第7話 新たな仲間
ウチらは宿から数分の所にある、人気のない広い森へとやってきた。
ここなら町の被害を何も考えずに、イルガさんの勇者としての
「んだよ、準備万端みてーなツラしてんな。ただのチビなシスターにしか見えねーけど、オメーの適正はホントに勇者なのか!?」
「――やってみれば分かります。さあ、いつでもかかって来てください」
「ナメやがって……なら遠慮なくいくぞ! 後悔すんなよ!」
イルガさんは拳を振りかぶって、こちらに殴りかかってくる。
単調な動きだなぁ……もし当たれば悪魔にもダメージを与えられるくらいには強いんだろうけど、そこにたどり着くまでの隙が大きすぎる。こうやって攻撃を受ける直前で回り込んで……。
「おっと、血が……」
今の一瞬でまさか頬に切り傷ができ、血が垂れるなんて。彼のグーは遅いから完全に見切って避けたはず。拳の感触も当然なかった。
……考えられるとしたら、パンチを繰り出した時に起こった風圧かなぁ?
フツーに考えれば、あんな勢いのないパンチで風圧が起きるわけがない。『勇者』の適正ってのは、どんなに弱い攻撃でも威力が上がるってもんなのか!
「速い……!」
そっちが遅いんだよ。少し強いだけの人間が、神様相手に勝てるわけないんだから。手加減はしちゃるから、勇者の道は諦めてくれよ……っと!
イルガさん……いや、どうせ勝敗は決まったようなもんだし、もう呼び捨てでいいや。
「ほいっ」
気を取り直して、イルガの背中をとんっ、と軽く叩く。全然威力がないように見えるけど、受けた本人にはかなりの激痛が走っているはずだ。それこそ『悪魔からの攻撃』くらいの強さに調整してある。これくらいは耐えなきゃダメだぜ?
「ぐふっ……!?」
彼の間抜けな声が小さく聞こえて、勝負は一瞬で決してしまった。ああ、耐えきれなかったか……適正自体はあるんだろうけど、もう少し。
マキもメイディさんもドン引きしてるけど、これくらいの戦力差を見せつけないとコイツは諦めてくれないっしょ? この状態じゃキツいって……。
「――これで分かりましたか? イルガさんはまだ戦いにおいて未熟なんです。たとえあなたに勇者の適正があったとしても、その力を使いこなせずにいる。だからまだ勇者として生きるのは早いんです」
「……早い?」
実際、イルガの力はかなり強い。この頬の切り傷がその証明だ。だけどそれを活かしきれてない。適正通りの強さといえるまで、真に使いこなせていない。
「ええ、まだまだです。メイディさんが勇者になるのを止めるのも分かりますよ。だからこそ、あなたはゼラヴィア教会に来てください」
「いや、なんでそれでオレが教会に行くことになんだよ! そりゃ、負けたからやるにはやるけどよ……『だからこそ』ってなんだよ! 意味分かんねーだろ!」
ウチの服装を見て、なんとも思わないのかよコイツは? ひょっとしてバカなのかぁ?
「じゃあこれで分かってください。ゼラヴィア教会には私がいます。人が来ない時でいいなら、稽古をつけてやりますよ。勇者は強くなってから始めてください」
「……はい! これからよろしくお願いします、クラリス師匠!」
「し、師匠!?」
ちょっと待って!? そういう信仰のされ方は聞いてないって! 手を合わせてお祈りするヤツすら昨日知ったばっかりなのに、いきなり変化球すぎるって!
「いや~、クラリスがまさかこんな実力を隠してたなんて、全然知らなかったわ~……」
話の流れを変えるためか知らないけど、マキがわざとらしそうにつぶやく。まあ、ただの『記憶喪失美少女シスター』がこんなに強いところを見せてしまったんだ、何かしら言い訳を考えないと……!
「えっと……そう! イルガさんの適正を視た時に思い出したんです。私には勇者の適正があったんだ、って!」
――我ながらいいごまかし方だと思う。記憶が少しだけ戻ったことにすれば、これから先どんなにヤバいことをしても、全部これでナシにできる! よし、これで一層動きやすくなった!
「なるほど……クラリスちゃんがシスターになりたかったのは、勇者としての記憶を取り戻したかったからなのかもしれないわね……」
うん、全然違うね。『記憶喪失』から嘘だし、そもそも人間じゃないし。もう何もかも違うんだよねぇ……。今はなりゆきでシスターをやってるけど。
「まあ、そんなとこだと思います。でも私はこれからも、シスターとしてゼラヴィア教会に尽くすつもりです。イルガさんのことは私たちに任せてください……それでいいですよね、マキさん?」
悪魔にうろたえなかった言い訳のついでに一人で色々決めちゃったけど、コイツには許可取りしてからの方がよかったか? 今さら遅いけど、一応聞いとくか。
「あ、うん、もうそれでいいよ……クラリスの好きなようにしな? 私はちょっとついてけそうにないわ~……とにかくよろしくね、イルガ」
うわ、めっちゃ萎えてるじゃん! なんかごめん! 人手が増えたと思って、ここはどうか許してくれぇ~!
「はい! よろしくお願いします、クラリス師匠の師匠!」
「そっか! 『師匠の師匠』かぁ~! それじゃあそんな弟子の弟子であるイルガを、我がゼラヴィア教会に迎え入れましょう~! といっても、教会の改装はあと一週間くらいかかるんだけどね~……」
「やったぜ! これで師匠のもとで修業できるぜー!」
一瞬で機嫌を取り戻した師匠と、それに対して何の疑問も持たずに喜ぶ弟子。ウチってどんな板挟みなんだよ……というか、いつからマキはウチの師匠になった!?
「――そういうわけだ姉さん。オレはゼラヴィア教会で修業して、ちゃんと強い勇者になってくる。それまでは家には戻らねーから、しばしのお別れだな」
「そういう問題じゃないとは思うけど……でもまあ、マキさんとクラリスちゃんがいるから安心ね。それと、二つだけ約束して。やるからには、勇者に恥じない強さになって帰ってくること! そして悪魔から姉さんを守ること!」
随分と自分勝手な約束だなぁ。でも、メイディさん的にはそれくらいの気持ちで送り出してるんだろうなぁ……ウチらの責任重大じゃん。
まあ、神様であるウチからの修業ができるんだ。悪魔なんて一発で倒せるようになるまで強くしてみせるよ……何年かかるかは知らないけどね!
「……そういや、教会ってまだできてねーんですか!? さっきは嬉しさで気にならなかったんですけど、よくよく考えたら、それまでオレの泊まる所がねーんですけどー!」
「私たちはここを『二人』で予約してるから、イルガも泊めようとすると最悪追い出されるんだよなぁ……メイディさんの部屋で暮らしててくれない?」
「あっ、分かりました……」
締まんないなぁ……まあ、まだ修業に出る前だからセーフなのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます