第6話

 私は怪しむお父様の目の前で魔法版を机の上に置き、持ってきた扇子をブレスレットに近づけた。


 初めて自分の現在地の把握の仕方を知ったが、物凄い技術だ。


 魔法版には縮尺が可能な地図が描かれており、私の現在地部分がチカチカと赤い光で点滅している。


 室内など細かい位置までは分からないが、半径五メートルくらいまで位置は絞れるだろう。


 これと権力を合わせて使えばどの町の誰の家にいるかくらいは簡単に把握できる。


「お父様、この表示って至って正常ですよね?」


 私が問うと、お父様も魔法版を覗き込んだ。


「あぁ、いつもどおりだが……セレーネは一体何をしようとしているんだ?」


 お父様は髭を触りながら私に問いかけた。


 私は少し悩んだが、貰い物だとは言わず、今の行動の意図だけを答えることにした。


「今日の舞踏会で使おうと思っている扇子なのですが、武器の所持は禁止されていますし、念のため魔力を帯びていないか確認をしようと思いまして」


 嘘ではない。


 もしも本当に会場で爆発したら私は立派なテロリストだ。


 視線の先を誤魔化すようにお父様に扇子を渡すと、お父様は少し怪訝そうな顔をして扇子を手に持って閉じたり開いたりを数回した後

「ふむ」

 と言って私に返した。


「確認した感じだと、特に何の付与もされてないな」


「お父様、魔力が分かるのですか?」


「あまり知られて無いが、私も僅かだが魔力があるんだ。軍事用の魔石の製作は魔法使いだが、魔法石の応用に関しては私が起案したからな」


 突然の事実に驚きながらも、少し自慢げに言うお父様に私は心から尊敬の眼差しを向けた。


「そうだったのですね!じゃあもしかしてこれも?」


 そう言って私がブレスレットを指差すと、お父様は少し躊躇いながら

「あぁ、術式開発だけな」

 と肯定した。


「どうして教えてくれなかったのですか!?」


「私が作ったと言ったらさすがに親ばか過ぎて引かれると思ったんだ!」


 お父様は開き直ったのか、逆に胸を張って答えた。


 私のためだけに作ったとなれば、開発費用含めて私の想定の何倍のお金がこのブレスレット一本にかけられたのか……開いた口が塞がらないとはこの事か。


 お父様のその頭脳と情熱を少しでも商売に向けてくれていたら我が家はもう少し優雅な生活が出来ていたかもしれないし、扇子一本にここまで悩む必要も無かっただろう。


「いろいろ言いたいことはありますが、その話はまた後日伺うとして……それよりも、この扇子は何の変哲もないただの扇子という事ですよね?」


「あぁそうだが、一体何故そんなにその扇子を疑って」

「ありがとうございます!では準備に戻るので失礼します!」


 私はお父様の言葉を遮るように早口でまくし立て、颯爽と部屋から立ち去った。


 扇子が使えると分かれば無問題。わざわざ知らない男から貰ったと言う必要は無いだろう。


 私の足取りは軽く、ラホール卿に叱られた朝の事はもうすでに過去の事として気持ちは切り替わっていた。


 出発前夜のドレスの試着は一人で行ったが、さすがに本番当日はコルセット等、侍女に手伝ってもらわないと着用が難しいため、執事のサイモンの娘であるリリーという侍女を付けてもらう事になった。


