3.揺れる心
第1話 取るべき選択
「⋯⋯なるほど。端的にまとめると、宮内先輩という男子がお姉ちゃんに思いを寄せていて⋯⋯その宮内先輩に片思いしている長田先輩という女子が、必然的に恋敵であるお姉ちゃんを妬んでいると」
「そ、そう。そんな感じ」
キッチンで皿洗いをする母さんの元にひまりちゃんを預け、紗彩ちゃんと向かい合う形になった俺は、今日クラスで起きた出来事をおおまかに話した。
すると、紗彩ちゃんは腕を組んで「うーん⋯⋯」と声を唸らせたのち、ふと口を開く。
「正直言っちゃえば、ただ単に長田先輩がお姉ちゃんを一方的に敵視しているだけですよね。お姉ちゃんは何も知らないまま巻き込まれているだけですし⋯⋯」
「うん⋯⋯だけど、宮内くんも長田さんも、恋をしている気持ちは本気だから、あまり俺から下手な発言はできなくて。最終的な結果は智香ちゃん次第ではあるけど、俺としては宮内くんと長田さんの恋をどっちも平等に応援したくてさ」
「んー⋯⋯なんというか、メンドーなことに首を突っ込んじゃいましたね? 世話焼きなお兄ちゃん?」
「うぐッ」
「ま、そこがお兄ちゃんの良いところではあるんですけども。気に病まないでください?」
そう言い、肩を小突いてクスリと笑う紗彩ちゃん。
智香ちゃんに直接関わる一件であるし、見て見ぬフリはできなかったというか⋯⋯まあ、余計な苦労を被っているなという自覚はしているけども。
「ですけど、確かにそれで良いと思いますよ。平等に応援することが今のお兄ちゃんに取れる最善な選択肢かと。その
「その、男子に対する智香ちゃんの苦手意識っていうのはいつから始まったの?」
俺が訊くと、紗彩ちゃんは小首を傾げた。
「さあ⋯⋯いつからなんでしょうね? あたしが物心ついた頃にはもう苦手そうでしたし。多分元からそういう体質なんだと思います」
「どうして俺だけは平気なんだろう?」
「お兄ちゃんは……ほら、アレです。実家のような安心感がありますから」
「じ、実家のような安心感?」
「そです。この言い方が一番しっくりくるんで。ちなみに褒めてますから誇りに思っていただいて大丈夫ですよ?」
「う、うーん⋯⋯?」
実家のような安心感⋯⋯悪い気はしないが、だけども何となく微妙でもあるような⋯⋯変な感覚である。
「⋯⋯不服そうな顔ですね?」
「⋯⋯俺って、男らしくないのかなって」
「何言ってるんですか、十分に男の子ですよ?」
「ほ、ほんとに?」
「ほんとです。お兄ちゃんって、変なところで心が脆いですよねー。直した方がいいですよ、そういうの」
オブラートにダメ出しされてしまった。
だけど確かに、自分で自分を貶めるようなネガティブ思考はうつ病の入口になり得るからやめておこう。
「──ともあれ、平等に応援するべきとは言いましたけど、その先輩方二人だけではなくて、お姉ちゃんのこともお兄ちゃんなりに気にかけてもらえると助かります。あたしもなるべくお姉ちゃんを気にかけてはおきますけど、日中、傍で状態を見つつ支え続けられるのはお兄ちゃんしかいませんから」
「⋯⋯うん、そうだね。学校で智香ちゃんが無理しすぎないように、なるべく気にかけておくよ」
「はい、よろしくお願いします」
紗彩ちゃんからヒシヒシと伝わってくる俺に向けての信頼。面と向かってここまで言われたら、俺もその期待に応えるしかない。
平等に応援⋯⋯簡単そうで簡単ではない繊細な気遣いが必要にはなるだろうが、いつも通りの俺らしく振る舞っていればさほど苦にはならないはずだ。
それにいざとなれば、またこうして紗彩ちゃんに相談してアドバイスを貰えばいいだろうし。話してみてやはりというか、紗彩ちゃんはとても知性的で落ち着いているから、なんの心配もなく頼りになる。
今後とも今回に限らず、聞いてほしい悩みができた際には紗彩ちゃんに持ちかけていこうと思う。この柔らかな雰囲気がすごく居心地いいし、安心するし。
(⋯⋯来週から頑張ろう)
そう心に決めて、俺は了承の意を込めて頷いた。
「とまあ、ひとまずはこんなところで。あんまり気にしすぎても疲れちゃうでしょうし、難しいことは一旦置いときませんか? 折角の金曜日なんですから肩の力は抜いて、ゆるりとのんびり楽にしましょ〜」
──ポフッ。
間延びした声でぼーっと目を細めながら、その流れで突然、俺の膝の上に身を預けてきた紗彩ちゃん。
多少ずっしりとした重みと水気を含んだ長髪がすぐ目の前に迫り、ふわりと鼻腔をくすぐる香りが冷めていた俺の心を急激にビクッ!! と跳ね上げさせた。
「⋯⋯さ、さあや、ちゃん?」
「はい、なんですか?」
「ど、どうしていきなり、俺の膝の上に?」
「さっきまでひまりが楽しそうにしていたので、ちょっとだけ羨ましくなっちゃいました。あたしのこともよしよしって可愛がってください、お兄ちゃん?」
