隣の席のエルフの森川君と、伏尾エルフと名付けられた私の秘密。

書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中!

短編

 私の隣の席にはエルフの森川君がいる。


 彼が教室に入るだけで森林浴かな? ってぐらいに澄んだ空気に変わるし、彼の肩には無駄に小動物が乗ってたりしているのだ。昨日はモモンガで今日はリス。あ、可愛い。真っ黒でつぶらな瞳、口いっぱいに何かを詰め込んでもぐもぐしてて、思わずその頬をツンツンしたくなる。

 

「森川、そのリス、野に放ちなさい」

「あれ? あ、はい、すいません」


 先生に言われて森川君が窓を開けると、彼の緑色の髪が風に吹かれて、教室一面がマイナスイオンで満ちていくのだ。自分が樹木の一部であったことを思い出した机には新緑が芽吹き、先生の机の上に飾られていた謎の枝には、ピンク色の可愛らしくも綺麗な桜が満開に咲き乱れる。


「先生、桜の枝折ったんですか」

「む? いや、これはだな」


 後日、先生はソメイヨシノの器物損壊、及び窃盗罪で逮捕される事になるんだけど、そんな事はどうでもいい。一番の問題は、森川君が窓を開けただけでありとあらゆる植物が成長してしまうという事だ。これは紛れもなくエルフ、森の中に生きる一族の特徴である。


 突然だが、私こと伏尾ふしおエルフは、異世界ファンタジーが好きだ。

 ラノベ作家の母とオタクの父の間に生まれたのだから、しょうがないとも言える。

 

 えるたそ、ぐふふ。

 こんな風に実の父に言われながら育ったのだから、歪んで当然だ。


 ちなみに母は「ラノベとは流行が命なのよ」と言い放ち、最初に悪役令嬢モノを書き、次にダンジョン配信、続いて悪役転生ものを書き、後宮モノ、最近では親友が追放されたから俺も一緒に系の最強剣士を書いているらしい。「こんなの楽勝ね」と言いながら月に数百万を稼いでいるのだから、尊敬に値する。

 

 つまり、我が家には昭和平成令和、全てのラノベが存在しており、私はそれらに囲まれながら生きてきたのだ。たまに狩られるモノであったりするエルフを名付けられた以上、私の性癖は異世界ファンタジー準拠でなくてはならない、そう義務付けられたも当然なのである。


 だがしかし、残念なことに伏尾エルフは普通の女子高生だ。


 宇宙人でもエスパーでも未来人でもない、子供の頃は「私、ケモノの槍を使いこなしてみせる」と言えるぐらいに伸ばしていた髪も、今や肩口。最近の口癖は何か口に含むたびに舌なめずりしながら「これ、毒ね」と一人語る程度の普通の女子高生なのである。


 私は、エルフに憧れていた。

 自分の名前なんだ、憧れて当然。 


 そんな私だからこそ、隣の席の森川君という存在を嫌でも意識してしまう。

 普段はどんな生活をしているのか、何を食べているのか、戦い方はやはり弓なのか。

 勉強は? 料理は? 住まいは? 友達は? ご両親は? 

 尽きる事のない飽くなき探求心が私が彼を求めてしまう。


「森川ー、部活行くぞー」

「うん」


 そんな森川君の加入している部活は、やはり弓道部だった。

 皆が袴に道着という服装の中、彼だけはマントに緑色の薄いシャツを着ている。

 細身の体躯になんと似合う服装か、このままmaster swordを探しに行ってもおかしくない。

 私の眉間に剣を突き刺してドラゴンになれば、彼は迎えに来てくれるのだろうか。


 おっと、彼が射場に立っているじゃないか。

 エルフ弓術とやらをこの目で収める必要がある。

 

 いつも彼は皆中、四射全てを的にあてているのだ。

 嘆息が出てしまう彼の弓術はきっと今日も素晴らしいに違いない。


 でも、今日は違った。


 左手に弓を握り締めて、右手で矢をあてがって、力を込めて引く。

 ――! なんてこと、矢の持ち方が普通じゃない持ち方をしている。


 右手が逆さま、親指が下を向き、小指が天を向く。

 まるで年始の番組で風船を射抜く、あの打ち方じゃないか。

 

 あんなので的にあたるの? あれはテレビを意識したドラマチック射弓なんじゃないの?

