燬瀰喙

伊藤沃雪

燬瀰喙

 これは燬瀰喙ひみつなんですけどね。


 え、秘密、かって? いえいえ、違いますよ。燬瀰喙ひみつ



 この地域で祀られている土地神様みたいなものです。土着信仰って言うんでしょうか。僕らが小さい頃から言い聞かされてきました。燬瀰喙さまに祟られるぞ~、って。まあ、田舎特有の文化ですよね。


 この辺りでも、夏になるとお祭りがありまして。商店街の大通り沿いに屋台がズラッと並んで、その中心を御神輿が練り歩くんです。結構、迫力があるんですよ。御神輿には、燬瀰喙さまのご神体を載せて運んで、最終的には神社に戻ります。宮入りされるってことですね。

 この宮入りのとき、氏子たちが皆、自分の顔を手で覆って「燬瀰喙さま、おかえりください」とお祈りするんです。変わってるでしょ?



 燬瀰喙さまは、じつはそうなんです。

 

 そもそもは戦国時代に遡るんですがね。ある時この地域に攻め込んだ武将がおりまして、残忍で有名だったそうなんです。燬瀰喙さまは運悪く捕まってしまった。見せしめとして、しまったんです。

 燬瀰喙さまはお怒りになられて、亡くなられた後に武将や敵国の兵全員の、焼き殺した。事実を知った領主からはたいそう恐れられ、地域一帯の存在が無かった事にされました。それが、燬瀰喙さまの顔が無い由来だそうです。



 ……なんで、宮入りの時に「おかえりください」と言うか、気になりませんか?


 あれは、燬瀰喙さまのお怒りは、今も収まっていないからなんです。燬瀰喙さまは確かに敵国の兵を焼き殺されましたけど、怒りの原因はそんなことではなかった。燬瀰喙さまが見せしめにされたのは、地域の人々が自分たちが助かりたいために、ひときわ醜い顔をしていた燬瀰喙さまを、敵将になんです。だから、祟りは今でも続いています。


 ……燬瀰喙さまの話、聞いたのは初めてでしょう? 実はね、燬瀰喙さまの話を知ると、この地域からんです。ここへ来るとき、地面に沿って変な縄が敷かれていたでしょう?そう、駐車場にあるみたいな。あれが境界線なんですよ。僕も昔、ふらりとここへやって来て、燬瀰喙さまの話を聞いて、以来ずっとここに住んでます。



 ……ああ、無理に出ようとしない方がいいですよ! 言ったでしょう、祟りは今も続いて…………遅かったか。あ~あ、可哀想になあ、顔が焼けちゃったんじゃあ、ご遺族も悲しむだろうに。でも、置いておくわけにもいかないしな。仕方ない、連絡先は、っと……。



 ……おや? あなたも、燬瀰喙さまの話を聞いていたんですか?ほら、そんな所にいたら危ないですよ。もう、とっくに呪われているんですから。

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燬瀰喙 伊藤沃雪 @yousetsu

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