「⋯⋯あ、あー、えー⋯⋯と」
「ひまりは良くて、あたしはダメなんですか?」
悪戯っぽく笑ってからかってくる紗彩ちゃんに、俺は為す術もなくしどろもどろに両手を彷徨わせる。
あどけないひまりちゃんとは違い、紗彩ちゃんは十分すぎるくらい立派で、賢くて、発育も進んだ一人の女の子で。それをこんな至近距離でひまりちゃんと同じように可愛がるというのは⋯⋯男としての理性が。
「さ、紗彩ちゃんは、さ。刺激が、ちょっと⋯⋯」
「刺激、とは? どういった意味での刺激なのか、そこんところちゃんとあたしに教えてください?」
「⋯⋯っ」
訊かれてしばらく答えられずにいると、紗彩ちゃんは可笑しそうに「ぷふっ」と小さく吹き出した。
「お、お兄ちゃんってば、狼狽えすぎ⋯⋯ッ」
「と、年上を、あんまりからかっちゃいけないぞ?」
「何格好つけて言ってるんですかっ、あははっ」
⋯⋯は、恥ずかしい。三つ年下の女の子にこうも手玉に取られてしまうと虚しさばかりが増してしまう。
だが、こうして無邪気に笑う紗彩ちゃんを見ていると、いくら大人びているとは言ってもまだ年相応に中学生の感性なんだなと改めて認識させられる。
⋯⋯かわいいなぁ。智香ちゃんと同様に、平凡な俺には勿体ない女の子だ。
「ほら、今ならあたしのことを後ろからぎゅーって抱きしめちゃってもいいんですよ? お兄ちゃんの特権でなんでもし放題ですよー? ほらほらぁー?」
「⋯⋯」
「──⋯⋯ふ、ふふっ、お兄ちゃんかわいいッ、分かりやすすぎる⋯⋯ッ」
「⋯⋯」
「面白いなぁ、ほんとに。ふふっ」
⋯⋯悟りを開こうかな。無の境地へとまっしぐら。
そうしてどうすることもできないでいると、キッチン側から「あーっ!」という精力的な声とともにバタバタと慌ただしく駆け寄ってきたのはひまりちゃん。
「さ、さーやちゃんずるいっ! ひまりのことはあたまたたいて追い払ったくせにっ!」
ビシッと指を差すひまりちゃんに対し、紗彩ちゃんは「ふふーん」と得意げな顔をして声を弾ませる。
「ざんねーん、今のお兄ちゃんは私のモノだからひまりには渡しませーん」
「な、なにそれぇー! いみわかんなーい!」
「ほら、良い子はもう寝る時間ですよー。しっし」
「む、むうぅう⋯⋯! お、おにーちゃんっ!」
痺れを切らしたようにひまりちゃんはササッと俺の傍に移動してくると、そのままわき腹に両手を通して後ろからぎゅううっと力強くしがみついてきた。
膝の上には紗彩ちゃん、後ろからはひまりちゃんというパジャマな美少女二人によるサンドイッチ状態。なんというかもう密着感がすごい。そしてキッチンから遠目に「あらあら〜」と頬に手をつく母さんは完全に他人事である。これを見て何とも思わないのか。
⋯⋯いや、今はとにかくこの状況から何とか抜け出す方法を考えなくては⋯⋯ッ!
「ひ、ひまりちゃん?」
「好きっ!」
「唐突な告白っ!?」
気持ちは嬉しいけど小学生相手はNG!
「んんーっ、ひまりにも構ってーっ!」
「か、構うっ、構ってあげるからとりあえず俺の体をブンブン揺らすのはやめてほしいかなーっ!?」
ひまりちゃんの尋常じゃない腕力でガクンガクンと前後に揺らされる俺の体。あんま揺らされると口から今日の夕食とかが出ちゃう──あ、ちょっと予兆が。
「ワー、ひまりが揺らしてくるから体のバランスが取れナーイ。お兄ちゃんタスケテー」
「めっちゃ棒読みッ! と、というか紗彩ちゃんまで乗じて抱きついてこないでっ!?」
「イヤでーすっ、あははっ」
俺の意思を無視して紗彩ちゃんまで面白がるように真正面から抱きついてくる。こっちも無駄に力が強いせいでそう簡単には振りほどけそうになく、ふにゅっと弾む肌の感触がこんな状況であっても気持ちいい。
そして二人分の重量がのしかかることによってこの場から動くことすらままならず、結果として──。
「さーやちゃん! おにーちゃんから離れてっ!」
「ひまりが離れなよー、じゃまじゃま」
「じゃまなのはさーやちゃんっ!」
「あとから来たひまりがじゃーまー」
「さ、さーやちゃんのばかぁーっ!」
「ばかじゃないしー。むしろあたしはクラスの中で一番頭良いしー」
「う、うざーいっ!!」
(⋯⋯ああ、ここまでくるともう、俺には二人を止めることはできそうにない⋯⋯)
無心となって消沈している俺を間に挟んで引っ張り合い、ひまりちゃんと紗彩ちゃんはその後もしばらくギャーギャーと言い争うのだった。
「な、なにしてんのあんたらっ、私のお兄にー!?」
途中から美乃里も参戦してさらに混沌と化したのは言うまでもない。
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