 誰も足を止めない中、私は一人、昼の月に祈りを捧げながら彼を見守る。

 心の中で「森川君に……力を……」と祈っていると、彼は逆手に構えた弓を射った。

  

 一陣の風をまとい、彼の放った矢は螺旋を描きながら空をかける。


 ゴルフだったら、きっと周囲の人達は総出で「ふぁああああああああああああ!」と叫んだであろう彼の一射に、私は胸を打ち貫かれた。蒼穹の空に消える彼の矢は、学校内のどこかへと飛んで行く。お願いだから人に刺さらないで。私のそんな願いと共に。


§


『ねぇ森川君、貴方ってエルフなの?』


 授業中、彼にこんな手紙を渡したことがある。


 こんな手紙、勉強の邪魔かな? と思ったけど、彼は机の上に洞窟を生み出し、一人ゴブリン退治に励んでいたのだから、きっと邪魔ではないのだろうと判断した結果だ。


 妙にリアルなジオラマを一瞬で消滅させると、彼は私を見ながらこう言った。


「違うよ、どうしてそんな事を思ったのか知らないけど、僕はエルフじゃない」


 真顔でそう語る彼の尖った耳が、ピコピコと上下に動く。

 ちょっと待ってね、そう語ると、彼は心を落ち着かせる魔法を唱えた。


 人という字を三回書いて飲み込む。

 ピコピコ動いていた耳の動きが止まった。


「そうなんだ、残念」

「もし僕がエルフだったら、伏尾さんはどうするつもりだったの?」


 髪と同じ緑色の瞳、整い過ぎてどこか現実味の無い顔で、彼は私を見る。

 まるでお人形さんみたい、彼のフィギュアがあったら間違いなく買うわ。

 バンプレで五万円までなら出せる。

 

「森川君がエルフだったら、私、彼女になりた「僕実はエルフなんだ」い」


 なんてこと、エルフって性欲旺盛なのね。

 私のことを知らないくせに彼女にだけはしたい、女を道具としかみてない最低な男。

 でも、エルフっぽくてそこも好き。道具を大事にするのもきっとエルフの醍醐味。

 

「ねぇ森川君、貴方の家ってどこなの? 放課後遊びに行ってもいい?」 


 立派なサクラの木になった先生を他所に、私達は放課後遊ぶ約束をした。  

 部活は「休みます」と書いた手紙を矢文で弓道場に放ち、私達は森川君の家へと向かう。

 

 彼の家の住所、鏡の森市古代樹木一種、黄金樹7番地


 住所だけ見ると、とてもエルフがいそうな雰囲気のある大森林を想像するけど、実際には再開発されたニュータウンだった。坂道が多いカントリードーロっぽい街並みと風景には思わずため息が出てしまう。


「私、この坂道を森川君の自転車の後ろに乗って、ゆっくりと降りてみたいな」

「自転車の二人乗りは道路交通法57条2項に基づいて、各都道府県の公安委員会が定める道路交通規則で原則違反とされています」

「そうなのね、ありがとう」


 ネットで調べた内容をそのまま言葉にされて、ちょっとだけ森川君の事が嫌いになった。


 まぁ、私って魔女子さんじゃないし。

 プロペラがついた自転車とかちょっと引いちゃう系女子だし。


「ついたよ、ここが僕の家」


 大樹の洞の中に扉を付けたような家を期待したけど、ニュータウンにそんなのある訳がない。

 どう見ても6LDKくらいありそうな大きな家、森川君の家はお金持ちかも。

 ちょっとだけ森川君のことが好きになった。


「ただいまー」

「お帰りなさい」


 家にはお母様がいるらしい。

 髪型くらいは整えておこうかな。もふもふ。


「母さん、実は……今日、紹介したい大事な人がいるんだ」


 とても重い言葉を森川君は発してくれた。 

 その言い方って間違いなく結婚相手を紹介する言い方よね。

 私、まだそこまで森川君のことが好きじゃない。

 ああ、でも、エルフだったら嫌でも好きになりたい。

 政略結婚で親の言いなりになりながらも、ちょっとづつでも好きになっていくヒロインを演じてみたい。


 森の為に死にたい。

 

