分不相応
ケンドールの屋敷に辿り着いたイリスは、その異様な光景を見つめていた。
隣ではヘイゼルが、かつて自分が暮らしていた屋敷の変わりように息を呑んだ。
「……大変なことになっているね」
「あの時と、同じです」
いつの間にか空には分厚い雲が立ち込め、今にも雨が降りそうなほどに薄暗い。
その前方、少し離れた屋敷の敷地内には大勢の魔物達が跋扈していた。
「道案内感謝するよ。君はギルドに戻って、人を連れてきてくれ。どちらにせよ、このままにはしておけない」
勝つにせよ負けるにせよ、後始末は必要だった。
「でも、それじゃあイリスさんは」
「ボクのことなら心配いらないよ。知っての通り、天才美少女魔導師だからね」
いつも通りの軽口に加えて、にへらと締まりのない笑みを浮かべて見せる。
安心させるつもりだったが、あまり効果はないようだった。
「頼む。事態は一刻を争うかも知れないんだ」
「……わかりました。絶対、ルブリムさん達を連れてきますから、無茶しないでください」
そこで無理を言って付いてくるほど、ヘイゼルは無謀な少女ではない。
少しばかり突っ走ってしまうこともあるが、基本は聡明であるからこそ、自分がこの場で足手まといになることは理解していた。
踵を返し走り去ったヘイゼルの目に、悔しさの涙が浮かんでいたことはイリスが知るところではなかった。
「さて」
手を翳す。
残りのカードリッジの個数は決して多くはない。
できるだけ最小限の力で片づけたいが、無尽蔵に溢れてくる魔物を前にしてはそれも容易いことではない。
で、あれば悠長にしている時間などはない。
速攻以外に、イリスが取れる手段はなかった。
「《ライトニングボルト》」
空から降り注いだ雷光が、屋敷の庭に屯っていた魔物達を一斉に焼き切った。
そこにいたのは先日戦ったオークやゴブリン程度ではない。オーガやミノタウロス、いずれも並みの冒険者では歯が立たないほどの強敵であるが、イリスにとってはそれらの魔物など何の障害にもなりはしない
遠距離から敵を焼き、もう姿が見えないことを確認してから、ケンドール家の門をくぐる。
その向こう側には、荒れ果てた庭園が広がっていた。元々は多くの花壇があり花が咲き乱れていたのだろうが、どうやらこの家の新しい主はそんなことには興味がなかったようだ。
ただでさえ荒れ放題だった庭が、魔物によって踏み荒らされたことで見るも無残な姿になっている。
「やっぱり、分不相応なものは手に入れるべきではないよ」
そう呟いて、屋敷の扉を見上げる。
そこに上空から何かが飛来して、イリスに上から躍りかかった。
「《溶鉄の鞭》」
手を振ると、そこに出現した溶岩の鞭が、飛びかかってきた二匹の鳥人、ハーピィの身体ごと羽を両断する。
翼とかぎ爪を持つ鳥と人が交じり合った魔物達は、そのまま地面に落ちてしばらく熱にもがいた後に動かなくなった。
「のんびりはしていられないね」
扉を開け、中に入る。
エントランスでは大勢の魔物達が、一斉にイリスを睨み飛びかかってきた。
しかし、それらはイリスの前では大した意味をなさない。
力自慢のミノタウロスやオーガも、小さな身体を利用して巧みに攻撃を仕掛けようとする狡猾なゴブリン共も。
全てイリスが手にした溶鉄の鞭に薙ぎ払われ、その身体を抉り取られては床に倒れ伏していく。
鞄の中で、また一つカートリッジが消費されていく。
用意した数から逆算すると、確か残り三つ。
探知の魔法を発動させ、一番魔力が濃い場所を探す。
どうやら上の階に、この事態を起こした本元があるようだった。
階段を駆け上がり、二階へと。
扉を開けた先の廊下には、大量の魔物達が溢れていた。
人を喰らうグール、不定形の怪物であるスライムや巨大な虫型の魔物。
それらが倒れた使用人達に食らいつき、その死肉を貪っている。
「……嫌になるね。《ファイヤーボール》」
火球を放ち、それらをまとめて吹き飛ばす。
イリスが放った火球は魔物達を巻き込んで廊下の向こう側にぶつかり、そこで爆発を起こして巨大な穴をあけた。
いつの間にか、外は雨が降り始めている。
イリスは焼け焦げた、人間と魔物が混じった死体を踏み越えて廊下を進んでいく。
探知魔法によって見つけた、嫌な気配が濃くなっている部屋の前で立ち止まる。
そして一切の躊躇いもなく、その扉を両手で押し開いた。
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