、俺の後ろの猿顔の前に置いた。


 「何のつもりだ?見ねえ面だがチームに入りてぇのか?悪ぃがウチは厳しい試験をパスした奴しか相手にしねぇんだよ。こんなモンで懐柔される俺様じゃねーぞ見くびるな!」


 「そーじゃ無くてさ、腹減ってんだろ?ただの差し入れだよ。見た感じ走り屋っぽいからな。これからちょくちょくココに来るからヨロシクって事で」


 「フン、礼儀は分かってるみてぇだな。コイツは有り難く受け取るぜ。何せ俺のマシンは金食い虫でな。

だからってバトルは手加減しねぇからな」


 猿顔はまた黙々と飯を頬張った。バトルかぁ、考えて無かったな。別に一人で走ってても楽しいし。チームなんて面倒な奴が絶対一人は居るもんだ。弐狼だけでも手が掛かるのにそんな余裕ねーっての。


 「弐狼、美味いか?」 


 「当然だろ、いつもの味だけどな。オマエの奢りで喰う飯は最高だな!なんだ分けてくれるのか?」


 「やらねーよ!俺だって腹一杯食いてぇんだよ!」


 「マリ、美味いか?」


 「美味しいです。でもずっと煮込まれててちょっとしょっぱいですね。生姜がアクセントになっててパンチがあるのでこういう場所のお客さんには受けが良いと思います。」


 おっと結構シビアだな。弐狼と違って育ちの良い子は舌が肥えていらっしゃる。ジャンク気味な食事に付き合わせて悪い気がするがこちとら高級店には縁が無いからしゃーない。デザートを食べ終わり売店を覗いて車雑誌を読み更ける。ドライバーが立ち寄る場所だけに街中の本屋より種類が豊富だ。


 「わー、車の本がいっぱいです。カスタムカーの本も有りますね。ひゃあっ!こっちにはえっちな本がいっぱい!なぜか車の本より沢山有ります!」


 「おっとマリちゃんこっちは紳士の素敵空間だぜ?

みんな真剣に今夜のメインディッシュをセレクト中なんだ邪魔しちゃ野暮だぜ。俺は金ねーからしっかり脳内にメモリーしとかないとな。」


 「弐狼さんはドコに行ってもブレませんね…そこまで行くとある意味尊敬しちゃいます。」


 俺達の横を「ちょっとゴメンよ」とトラックドライバーのおじさんがシッカリチョイスしたえっちな本と弁当、それにお酒を買い込み車に戻って行く。


 「えっ?ドライバーなのにお酒って良いんですか?おじさん事故おこしちゃったら大変です!止めないと!」


 「いいんだよ。おじさんこれから一杯やりながらえっちな本で幸せ気分でここで一泊して行くんだよ。

トラックの後ろは寝台だから朝までグッスリ休んで朝飯の弁当食ってまた旅に出て行くんだよ。」


 「えっちな本もおじさん達には欠かせない栄養なんですね…」


 「お〜い!太助〜マリちゃ〜ん!ゲーセン行こうぜ〜!」


 えっちな本で脳内メモリをいっぱいにした弐狼がやたらツヤツヤした顔でゲーセンに向かう。マリが楽しげにその後を追って行く。多分弐狼の脳内でコラージュされてる事なんて全く分かって無いんだろうな。

知らぬが仏。マリには悪いが黙って置こう。

腹がいっぱいになって睡魔に負けたのかテーブルに突っ伏していびきをかく猿顔をチラリと見ながら俺も二人の跡を追った。


 クレーンゲームの前で騒ぐ二人に嫌な予感を感じながら。


 

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