終節 私のかわいい、あなたのかわいい

 同せ……いじゃない、同居になるとは。


 亜紀さんのマンションまで戻ると、確かに私の学用品などが送り届けられていた。


 幸いにも今日は土曜日だったので、荷ほどきは明日にしようそうしよう。



 荷物と一緒に手紙が届けられて、「亜紀をよろしく」と書いてあった。


 逆じゃろお母さん??????


 あと亜紀さんにめっちゃ迷惑かけたこと謝って??????



「すみません。急にその」



 私は迷った末、自分で頭を下げることにした。


 お母さんとくろとママのことは内緒だしね……。



「いいのよ。むしろ私の方こそ、迷惑かけることになるだろうし」



 迷惑とな? なんかあったかしらん???



「家事とかあまりできないし、食事もちょっと」


「あぁ~……」



 よく食べますもんね亜紀さん。


 だがそれは私にとってはご褒美じゃな?



「そういうことなら、お任せください」


「はい?」



 今こそ、ママ直伝の田舎料理108式が火を噴くぜ!




 ◇ ◇ ◇




 お風呂入って、しっかり食事をとって、夜半。



「……私、『もう食べられない』って言ったの、生まれてはじめてよ」



 私は勝った。亜紀さんの健啖なる胃袋に勝利した。



「よかった。私、亜紀さんと一緒に住む資格くらいはありそうですね?」


「溺れちゃいそうで、ちょっと怖いわね」



 なんだねそのかわいい言い回しは。あざといな亜紀さん。



 今はソファーに二人並んで座って、食後のコーヒーを楽しんでる。


 亜紀さんもコーヒー党だった。


 今日はドリップで煎れたけど、常飲するなら今度メーカー買ってこようかな。



 自分のマグから、そっと一口。


 夜のコーヒー。背徳の味がするぜ。今日は夜更かしの構えだな。ふふふ。


 メーカーさえあれば、濃いエスプレッソでデザートコーヒーにするのに。残念。



 …………まって。夜更かししてもすることなくない?


 どうしよう。



 亜紀さんはおなかが苦しそうなので、ちょっと静かだ。


 私はその隣で、ぼんやりと悩んで……急に携帯が震えた。


 パーカーのポケットから出してみると、伝言が一件。



(おや。冒険仲間からとは……Vダン、解放されるんだ)



 パニッシャーズを倒したからかな?


 リアダンはともかく、バーチャルの方は解禁かー。


 ……そうだ、亜紀さん。端末持ってないかな?



 おっと、また携帯が。あれ? 着信?


 動かしてるところだったので、つい押してしまった。



『ゆみち!』



 しかもさかなだ。土日にかかってくるとは、珍しい。



「どしたの」


『ねねね! 動画みてみて!』


「はぁ、なんのさ?」


『サイト見ればわかる! すごいのがいる!』



 すごいの……?



「わかった。とりあえず見るから」


『あとでね!』



 動画見るにも携帯いるしと、とりあえず切った。


 通話しながら動画共有とかできたはずだけど、さかなはその辺知らんからな……。



「あ」



 一方のこの人はデジタルつよいな。もうなんか見つけてら。



「何があったんです? 亜紀さん」


「…………可愛王」


「…………は?」



 彼女が見せてくれたサイトトップには、いくつもの……似たような動画が。


 白銀の髪、ウェディングドレスのような、真っ白な衣装。


 その少女が……謎のメカをぶっ飛ばす様子。



「りゅうしゅつ、した?」


「…………いえ。課長のことだから、故意に流したわね」



 なんですと?????



「これも守るための手なのよ。


 そうしないと、他の組織に戦力として取られちゃうから」



 なるほど?????



「ダンセクは半民半官だから。お国の強い意向には逆らえない。


 でも先にあなたのことが広まっていれば、向こうは手を出しづらくなる」


「理屈はまぁ、よくわかりました。だから公安のことも明かしたんですね」


「でしょうね。ほんとにごめんなさいね……」



 私はそっと首を振った。



「いいんです、バズるの慣れてるし。一人で悩まなくていいし、気楽です」



 配信は、伸びても伸びなくても悩みがつきない。


 でも今は頼れる大人も増えて。


 亜紀さんも…………そう。



「亜紀さんが味方してくれるなら、何があっても大丈夫なんですけど?」



 少しだけ。


 残った勇気を振り絞って、聞いた。



「もちろん、私はあなたの味方よ」


「…………私が子どもだから?」



 自分で言って、初めて一緒にリアダン行った日のことが、少し思い出された。



「まさか」



 亜紀さんが苦笑いする。



 …………あなたの庇護者ではないなら。


 私はあなたにとって、何なのだろう。



 私がぼんやり見ていたら。


 亜紀さんは一転、真面目なお顔になって。


 じっと、私の目を覗き込んできた。





 よび、すて。



「私の……かわいい人」



 お、追い打ちはレギュレーション違反でしょう!?


 ふぉぉぉぉぉ! 赤い! 今の私、血が噴き出る勢いで赤いよきっと!



「あなたは、どうして?」



 思わず顔をそむけた私に、ささやくような亜紀さんの声が届く。


 それは少し、震える、ようで。


 ……勇気を振り絞ったような、音色で。



「どうして、私の手を取ってくれるの?」



 顔の熱が、下がった。



 振り返ると、思ったより近くに顔が、あって。


 私は手探りで、彼女の手をとった。


 亜紀さんの視線がそちらに流れ、再び私に戻る。



 …………変だと、思われないのかな。


 私にとって、それは、だけど。


 みんなにとっては、そうじゃない。






 ――――あなたが味方で、いてくれるなら。私は……






 ローテーブルの上で、携帯が猛烈に振るえた。すごい振動音を奏でる。



「ふあああああああああああ!! はいっ! 紫藤!」


『ゆみち! カワイイオーすごいでしょ!?』



 さかなかよ!


 どう答えようと思いつつ、気になって横目にちょっと亜紀さんを見る。


 ほっとしたような、笑顔。



 不意に。私の中で、覚悟が決まった。


 

「ん。すごい。もちょっと見るから、後でかけ直すね?」


『待ってる!』



 切った。


 さぁ、リテイクだ。


 勇気なんて、いらない。




 私のカワイイを、見せてやる。




 身を乗り出し、手を伸ばし、彼女の頬にそっと手を当てる。


 耳、首筋と滑らせて、髪の中へ。


 後ろ頭に手を添えて、引き寄せる。



 抵抗は……なかった。


 触れ合うくらい、間近で。


 唇で、肌を撫でるように。



「亜紀」


「ゆみ、か」



 名前を、呼んで。


 呼び合って。



「やっぱりあなたが、最高にカワイイ」



 ……きっとお互いが、少しコーヒーの味と香りを、感じたと思う。

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カワイイで強くなるダンジョン配信~いいねと衣装で可憐降誕!カワイイオー!~ れとると @Pouch

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