第7話 大魔導師の弟子

「このノースヒルの村を、町にする……ですか」

 ドロシーの提案に、村長は髭を撫でながら考え込みました。

「しかしこの村は、王都からも随分と離れております。

 人を増やすにしても、呼び込める人数には限界があるのでは?」

 そう問いかける村長に対し、ドロシーは4本の指を立てて見せます。

「この村を発展させようと考えた時、パッと思いつく大きな利点が4つある。

 まず一つ目。丘にいる白竜から見える範囲に、害獣の類が寄って来ない事。

 二つ目。竜は上空のマナの様子から、かなり正確に天気を読める事。

 三つ目。村が川と森の近い平野部にあって、資材を確保しやすい事。

 そして四つ目。南の街からノースヒルまで、直線距離であればかなり近い事」

 指を折りつつ話すドロシーの言葉に、村長の目が見開かれてゆきます。

「なるほど、そういう事ですか! はっはははは!!」

 ぱん! と膝を打ち、愉快そうに笑う村長に対し、

「村長、おらたつにも分かる様に話してけろ」「一人合点は良くねえど」「んだんだ」

 と、周囲の村人たちが説明を求めます。

「おお、すまんすまん!

 つまり、ドロシー様はだな。この村を、農業で発展させよと仰せなのだ」

 笑い止んだ村長は涙を拭くと、彼らに解説を始めました。



「まず、丘の白竜様から見える範囲に、害獣が寄って来ない事。これは既に、皆の畑や牛たちも助かっているじゃろう?」

「んだなあ。見回りさ減らした分、別の事さ出来るしよう」

「『見える範囲』というのが重要でな。丘から見える位置でさえあれば、どれだけ畑を広げても獣除けの見回りが要らず、柵すら作る必要が無いという事じゃ。

 つまり、この村の作物は、よそよりかなり安く作れる」

「「「!!!」」」

 村人たちの、目の色が変わります。

「次に、白竜様が天気を読める事。今までも皆、空を見上げてらっしゃったら雨が降りそうだなどと言って、参考にして来たのう?

 これも、言葉が通じると分かった今なら、直接お伺いする事が出来るんじゃ」

「「「おおお!!?」」」

 広場の空気が一気に沸き立ちました。

じかに天気さ伺えるんなら、種蒔きや収穫の日取りも決めやすいわなあ!」

「んだんだ。苗さ植えた直後に霜が降りたりすっとまあ、しょげるもんよぅ」

「もう1日待っで収穫しようと思っちょったら、急に嵐が来て……みーんなやられちまった事、あっだなあ……」

 盛り上がっていた会話が徐々に、苦い思い出話へとシフトしてゆきます。

 と、そこへエルマが口を挟みました。

「大きな嵐や雷雨も、そう簡単には来なくなると思いますよ?

 何かの原因で1ヶ所にマナが溜まり過ぎると、ああいった天災が起こりやすいんですが、竜が居ればある程度は吸収してもらえるので」

 その言葉に、村人たちは再び湧き立ちます。

「確かに……あの地揺れからこの5年、他にはなんも起こっとらんぞ!?」

「村長!!」「やるど!!」「開墾の始まりじゃあ!!」

「「「ウォォォオオ!!!」」」

 森の広場に、村人たちの雄叫びが響き渡りました。

「おお、皆が若返ったように生き生きとしておる……!

 じゃが、落ち着け! わしの話まだ終わっとらんから、最後まで聞いとくれ!」

 村長は村人たちを宥めると、咳払いして先ほどの話を続けます。

「三つ目と四つ目は、村の立地の話じゃ。資材が確保しやすく、南の街とも近い」

「だども、南の街さ行ぐには毎回、森を迂回せにゃならんべ?」「んだんだ」「昨日、商人たつが森を抜けで来れたのだっで、魔女様が獣除けさしてくれたからだべや」

 村人たちの疑問に、ニコニコと笑いながら頷く村長。

「そうじゃのう。では……新しく家などを建てる木材を南の森から調達し、ついでに南の街までの道を広く整備してしまえば、どうなるかの?

