第7話
朝からいろいろと慌ただしかったが、無事に皆の準備が整い、私たちは皇宮に向けて予定時刻通り出発した。
しかし、馬車が皇宮に到着するまであと少しというところで、突然馬のスピードが落ち、徒歩とほぼ変わらない速度になってしまった。
お父様が窓を開け、御者に
「どうしたのかね」
と聞くと
「すごい列で周りも皆止まっています。どうやら門の前で検問があるみたいです」
と困ったように答えた。
市街地からここまで来る途中にも等間隔に兵士が立っていたし、これだけの規模で人が来るのだからその程度の対処は必要だろう。
予定通り出たおかげで時間にも余裕があるし、私たちは特にイラつきもせず、気長に馬車が進むのを待った。
会場内に着いた頃には開始予定時刻の十分前で想定よりも余裕のない到着だった。
お父様とお母様と共に開始を待つ間、扇子を広げてパタパタと扇ぎながら周りを見渡すと、仲の良い令嬢同士が集まり話をしたりしている。
お父様とお母様も見知った貴族の人が挨拶をしてきたので、私は最初の紹介の時だけお辞儀をし、それ以降は笑顔と視線をそのままに、耳だけで会場全体の雰囲気を読もうと神経を尖らせた。
「皇太子殿下の噂はご存じ?」
「えぇ、あまり良いうわさは聞きませんね」
「何でも昨日は花壇の花を全て燃やし尽くしたとか」
「いろいろ噂はありますけれど、殿下がどんな人でも結婚してしまえば皇太子妃よ」
「ですが、子は成さねばならないわけで……」
「仮面で顔は隠していますが、背の高さや筋肉質な感じは魅力的ではありません?」
「今までにも何人か個人的にお会いした女性もいるらしいわよ」
「まぁ!その方々とはどうだったの?」
「顔だけ見てお茶も飲まずに席を立ったとか、突然怒って暴れたとか……」
私は話を聞きながら、演劇の予告でも見ているかのような気分になり、寧ろここまで悪い噂しかない皇太子がどんな人物なのか早く会って見てみたいという好奇心が強くなった。
会場に設置された大きな振り子時計がゴーンゴーンと鳴り響いた。
門の外にはまだ中に入れていない馬車がいるみたいだが、会場入り口の大きなドアは軋むような音を立てて閉まり、一瞬の静寂の後大きなラッパの音が部屋中に響き渡った。
「皇帝陛下と皇太子殿下のご入場です」
ラッパの音が止まった後に、入場を知らせるアナウンスがどこからともなく流れた。
拡声器の魔石だろうかと天井を見上げていると、いつの間にか皇帝と皇太子が壇上に現れ、私は周りに合わせるように二人を拍手で出迎えた。
皇帝が手を上げたところで拍手を止めると会場は水を打ったように静かになった。
「今日は皇太子の婚約者候補の選別のため、帝国各地から集まってもらい誠に感謝する。皇太子の婚約者に対して、私は口を挟まない約束のため、この挨拶を以て全ての進行を皇太子に一任することを、ここに宣言する」
威厳のこもった声が会場に響き渡った。誰かが拍手を始めると皆がそれに倣うように拍手をする。
皇帝の発言から、絶対的権力を持つ皇帝と違えない約束を交わしたという皇太子が、如何に立場が強いかという事を皆が悟り、噂を語っていた人々の顔が僅かにひくついた。
噂のように好き放題しても許される理由がそこにあるのだろう。
今この場で生かすも殺すも皇太子次第という事だ。
皆の拍手が止んだ頃、隣でお父様は髭を触りながら真剣な顔をしている。
予想外の戦況で対応策を考えている時と同じ目だ。
皇帝が退場すると、ついに皇太子が前へと出てきた。
私は少しでもよく見ようと、少しかかとを浮かせて前の人と頭が被らない位置を探した。
先ほど誰かが言っていた通り、高身長で想像よりも細身だが、腕周りなど、服の下に筋肉が隠れていることが分かる。
鍛えている人の体つきだ。
噂通り、目と鼻を隠すように仮面を被っており、口元だけが見えるが小顔のシャープな輪郭をしている。
髪の毛はブルーとシルバーを混ぜたような色で、長いのか後ろで一つにくくっている。
そこまで見たところで、皇太子の顔が一瞬こちらを向いて目があったような気がした。