「あら、拓郎たくろうちゃんが紹介だなんて、女の子かしら?」


 森川君のお母さんを見て、私は全てを理解した。


 長い耳に豊満の二文字じゃ収まりきらない巨大な乳、妙にくびれた腰つきなのに優しそうな瞳、長い髪を一つに縛って前に垂らす「よく死ぬお母さん」の髪型をしたお母様。


 ああ、そうか、森川君のお母さんはR18の方のエルフなんだ。

 きっと酒池肉林とかタイトルの頭についちゃう方のエルフなんだ。


 だって、そうじゃないと私の中のエルフ像が崩れる。 

 絶壁でいいじゃない、真っ平な大地に乳首がついただけのまな板でもいいじゃない。


 なぜなら私がそうなのだから。

 エルフの胸は慎ましくあるべきなんじゃないの。

 草食べててそんな巨乳になるかバーロー。


「紹介するよ母さん、僕の婚約者、伏尾エルフさんです」

「森川君、私、婚約者じゃない」


 そう伝えたのだけど、彼は無言のまま私の手を取った。

 外れていた袖口のボタンを留めると、繋がった手をリスが走る。


 凄い、私の肩にリスが止まってる。

 可愛い、小さい頭を撫でてみたい。


 人差し指をそーっとリスへと差し出すと、ガブリと噛まれた。

 

「伏尾さん!」

「待って! この子は脅えてるだけなの、大丈夫だから、大丈夫だから……ね、ほら、怖くない、怖くない……ふふっ、うふふ」


 憧れの名セリフを言えたことに感動する。

 でも凄く痛い。

 尋常じゃなく痛い。

 指先がごりごり削り取られてるのが分かる。


「ウパ様、この子私にくださいな」

「ダメだよ……僕、ウパ様じゃないし」


 ノリが悪いな森川君。 

 そろそろ私の指が限界、このげっ歯類め。

 こんなのに耐えなくちゃいけないなんて、異世界ファンタジーのヒロイン枠って大変ね。

 

「指の治療するから、奥へといらっしゃい」 

「ありがとう、母様」

「そろそろ現実世界に戻ってらっしゃいな」


 そうよね、ナウ鹿ってそもそもエルフじゃないし。胸大きいし。クソが。

 エロフでもある森川君のお母さんに連れられて、リビングにて治療を受ける。 

 普通の家だ、テレビがあってソファがあって、観葉植物が飾られている。

 三角木馬とかXの拘束具とか、苦悩の梨とかあったら良かったのに、残念。


「いろいろと変なものを期待してたみたいだけど。ごめんね、ウチって普通でしょ?」

「ええ、はい、まぁ……そうですね」

「でも、また遊びに来てくれる? 拓郎ちゃん、友達少ないから」

「別に、私で良ければ構いませんよ」


 こんな変な女を好きになる人なんていないだろうし。

 森川君がエルフである可能性は、まだ完全に無くなった訳じゃない。


 まだまだ彼には秘密があるんだ。 

 それらを解き明かすまで、私は彼の彼女であり続けよう。

 

「じゃあ伏尾さん、家まで送るよ」

「……うん、でも、私の家、ここから遠いから」

「したかったんでしょ、二人乗り」


 結構、優しいところもあるみたいだしね。

 プロペラがついた自転車じゃないから、後ろに乗っても平気かな。


「じゃ、行くよ」

「うん」


 平和で穏やかな街並みを、自転車が下っていく。

 ブレーキを握り締めて、ゆっくりと。ゆっくりと。

 何かの歌詞みたいな雰囲気に、虜になってしまいそうになる。

 森川君の彼女でも、別にいいかなぁ……。







『そこの自転車二人乗り! 止まりなさい!』


「ひぇ、警察」


「自転車の二人乗りは道路交通法57条2項に基づいて、各都道府県の公安委員会が定める道路交通規則で原則違反とされています。運転手の君は罰金二万円ね」


「そんなー」


 森川君が前科一犯になり掛けた時、彼は魔法を唱えた。


「記憶が消える魔法、えい!」

「……あら? 私達を何を? いけない、パトロールしないと」


 目の前で魔法が使われた。

 やっぱり森川君ってエル「記憶が消える魔法、えい!」


 




 私の隣の席にはエルフの森川君がいる。

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