secret sister

SEN

前編

 日本のとある場所に存在する小中高一貫の学園。雛百合坂ひなゆりざが学園。名家の淑女たちが集まる全寮制の名門女子校であり、部外者は決して立ち入ることができない秘密の花園だ。


 人々が空想するような美しい西洋風な建造物と庭園、各地に設置されたお茶会のためのテーブルと椅子、広大な敷地を飛び回る白い小鳥たち。現実離れしたこの学園で、私たちはハイレベルな教育を受けて日々を過ごしている。


「そろそろかな」


 私、桃李とうり桐花きりかは自室で待ち人を待っていた。そろそろという時間帯になったからベッドから体を起こし、彼女を出迎えられるようにお茶菓子を用意する。そしてお湯を沸かし始めたころ、コンコンと私の部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「いらっしゃい、花梨かりん

「ごきげんよう、桐花お姉様」


 扉の鍵を開けて笑顔で出迎えると、彼女も朗らかな笑顔を返してくれた。彼女の名前は夕凪ゆうなぎ花梨。サラサラとした長い黒髪と純朴さを残す顔立ち、私より二回り小さな体を持つ、まるでお人形さんみたいな可愛い後輩だ。


 彼女は一礼してから私の部屋に入る。それを確認すると、私は部屋の鍵を閉める。これで私たちの秘密の花園が完成した。


「桐花お姉様、今日は何の御用で?」

「実家から美味しいお菓子をもらってね。せっかくだから花梨にも食べて欲しいなって」

「そうなんですか。いつもお気遣いしていただきありがとうございます」


 花梨は丁寧な物腰で受け答えする。その姿は普段通りの彼女そのままなのだけど、それが何となく気に入らなかった。


「……花梨、こっち来て」

「どうかしましたか」


 何も疑う事なく彼女は私に近づいてきた。そんな彼女の肩を掴んで、制服の隙間から覗く鎖骨にキスを落とす。その後顔を上げると、彼女はポッと頬を赤く染めて熱い視線を私に向けていた。ちゃんとメッセージは伝わったみたいだ。


「い、いけません、桐花お姉様……」

「ふふっ、いい顔になったね」


 口ではダメだと言っていても、彼女の視線は正直だ。そのまま彼女の首筋を舐めて、耳を優しく食む。


「今日はお茶会じゃ……」

「そんなわけないでしょ。いけない子ね。この部屋に呼ばれる意味をまだ理解してないわけじゃないでしょ?」


 私を手で突き放そうとする格好だけをしているが、全く力が入っていない。淑女としてダメだという格好はするが、本心は正反対みたい。いやらしい子。


「……まぁ、嫌なら仕方ないわ」

「えっ」


 要望通りに花梨を解放する。すると彼女は大きく目を見開いて、残念そうな声を漏らした。あからさまな態度に笑ってしまいそうになるが、わざと無視してお湯を沸かしていた簡易キッチンに足を向ける。


「紅茶を淹れるから、花梨は座ってていいわよ。テーブルに置いてあるお菓子は自由に食べていいわ。あっ、感想を聞かせてくれたら嬉しいわ。お父様達に伝えると喜ぶから」


 彼女に背を向けながら、わざとらしく鼻歌まじりで言葉を紡ぐ。花梨は黙ったままだから、一方的に私が話す格好となった。二つの紅茶が注がれたティーカップに角砂糖を入れようとした時、ポスッと花梨が後ろから抱きついてきた。


「どうしたの? 危ないからあっちに」

「やだ」


 私の言葉を幼子の言葉が遮った。そして花梨は私の腕を掴んで無理やり引き寄せて、私の手首にキスをした。


「ご、ごめんなさい桐花お姉様……き、緊張して素直になれなくて、本当はお姉様のこと」

「分かってるわよ」


 そのメッセージはちゃんと伝わったから。赤く頬を染めて私に懇願するような視線を向ける彼女の手を引いて、ベッドに乗ってお互いの体を向け合った。


 そして、彼女の唇に熱烈なキスをする。淫猥な水音をさせながら互いを求め合うようなキスをして、呼吸が苦しくなったら惜しむように唇を離す。キスの後に呼吸を荒くする花梨は、もはや淑女としての体裁を捨て去って、私を強く求める恋人に変わり果てていた。


 私と花梨は恋人同士。これは両親も学園の誰も知らない秘密だ。この学園の大半の生徒は名家の娘として、将来は親が見繕ったお見合い相手と結婚することになる。そのため、この学園では暗黙の了解として恋愛はタブー視されている。それすら、背徳感というスパイスにしかならないのだが。


 それに、私と花梨はお見合い相手の男となんて結婚するつもりはない。私の家は長男と次男がすでに安定した基盤を作り上げているし、花梨の家は敏腕な長女のワンマンで成り立っている。つまり、無理にお見合い相手と結婚する必要がないのだ。だから、あの日から惹かれあった私たちは安心して恋人同士として過ごせるのだ。


 始まりは私が初等部三年の時だった。ふとした偶然で花梨と友人になった私は、漫画を読んだ事がないという彼女にオススメするために部屋に呼んだ。花梨はこの学園の中でも飛び抜けてお嬢様で、漫画の中のお嬢様キャラクターみたいに俗世に疎かった。


 逆に自由に育てられた私は漫画やアニメなどの娯楽に多く触れて育った。その楽しさを彼女に共有したくて、淑女らしくないからと秘密にしていた漫画の蔵書を彼女に見せたのだ。


 初めて触れた俗世の娯楽は大層楽しかったようで、毎日私の部屋に来て漫画を読むようになった。そしてある日、花梨はこんなことを言った。


「桐花先輩、私、この漫画みたいなことしてみたいです」


 そう言って彼女が見せてきたのは、この学園のような場所で二人の女の子が擬似的な姉妹となって日々を過ごしている漫画だった。


「桐花先輩のこと、桐花お姉様って呼んでみたいです」

「……それはどうして?」

「桐花先輩はいつも私を気にかけてくれて、私に新しい世界を見せてくれます。私にとって桐花先輩はこの漫画のお姉様みたいにカッコいい憧れの人なんです」


 そうやってあまりにも真っ直ぐ可愛い顔で見つめてくるものだから、彼女の願いを叶えてあげたくなってしまった。後先を考えず、私は彼女と擬似的な姉妹となることを約束した。


 それが私と花梨を愛という底なし沼に沈めることも知らず。

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