第3話 クラリス
やがてウチらは、あのボロ教会からでも見えるほどのバカデカい城……の隣にある、教会やシスターについて取り扱う
「あの~、ゼラヴィア教会の者なんですけど~……
「はぁ……誰かと思えばシスター・マキですか。あんな古臭い前時代的な教会、さっさと取り壊してはどうです? もう誰も来ないでしょう?」
「はぁ~!? 今日はちゃんと一人来ましたし~! そんでその子をゼラヴィア所属のシスターとして登録しに来たんですぅ~! 分かったら早く入れろっ!」
おいマキ~! 今からお世話になる相手に、そんな乱暴な言葉遣いしちゃダメっしょ!
ウチがシスターになれなくなるどころか、最悪教会まで取り壊しになるかも……まさか!?
「マキ、ちょっとこっち、こっち来て……」
さて、シスター・マキ。あんたにシスターとして、神様を信じる人間として問いたい。あんたはウチの質問に、嘘偽りなく正直に答えてほしい。
「もしかしてだけどさぁ、あんた……あの受付の人を怒らせて、タダで一旦教会を壊してもらおうとしてない?」
「さすが神様ですね~、私の思ってることが分かっちゃうなんて!」
――この女、もう人間の心を持ってないんじゃない? 名誉悪魔かなぁ?
シスターとして絶対に欠けちゃいけない要素が、そこだけ綺麗に欠けちゃってる気がすんだけど!
「いやいや『さすが神様』じゃないんだよ。なんで本人がすぐ側にいるのに、教会を取り壊すことに躊躇がないの!? えっ、本当にウチの信者の人間……なんだよね?」
「何を言うんですか!? こんなんでも一応信じてますから! ゼラヴィア家で代々続いてるんで、否応なしに!」
やだぁ、そんな悲しいことをぶっちゃけないでぇ……。
じゃあマキは毎日ウチに対して渋々というか、義務的に祈ってたのかなぁ? そりゃ呪いにも感じるよなぁ、なんかごめんね……。
「――もしもし? もしも~し? シスター・マキ、帰っていないなら返事をください!」
「はいはいはいは~い! ちょっと新入りと作戦会議をしてただけです、いますよぉ~!」
「会長が十五分ほど時間を作ってくれましたので、そのうちにシスターとしての新規登録と、初めてのお祈りを済ませてくださいね。では中へどうぞ」
あの教会よりも高さがあるんじゃないか、というほどの大きな門がゆっくりと開きだす。
広い室内はさっきのボロっちぃアレとは大違いで、火を使わずとも既に明るい。なるほどなぁ、あの透明な壁が太陽の光を通してるのかぁ……。
人間の頭の良さに改めて感心してると、奥からマキと同じような黒い服を着た、見るからに館内で一番偉いであろうお爺さんが現れた。
「お、君がゼラヴィアの新入りさんかな? 儂は地域教会長のラウバ、といいます。お嬢ちゃんのお名前は?」
えっ、自分の名前!? そんなの知んないんだけど……。
「……んん? お嬢ちゃん、どうしたのかな?」
ラウバ会長は時間がないんだ、早く答えなきゃ……でも、ウチの名前って何なの?
パパもママも、ウチを『あなた』としか呼んでくんなかった。ウチの名前が『アナタ』なのかもしんないし、そもそも名前をつけられたのかすら分かんない。
――ウチは生まれながらに神様になる運命にあって、そして実際になった。どうせ『神様』と世界中から呼ばれ、信じられるようになるのだから、ウチ自身の名前なんて必要ない……。
ウチはただの神様。その中身は空っぽで『ウチ』がないんだよ……。
「あ~! えっとですね……この子、自分のことを断片的に忘れちゃってるんですよ~! 記憶喪失ってヤツですね! だから自分の名前を思い出せないでいるんです。シスターにはなりたいらしいんですけどね~……」
マキ……時間がもったいないからって、そんなバレバレのついたって意味ないっしょ。自分の名前すら言えないウチなんて、シスターにはなれっこない。
人助けなら別の方法で頑張るからさ、もう帰ろう……?
「――そうだ、会長が決めてくださいよ~! 名前まで忘れたのに『シスターになりたい』って意志だけはちゃんと忘れずに、この場に臨んでるんです。よっぽど神様を信じているんでしょうね~!」
嘘の上に嘘を重ねて、本来なら許されることじゃないのに。だけど、現実なんかよりもよっぽど優しくて、あったかくて……。
「そんな彼女を見て、私は思ったんです。この子となら崖っぷちのゼラヴィア教会を立て直せるかもしれないって! ――会長。彼女の人生が、この先希望で満ち溢れるような……。そんな素敵な名前を、どうか彼女につけてあげてください!」
そう言い切ったマキは少し涙ぐんでいた。本当に溢れたものなのか、それとも嘘泣きか。いや、今はどっちでもいいな。教会を立て直したい、そのために助けを求めている。
――だったら、ウチにできることはここから『立ち去る』ことじゃなく『助ける』ことだ!
「お願いします会長、ウチに新しい名前をつけてください! そしてウチを、ゼラヴィア教会所属のシスターにしてください……!」
だけど今は『神様』として助けることはできそうにない。シスターを志す一人の『少女』として、嘘をついてでもマキを助けるんだ。こっからは人助けのためなら、手段を選んでいられない。
嘘つきは神様に嫌われる? バチが当たる? そんなこと、ウチが知ったこっちゃない。
――そもそも、その神様は誰なんだって話だ。
ウチはウチが
ウチはウチのことを信じて、ゼラヴィアに来てくれた人間たちをマルっと救っちゃるだけだ!
「あら、そうだったのかぁ……。しかし敬虔な子だね、そこまでの信仰心があるなんて。名前はそうだな……輝かしい未来が訪れることを願って『クラリス』なんてのはどうかな?」
「はい! じゃあそれでお願いします!」
「うん、それじゃあ儂について来て。シスターとして初めてのお仕事だよ!」
ラウバ会長の指示に従い、ウチは『シスター登録』と『原初の祈り』の二つを行う。まあ、登録の方は受付の人がパパっと紙の束をまとめてくれたので、ウチがやるのは実質お祈りの方だけだ。というか、自分に対して誓いを立てるって、なんだかめっちゃおかしい話だなぁ……。
「神様、ウチは……んん、私はこれよりあなた様に祈りを捧げ、常に奉仕の心を忘れずに、残りの人生を皆々様のために尽くすことを誓います……!」
「おお~、よくできました。それではシスター・クラリス、これからはシスター・マキと一緒に、ゼラヴィア教会から皆々様を救ってくださいね」
「……はい!」
――これにて神様改めシスター・クラリス、誕生の瞬間である!
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