第16節 降誕、可愛王

 まもなく遭遇したクマを、今度こそ蒸発させて……魔法少女姿のまま待つこと、しばらく。



(亜紀さん……)



 音にならない言葉が、ため息に混じって消える。



『大丈夫ですよ、ゆみかさん』



 こぶしさんの落ち着いた声が、何か少し弾んでいる。


 そういや私の戦闘に、割と興奮気味な声援を送ってくれてたっけ……。


 ひょっとしてダンジョン配信よく見てる系?



『亜紀さんはあれで、とても強いですから』


「ん……そうですね」



 誰の心配してるか、バレバレだなぁ。



 準備段階で幾度か、二人でVダンにも潜った。


 亜紀さんの実力は十分。対クマ戦のレクチャーもしっかりした。


 でも気になる。作戦のためにと見せてもらった、亜紀さんのデータが頭から離れない。



(亜紀さんの戦績が低すぎる。実力に、見合ってない)



 リアダンの「間引き」を行って残された、亜紀さんの戦いの記録。


 装備の破損や本人のケガ、モンスターの取り逃がしも多い。


 変な動きや癖もなかったのに。となると。



 何らかの状況が影響しているのか。


 あるいは、単純に。


 



『っ! ゆみかさん、交戦開始の連絡が来ました』



 ……やっと来たか。


 亜紀さんの方には何人か、連絡や監視の人員が向かってるそうだ。


 通信が使えないので、その人たちが行き来して状況を知らせたりしてくれているみたい。



 こないだクマに遭遇した位置への入り口からの距離を考えると……場合によっては。


 戦闘はもう、終わってる。


 …………どっちだ。どうなった。



 奴がまたこちらに逃げてくる、可能性もある。


 動けないのが、もどかしい……。



<ゆみか!>



 ぽんっと音を立てて毛玉……じゃない、クッションが現れた。クラウド、だっけ。


 というかこいつらも、Vダンとリアダン往復できんのかよ。言えよ。



「どうしたの、クラウド。何が……」



 言いかけて私は、息を呑んだ。


 クラウドの向こう側。Vダンの外壁との間に。


 半透明の何か……いや、何かじゃない。



 



「亜紀さん!?」



 思わず叫ぶ。透けてる亜紀さんは言葉を発さず……寂しそうに、笑った。


 口元だけが、動く。


 ――――「ごめん」って。



<そうなの! アッキーが大変なの! 一緒に来てちょ……ゆみか?>



 クラウドのそばを通り過ぎ、私は亜紀さんに手を伸ばす。


 亜紀さんも、透明な腕を私の方に向けて――――





 触れ合った、瞬間。






 の白い髪が、銀に光り輝いた。






<ゆみか!?>


「……クラウド、みんなは?」


<あ……私を送り届けて、力尽きて>


「なら」



 彼女にも、手を差し伸べる。



「ボクと一緒に、あいつを倒しに行ってくれる?」


<――――っ! ええ、もちろんよ!>


『え、ゆみかさん? いったいどうし……体が消えてく!?』



 クラウドと手を取り合ったボクは。


 こぶしの声を背に。



『ゆみかさん、応答して! ゆみかさん!』



 仮想の世界から、消え去った。




 ◇ ◇ ◇




「小野! しっかりしろ、目を開けろ!」



 Vダンから移動してすぐ、男性の声が聞こえた。


 数日前に見た、現実の……ほんのり明るい天然洞窟。


 ボクの視線の先には、傷ついたブロー小隊のみんな。



<ゆ、ゆみか殿ぉ>


「シルバー、スノウ、クリーム……あとは任せて」



 そして……壁にめり込むように倒れ、穏やかに瞳を閉じている、亜紀。


 それからダンセクの人、かな。


 治療のための道具を出している人と、亜紀の肩を揺さぶって呼び掛けてる人。



「失礼します」



 ボクは彼らに近づいて、声をかけた。



「っ、君は」


可愛王かわいいおう



 短く応え、さらに歩み寄る。


 呆気にとられる中年男性の横から、背をかがめてそっと亜紀に触れた。


 彼女の全身が、あわく銀色の光に包まれる。



「こ、これは……」


「大丈夫」



 ボクは亜紀を背に、立ち上がった。


 クラウドが奥……おそらく、ダンジョンの入り口に近い方で浮かんでいる。


 奴はあっちか。



「! 隊長、小野さんのバイタル、戻ってます……」


「そんな、まさか」



 ボクは一度だけ、男性たちの方を振り返る。


 こちらを見ている彼らに、告げた。



「ボクのカワイイは、死なない」



 彼女にはボクの魔法……否、祝福がかかっている。


 可愛王ボクがいる限り、決して、死なない。



「へ?」「え?」


「亜紀の体を頼みます」



 去ってすぐだったのか、通路の奥に遠く、クマの背が見える。


 もう、逃がさない。


 ――――決着を、つけよう。



「行くよ、クラウド」


<ええ!>



 ボクは魔法を解除した。


 髪の色は銀のまま。衣装が解け、元々着ていたパーカー姿に戻る。



「亜紀」



 ボクの中で、彼女が頷く。



「君に。最っ高に可愛いボクを、見せてあげる」



 銀の光が舞い散り、洞窟を荘厳そうごんに染め上げた。



「スタートアップ!!」



 力が渦巻き、髪が広がる。


 白銀の世界が訪れる。



 肩と背中を、透けた薄手の布がマントのように覆う。


 上に掲げた左手と、腰だめに構えた右手が肘まで手袋に包まれた。



 両手5本それぞれの指に、色の違う5つの指輪が現れる。



<いくわよゆみか! クラウド・ベル!>



 ふわりと浮いたボクの下から、クラウドが両足にすぽっと入った。


 クッション状の彼女が、姿を変える。


 脚を薄布が、そして足先には――――青く澄んだガラスの靴がぴったりとはまった。



 首下から足元まで、流れ落ちるように服が変わる。


 白銀ベースに、ほんのり茶の混じった、ベルラインのドレス。


 スカートが腰元からふわっと広がり、靴までを覆い隠す。



 低いかかとのガラスの靴が、地面に降り立った拍子に高く鳴った。



<――――【可憐のプリティ・キング】、戦地入場エントリー



 システム音声の宣告とともに、幾重にも鐘の音が鳴り響く。


 白銀の世界の中に薄く、巨大な両開きの扉が現れて。


 扉が開くとともに、重厚な音色は遠くなり――――



 可 愛 王 かわいいおう――――」



 ボクは歩みだし、地の底に舞い戻った。


 システムと、ボクの声が唱和する。




<「  起  動  アァァァァクション!!!!」>

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