 例えばそう……、じゃ」

 村人たちの目が、一斉に白竜へと注がれます。

 白竜の方は「任せろ」と言わんばかりに、大きく頷きました。

「そういう事さ。この子白竜の視界が、そのまま獣除けになる。街への距離は縮まり、護衛も減らせるから、輸送コストも浮く。

 生産コストと輸送コスト、どちらも浮くなら実入りは増える。よそでやってる農家も、ここで作って出荷した方が儲かるって話になれば、喜んで開墾しに来るはずさ。

 いずれ交易の規模が大きくなったら、錬金術師を雇うか魔具を使うかして、冷蔵輸送や高速輸送なんかも活用すると良い」

 そう言って捕捉しつつ、追加の案も出したドロシーに、村長が頷きます。

「なるほど……! その折には是非、信頼出来る方を紹介して頂きたく!」

「任せな、紹介料は安くしとくよ」

 ドロシーはウィンクしながら、親指と人差し指で輪を作って見せました。



 ドロシーの打ち立てた『農業によるノースヒルの発展』という案は、村人たちを大いに盛り上がせました。

 彼らが楽し気に様々な意見を交わす中、突然ドロシーがトン、と杖を鳴らします。

 その音はやけに大きく響き、広場に静寂が広がりました。

「乗り気になってくれた所を悪いが、この話には注意点もある。よく聞いておくれ」

 ドロシーは険しい顔で続けます。

「世間ではまだ、竜との対話なんてのは夢物語と思われている。

 単に上質な素材の採れる魔物と見做す者が多いし、竜の首を挙げるのは誉れだ、という風潮も強い」

 白竜に触れ続けるエルマの手が、微かに震えました。

 広場に沈黙が下りる中、ルーカスが尋ねます。

「『ノースヒルには言葉の通じる竜がいる』という話が広まったら……討伐しに来る人も現れる、って事ですか……?」

「そう。単に利益や名声が欲しい者も出るだろうし、或いは対話が可能な竜の存在自体が、不都合な連中もいるだろうね」

「『竜は言葉の通じない怪物』と信じ、またそう広めて来た権威のある人。或いは、今まで竜を狩って利益を得て来た事を、間違いだったと指摘された気分になる人……

 そんな人々にとって、ノースヒルの白竜の存在は認め難いはずです」

「そんな……」

 落ち込むルーカスへ、白竜が心配そうに口元を寄せます。

「そうさせない為に、三つほど手を打っておく必要があるのさ」

 ドロシーはそう言うと、人差し指を立てました。

「まず一つ目。アタシの名前で、白竜とノースヒルを守る。『紅夜のドロシーが目を掛けている』となれば、よほどの馬鹿じゃなきゃ手は出さないだろうからね。

 次に、二つ目」

 続けて、中指が立てられました。

「他の竜とも対話を試みる。『対話が可能なのはノースヒルの白竜だけではない』という事になれば、わざわざこの子白竜を討ち取る意味が無くなる。

 そして最後、三つ目」

 薬指を立て、ルーカスを見るドロシー。

「坊やを、アタシの弟子にする」



「僕を!?」

 突然話を振られ、目を丸くするルーカス。

「う、嬉しいですけど、でもどうしてですか?」

「理由は、これも三つある」

 ドロシーは立てられた3本の指を見せ、薬指から折ってゆきます。

「一つ目。竜は基本的に、マナの豊富な場所に住む。そんな場所で、人間の言葉に触れた事も無い竜と対話するなら、漏出オドでこちらの感情を伝えるしか無い」

 ドロシーの言葉に、エルマが納得の表情を見せます。

「確かにそれなら、ルーカス君は適任ですね。あの量のオドを出せるなら、火山の山頂や嵐の中でだって、こちらの意思を伝えられるはずです」

「もし戦闘になった場合、アタシ一人で戦いながら対話するのは、流石に難しいしねえ」

「なるほど……」

 二人の説明に、ルーカスも頷きました。

「二つ目。アタシももういい加減、歳だからね。途中でくたばらないとも限らない。

 それまでにお前さんを、アタシの代わりにこの村を守れるくらいの、立派な魔法使いに育てる必要がある」

 中指を折りつつ、ドロシーはそう告げます。

「で、でも、それならエルマさんだって……!」

「私じゃ無理なんです……なにせ、魔術が使えないので」

 エルマは、寂しそうに笑いながら言いました。

「魔術が、使えない……?」

 驚きの目で彼女を見るルーカス。

 ドロシーは首を振りつつ、

「魔力に敏感な特殊体質。その代わりにこの子は、自分でオドを生成出来ないのさ。

 マナの薄い場所じゃ、定期的に誰かから魔力を分けて貰う必要がある。残念だが、力に訴えてくる相手には到底、勝ち目が無い」

 と、事情を明かします。

「そう、だったんですか……すみません……」

「ああ、謝る必要なんて無いですよ? この体質が無かったら、白竜と対話する事も出来ませんでしたし」

 落ち込むルーカスに対し、エルマは明るく笑いかけました。

「えっと、じゃあ、他のお弟子さんとかは?」