気のせいだとは思うが、私は慌てて姿勢を戻し、さっと扇子で口元を隠す。
「……本日は私のために遠路遥々お集まり頂きありがとうございます」
皇太子は少し間を取った後、乱暴な雰囲気は全くない、知性を感じさせる丁寧な口調で話し始めた。
「巷では皇太子妃の選別などと言われておりますが、皆にももちろん選ぶ権利はあります。最後に断って頂いても結構ですし、今ここで帰って頂いても結構です。
しかし、最後の一人となった方には私からのプレゼントとして、私の所有するダイヤモンド鉱山を一つ差し上げたいと思っております。最後まで会場に残って下さることを願っております」
これを聞いた会場全体はざわつき始めた。
お父様が
「よし、帰るぞ!」
と私の手を掴んだが、私は
「ダイヤモンド!」
と言ってお父様の手を振り払った。
お父様はお母様に助けを求めたが、お母様も
「最後に断っても良いと大勢の前で宣言されましたし……」
と、私と同意見のようだ。
「では早速ですが、本日招待したご令嬢は全員前へ来てください」
その言葉を聞いて私が前へ行こうとした時
「口をはさみ大変申し訳御座いません」
と参加者の付き添いだろう中年の男性が声を上げた。
「娘の乗った馬車が行列の影響でまだ門の中まで到着しておらず、参加が遅れております。そのような参加者は他にも大勢います。大変恐れ入りますが、もう少しお待ち頂く事は可能でしょうか」
罰せられるのを覚悟で発言したのか、決して顔を上げず、土下座する勢いで腰を低くしている。
「もう開始時刻は過ぎている。遅刻を咎めるつもりは無いが、門の前に居る者たちにはもう帰るように伝えてくれ」
淡々とした皇太子の発言に男性は戸惑いを見せた。
「し、しかし娘は今日のために準備をして参りました……!どうか、機会をお与えください!」
「無駄な機会は不要だ。この件に関しては以上だ」
皇太子は淡々と言って二度とその男性へ目を向けることは無かった。
私は可哀そうにと同情したが、お父様は
「その手があったか……」
と悔しそうに呟いている。
一部始終を見ていた私は、皆より少し遅れて令嬢が集まる前へと足を踏み入れた。
前方の令嬢達が集う中に、人を避ける様子もなく、肩をぶつけながらズンズンと前に出てくる人が目についた。
見たことがある顔のような気がして凝視すると、昨日街でぶつかったガーネット・リゴール伯爵令嬢だった。
向こうはまだ私に気が付いて無いようだったので、私は慌てて扇子で顔を覆い、少しずつ視界から消えるように端へと移動する。
皇太子の前にはおよそ五十人の令嬢が並んでいた。
選ばれようと自分を魅力的に見せようとする者もいれば、自身なさげに目を泳がす者、親に言われて仕方なく来た等意気込みは様々だろう。
皇太子は集まった令嬢達を一瞥し
「多いな……」
と顎に手を当て、考えるように呟いた。
そしてやはり先ほどから何回か皇太子と目が合ったように感じるのは、私の自意識過剰なのだろうか。
「ふむ、そうだ。今日は明るい気分だから、暗い色や寒色系のドレスの人はもう帰って頂こう」
私を含め会場の皆は、一瞬皇太子の発言が理解できず、ぽかんとした表情をした。
全員が「え?」と頭の中で呟いていたと思う。
「ま、待って下さい。いくらなんでもそんな理由で脱落だなんてあんまりです!」
最初に我に返った青色のドレスの女性は強気で食ってかかった。
彼女の他にも泣き崩れたり、ほっとした顔をしていたり反応は様々だ。
「いろいろ言いたいことはあると思うが、意見を聞いたところで私は判断を変えるつもりは無い。さぁ、早く私の機嫌が良いうちにご帰宅下さい。時間を無駄にされるのが一番嫌いなので」
最初は丁寧だと思っていた声は、淡々とした事務的な口調に変わり、切先のように鋭利な冷たさを帯びていた。
落選した令嬢達の両親が後ろから駆け寄り、令嬢達の手を引いて会場から出ていくのを、残った私たちは静かに見守った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます