第23話 悪魔殺し

「危なっかしいってなんだ! お前、アグリに何したってんだァ!?」


 ニドに両肩を掴まれ、頭をぐわんぐわん揺らされる。ちょ、今ご飯食べたばっかだから気持ち悪い……というか、喉に違和感がすんだけど何これ……?


「んんっ、んぐぐ……!?」


 待って、なんか下から口の中にせり上がってきた!

 とにかく飲み込まなきゃ……うあ、まっず! 喉がめっちゃいがいがする……こんなの飲めないって!


「なんだァ? 何か言ってみろやチビ女ァ!」


「んん、んん~……!」


 胸の前で精一杯バツを作って、喋れないことを分かってもらう。とにかく今はムリ! なんか出るから!


「兄さんもうやめて! クラリスさん、さっきお昼ご飯を食べたばかりだから、吐きそうなのかも!」


「はぁぁぁぁ!? そういうのは早く言え、あと吐くなら外にしろ!」


 逆だろ、吐きそうだから言えないんだろ~! ニドから今度は突き放され、その勢いで家の裏口へと吹っ飛ばされる。しかしそれがまずかった。


「うぅ……あぼぼぼっ……」


 ――宙を舞った衝撃で口が開いてしまい、世界一汚い放物線が家に架かる。あ~あ、こりゃあ派手にやっちまったヤツだ……。


「二人ともごめん! 掃除しなきゃだね……」


「いえ、クラリスさんのせいではないので大丈夫ですよ。掃除なら自分がしておきますので、お気になさらず!」


「――確かにアグリの言う通り、危なっかしいヤツだな。もう怒る気すら起きねェ……とにかく、決闘場に行くまで静かにしてな」


 二人の気遣いが逆に痛い。あまりの光景に、あのニドですらドン引いてんだもん。しかも、ここからあと数時間もしたら決闘なんでしょ? 気まずすぎるって!

 ……結局、掃除を終えたアグリから彼の部屋を案内してもらい、兄弟とは顔を合わせないようにしてもらった。今は『分身』の魔導書に目を通しながら、テキトーに暇つぶしをしているところだ。


「そういやこの魔導書って、ランドが持ってたヤツから分身したんだよなぁ……」


 この世界には『分身』の魔導書が二冊、またはそれ以上ある。もしコイツを閉じたら、コイツ以外の魔導書は全部消えてしまうのかなぁ……?


 ――じゃあ分身ってのは……『消滅する』って項目をいち早く知ったヤツが独り占めできる力、ってことなんじゃ!?

 この魔導書は確かに『分身』の力を使える。だけどその本質は、逆にたった一冊の存在しか許されない、魔導書なんだ……!


 ウチのもランドの持っているヤツも、跡形もなく消えちゃうかもしんないってことだ!


「ランドはこのことを知ってるのか……ってマジか、もう消えたじゃんか!」


 ウチの魔導書が消えたってことは、予想される選択肢は二つ。ランドの魔導書も消えたか、ウチのことを……!

 部屋を飛び出し、全速力でベットランド教会に駆ける。どっちにしろ、アイツのもとに行かなきゃ話が何も始まらない。何事かと追いかけてくるニドとアグリを手ではねのけながら、ほぼ飛ぶくらいの勢いで教会の門に体当たりし、ぶっ壊す。


「ランド! ウチの魔導書が消えたんだけど、そっちは無事!?」


「――ここまで来るのが早いですね。さすがは神様といったところでしょうか」


 ヤツの声はやけに落ち着いていた。とりあえずこれで、誰が魔導書を消したかってのは明らかになったな。まさかコイツに裏切られるとは思わんかったけどね。演技上手すぎっしょ……。


「……そっか。だったらせめてさぁ、ウチがここを出た後に魔導書を消さないもんなの? これだとバレバレじゃん」


「あなたからすれば、そうなのでしょうね。しかし吾輩からすれば、あなたの歪んだ顔が見られない時点で用なし……。茶番をる必要もないのですよ」


 えぇ……なに? 要はコイツは、ウチの困った顔を見たかったから『分身』の魔導書をあげるフリをしたってこと? なんでそんな趣味が悪いわけ?


「あなたの言動を外から監視していましてねぇ。脳みそすっからかんだと思っていたのに、一丁前に読み込むもんだから……『分身』の本質にすぐたどり着かれてしまいましたよ。せっかく新しい『オモチャ』が来てくれたと思ったのに……」


「ふ~ん、バカにしてくれんじゃん。あんなに信じてたってのに、それも演技だったんかぁ……めっちゃムカつくなぁ!?」


 おいおい、神様をオモチャにしようとすんじゃないよ。このイラつきをどうやって晴らそうかなぁ……単純にぶん殴ってしまおうか!?