 リリーは私の二歳年上で、今までお母様の下で侍女としての勉強も含めて働いていたが、今日の機会に私の専属侍女となることになったのだ。


 リリーとは子供の頃からよく遊んでおり、お互い気心知れた関係だったのでリリーが専属となってくれるという件においては今日という日がとても待ち遠しかった。


 私が部屋に戻ってすぐにノックをする音が聞こえた。


 私がドアを開けるとメイド服を着たリリーがニコリと笑って立っていた。


「お嬢様、おはようございます。不束者ですが、今日からよろしくお願いします。そろそろ準備を始めようと思うのですがいかがですか?」


「リリーおはよう!こちらこそ、今日からよろしくお願いします」


 私が笑顔を返すとリリーは少し気恥ずかしそうに部屋に入ってきた。


「今日がお嬢様も私も一人前としてのデビュー戦ですね」


「じゃあまずは見習い卒業の集大成として私を帝国一の美女にしてもらおうかしら!」


 私がいたずらっぽく笑うと、リリーは予想外に自信満々な顔をして胸を張った。


「大丈夫です!お嬢様は何もしなくても帝国一ですので!寧ろ世界一にして差し上げます!」


 そこからのリリーは凄かった。


 お風呂で私の全身マッサージをしながら髪の毛と顔のパックを施した後、派手すぎず且つ目鼻立ちがはっきりとした化粧と艶やかにウェーブした栗色の髪を後ろでキュッとまとめあげた。


 私はされるがまま身を任せ、気が付くと今まで見たことの無い程の美人が鏡に映っていた。


「こ、これはいったい誰なの……」


「お嬢様の本当のお姿です」


「知らない……知らないわよこんな可愛い子。初めましてだわ。……詐欺で捕まらないかしら」


 私が鏡の前で回ってみたり、のけ反ってみたり、様々な角度から本当に自分なのかと確認していると、リリーはコホンと咳払いをして鏡越しに現れた。


「お嬢様、お嬢様が毎日剣を振り、汗をかいている中で、世の令嬢は朝起きたらすぐに化粧で肌荒れとそばかすを隠しコルセットでお腹を絞めるのです。お嬢様のおっしゃる本当の自分は朝の布団の中に隠して出てくるのです。つまり……」


 リリーは鏡を私にグイと近づけ、迫真の顔で迫る。


「世の中の基準で言うと、このお嬢様こそが見定められるべき真の状態と言えるのです!」


 あまりの熱量に私は若干引きながらもリリーの言わんとする事を受け止めているとノックの音が聞こえ

「準備はどう?」

 とお母様の声がした。


「はい、今終わりました」


 私が返事をするとドアが開き、お母様がひょこっと顔を覗かせた。


「準備はできたみたいね。それにしても……本当に綺麗になったわね。冗談抜きでうちの娘が一番綺麗なんじゃないかしら」


 そう言ってお母様は近づき私をまじまじと見つめた。


「やっぱり、そのドレス似合ってるわ。あら?その扇子……」


「あ!いや、その、これはルナーラで買い忘れてたのを思い出して、どうしようかと思ったけど、昨日頂いて、えーっと……」


 私がわたわたとどう取り繕おうかと慌てると、お母様は何を深読みしたのか

「フーン」

 と口角を上げ

「ラホール卿もやるじゃない」

 と一人で納得した。


 お母様は昨日私がラホール卿と二人で出かけた時に買ってもらったと思ったのだろう。


 ラホール卿には毎度迷惑をかけてばかりで申し訳ない。


 今日が無事に終わったらちゃんと訂正するから……ごめんなさい!


 お母様が開け放したドアの向こうには丁度廊下で見張りをしているラホール卿が立っており、目がパチリと合った。


 私はただただ申し訳ない気持ちを発散するためにラホール卿に向かってこっそりと小さく謝罪のポーズをした。


 先ほどの会話を知らないラホール卿は私の謝罪が今朝の事だと勘違いしているのか、顔を赤らめて目を伏せたまま小さく頷いた。


 バッチリその様子を見ていたお母様は更に口角を上げ楽しそうにしている。


 この状況は……勘違いと勘違いを掛け合わせて奇跡的にストーリーが成立する例のやつだわ。


 こういう時は私が何かアクションをする度に余計にこじれていくと相場は決まっている。


 気が付くと私は全てを諦めて、にこやかに笑っていた。


 ラホール卿に正式に謝罪をした暁には、ラホール卿のお願いをできる範囲で叶えるくらいの謝礼を用意しようと思う。

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