「居ないよ。誰かに魔法を教える事はあっても、ずっと弟子は取って来なかった」

「だったら尚更……!」

「三つ目」

 遮る様に、ドロシーが人差し指を折ります。

 やがてその手はゆっくりと開かれ、優しくルーカスの頭に乗せられました。

「お前さんには、魔法の素質がある」

 ルーカスは目を見開きました。

「後天性ドワーフ症候群に罹って5年も生きた人間なんざ、アタシは見た事も聞いた事も無い。大抵は発症した翌日には治るか、オド不足で衰弱死しちまうからね。

 それだけの長い期間、大量の漏出に耐え続けたお前さんの生成量は、今や世界でも指折りだ。アタシの元で学べば、必ず伸びる。いや、伸ばしてみせる」

 老魔導師のしわがれた手が、少年の頭を優しく撫でました。

。お前さんはきっと、世界に名を残す様な魔法使いになるよ。

 他ならぬ『荒野の魔女』が言うんだ、間違いないさ」

 少年は彼女を見つめ返し、竜を見上げ、そして父の方へと向き直ります。

「……父さん……」

 歩み寄る彼の声は、涙に震えていました。

「ルーカス……」

 そんな息子の呼びかけに、父は穏やかに応じます。

「お前がドロシーさんの弟子になれば、白竜様とこの村は安泰だ。

 いずれは町へと発展し……病院だって建てられるだろう」

「……うん」

「でもな。お前の将来、お前の人生を、この村の為に決める必要は無い。そんな事は、私たち大人が頑張ればいい事だ。

 だから、ルーカスの本心を聞かせてくれ。お前はなぜ魔法使いを目指す?

 村のためか、金のためか? それとも純粋な好奇心か?

 あるいは、本当は魔法使いになんかなりたくはないのに、これまで無理して装っていたのか?」

 問われた息子は涙を拭い、ハッキリと答えます。

「僕は、僕自身が憧れた存在になりたいから、魔法使いを目指します」

 その答えを聞いた竜が、彼の父へと頷きました。

 男は竜に頭を下げると、老魔導師の元へ歩み寄ります。

「ドロシーさん」

「ああ」

 呼び掛けられた老魔導師が、彼の目を真っ直ぐに見上げます。

「息子の事を……どうか、よろしくお願い致します」

 深々と下げられた頭の下へ、二つの水滴が零れ落ちました。

 それらが土に染み込むのを見届けつつ、老魔導師は頷きます。

「承りました。この魔導師ドロシーが責任をもって、息子さんをお預かり致します」




 それから三日が経ち。

 ドロシー・エルマ・ルーカスの3人は、旅支度を整えて村の北門にいます。

 周りには、見送りに来た多くの村人たち。その後ろには、白竜の姿もありました。

「ルーカス、ドロシーさんの言う事をよく聞くんだぞ」

「この時期、夜はまだ冷える。体には気をつけての」

「クルォォウ!」

 彼らはめいめいに、見送りの言葉を掛けます。

「父さん、村長さん、白竜様。ありがとうございます!」

「今回は北の火山の様子を見に行くだけですし、恐らく数日で戻って来られると思います」

「王都へは、商人に頼んで鳥を飛ばして貰った。戻る頃には早馬で返事が来るよ」

 それぞれに応じる3人。最後のドロシーの言葉に、村長が驚きの声を上げます。

「早馬! そこまでして頂いたのですか?」

「なるべく金の掛かる方法を使った方が、アタシが本気だって伝わるからねえ。王都の連中、今頃は泡を喰ってるだろうさ!」

 ドロシーはそう言って、愉快そうに笑います。

「何から何まで、ありがとうございます……あの後も色々と案を出して頂いて……

 お陰様で村の皆も、やる気に満ち溢れております!」

「礼ならエルマに言いな。今回アタシはあくまで、この娘の依頼で付いて来たんだ」

 親指で、横にいるエルマを指すドロシー。

 村長はエルマの左手を、両手でしっかりと握りしめます。

「エルマさん、ありがとうございます……!」

「い、いえいえそんな! 私の個人的な研究が、お役に立って何よりです。

 念願の竜とも触れ合えましたし……ああ、あのスベスベとした鱗の感触……!」

 エルマは右手をわきわきとさせます。

 白竜はエルマから、少し距離を取りました。

「あぁぁごめんなさい引かないでぇえ!!」

「ほどほどにおしと言ってるだろうに……ああ、そうだ」

 ドロシーが軽く杖を振ると、その先端から白竜に向かって一陣の風が吹きました。

「クルォッ?」

 その風に耳元を撫でられた白竜は、驚いたような顔でドロシーを見ます。

「ドロシーさん、何をしたんです?」

「なあに、ちょっとした宿題みたいなもんさ。さて、そろそろ出発するよ」

「はい、それじゃあ……皆さん、行って来ます!」

 歩き出す3人。その背中から届く、村人たちの声援。

 彼らが目指すのは、白竜がやって来た場所、北の火山。

 少年にとって初めてとなる、本物の冒険の始まりでした。

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