「――クラリス、おいクラリス! いきなり家を飛び出したかと思えば……お前、王にどんな口聞いてんだ! 一体何があったんだよ!?」


「落ち着いてくださいクラリスさん! 事情は分かりませんが、決闘でない争いは何も生みませんよ! 無意味です!」


 少し遅れて、ニドとアグリが教会へとやって来る。ウチがランドに対してタメ口で接してるのがバレちゃったか。まあ、今さらそんなことはどうでもいいや。いいこと思いついたからなぁ……!


「ねえニド。今日のメインマッチ、ウチとアイツに変えてくんない? アイツをボコすのに。それでいい?」


「お前……なんというか、さっきまでとは覇気が全然違うなァ……。隠してたのか?」


「そんなとこ。本当はあんな雑魚、すぐにぶっ倒せるからさ」


 なんたって『悪魔殺し』だからねぇ……アイツが悪魔なら、それこそ一発で消滅するってわけだ。だけどそれでニドたちに神様だってバレるのも都合が悪い。上手く戦わなきゃだなぁ。


「すぐ倒せるなら、決闘じゃなく今ここでやってみな。王にムカついてんだろ?」


「――ウチのことを試そうってか。いいよ、そこで大人しく見てて……よっと!」


 床を思い切り蹴って、一瞬で玉座にいるランドの正面に立つ。そのまま拳を振り抜き、ヤツの顔面を躊躇なく殴る。避ける暇すら与えない猛スピードで、二発目、三発目……ウチの気が済むまで!


「ごっ……! さすがは『悪魔殺し』、この状態でなければ消滅していたでしょうな……」


「……自覚があんだな」


「一応ですがね。まあ、吾輩はいうほど悪魔としての『格』が高いわけではありません。嘘に嘘を重ねた、虚飾の悪魔……もちろん、これが真実かどうかも分かりませんがね」


 なんだよそれ、はっきりしないヤツだなぁ……。イライラが解消されるどころか、どんどん悪化していく! 本当に何がしたいんだよ、コイツは!


「その顔ですよその顔! 実にいいですねぇ! 歪んだ顔というのは、なにも『悲しみ』だけで作られるのではございません。今のような『怒り』の表情だって、吾輩にとって生きる楽しみ……あなたはですよ、シスター・クラリス!」


 ランドのヤツ、わざとウチをイラつかせて楽しんでるのか!? こんなにボコられてるってのに、なんでそこまで楽しんでるんだよ……?

 もし今のウチの顔が歪んでるなら、あんたは、心から歪んでるよ……。


「ひゃあっはっはっはぁぁぁぁっ! そのどこか諦めたような表情も、吾輩の心の底を刺激してくれる! これを見られるのなら、あなたからの攻撃の雨も安いものですよ!」


 狂ってる……。コイツは、ランド・ベットランドは……根っからの悪魔なんだ!


「――このままだと、どうせ死んでしまいますね。これは真実です、さすがに嘘を吐ける余裕もありませんからね……では最後に、置き土産として歪みきった表情にさせてあげますよぉぉぉぉっ!」


 もう何もかも吹っ切れたランドは『分身』の魔導書を手に取り、勢いよくそれを閉じる。一体何の分身を解いたんだ……?

 そう考える暇もなく、辺り一面が一瞬にして。ってことは、ベットランド自体が、どこかの町の分身だったわけか……。


「……アグリ、おいアグリ! なんでお前まで消えんだよ、アグリィィィィッ!」


「分身が消えたってんなら、まさか!?」


「――そのまさかですよ。アグリはニドの双子の弟……というのは半分真実で、。アグリはニドが生まれて間もない頃に作った……彼の分身なのですよ」


 生後間もない赤ちゃんを分身させたら、双子に見えるのかもしんない。やり方次第じゃ、嘘は奇跡と何も変わんないんだ。でも、なんでランドはニドの分身を作ったんだ?


「なんでだ……なんでこんなことをした?」


「そりゃあ、ニドを見れば一目瞭然ですよ。見てくださいよあの顔……『ベットランド最強』とまで称された戦士が、あんな風に泣き崩れてくれるんですよ? 本当はニドの死に際、アグリに思いを託そうとしたその瞬間に……。ですが、その前に吾輩が死んでしまうようですね」


 ランドは顔中血まみれになりながらも、肩をすくめて余裕そうな表情を見せる。ベットランドのできごとは、何もかもコイツの手のひらの上だったんだ。このまま死なれて、良い思いをされたまま逃げられるんだ……。


「なあクラリス、ソイツのことブッ殺してくれ。俺じゃ未練を残すと思うから、部外者のお前に全てを終わらせてほしいんだ……!」


「……分かった」


 ランドの歪みきった顔面に、ニドたちの分まで右の拳を叩きつける。

 ――手応えはほぼ感じない、最後の最後まで肩透かしを食らった気分だ……。

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