第12話 カスの嘘

 暫く経ったある日の事。


 ホームルームが終わった瞬間、三人のS級美少女はガタッと一斉に席を立ち、帰り支度をしていた啓二を取り囲んだ。


「間く~ん! ちょっといいかなぁ?」

「よくない」


 雛子の問いに即答すると、啓二はそそくさと鞄を手に席を立とうとする。


「フォァタァ!」


 すかさずテトラが立ち上がりかけていた啓二の額に人差し指を押し当てて、強引に席に戻した。


「どうだ、すごいだろ! ドグマさんが教えてくれたんだけどさ、人間の額には不立孔ふりつこうって経絡秘孔があって、こいつを押されるとちょっとの力でも立てなくなるんだぜ!」


 最近テトラは〇斗の拳にハマっていて、店でもにわか知識で「獣王の指圧マッサージ!」なるキャストサービスを始めていた。


 効果があるかは怪しいが、巨乳のS級美少女が教本片手に「え~っと、ここか?」と拙い手つきで手や肩に指圧マッサージを施す様はそれなりに人気を得ている。


 時折変なツボを押して客が悲鳴を上げ、「ん!? 間違ったかな……」と首を傾げるのはご愛敬だ。


 それでドグマにからかわれたのだろう。


「……それはドグマお得意のカスの嘘だ。そんな漫画みたいなツボ現実にあるわけないだろ」

「嘘じゃねぇし! 実際お前立ててねぇだろ!」

「ツボじゃなくて立ち上がる時の重心移動を邪魔されるから立てなくなるんだ。あと、今のは重心云々関係なしにお前がバカ力で押したからだ」


 啓二がテトラを睨んでいると。


「本当だ! 間君のおでこ、指の形に赤くなってる!」


 雛子が啓二の前髪をサッと指先で分けた。


「うぷぷぷ。よかったじゃない。第三の目サードアイの開眼よ」

「黙れよ。一人じゃまともに客と話も出来ないヘタレコミュ障女が」

「んなぁ!? 私だって気にしてるのに! そこまで言う事ないでしょ!」


 手痛い反撃に海璃はガビンと涙目になる。


 カオスゲートのバイトだが、天使と呼ばれるだけの事はあり、雛子は誰が相手でもフレンドリーだ。テトラも野獣と呼ばれるだけあり物怖じしない。


 一方の海璃は人見知りとあがり症を発揮して、一人だとすぐテンパって黙り込んだり急に怒り出したりと、まともに会話が成立しない。その癖客が帰る頃になると落ち込んで謝り出すというメンヘラ女みたいなムーブをかましている。


 が、それで不人気かというとそんな事もなく、むしろ見た目とのギャップが庇護欲を煽るようで、三人の中では一番人気があったりする。


 ある意味これも個性というやつなのだろう。


 なんにしろ、三人ともそれなりにバイトは上手くやっているはずなのだが。


「で? どうせバイトの相談だろ。さっさと言え。俺は早く帰ってゲームがしたいんだ」


 先日の件で啓二も学んだ。


 下手に抵抗するよりもさっさと解決してやった方が時間的被害は少ない。


「それがね! 聞いてよ間君!」

「バイトで客にゲーム誘われる事あるだろ?」

「私達、ゲームなんかほとんどやった事ないから全然上手く出来ないのよ!」

「あ、全然出来ないのは海璃ちゃんだけね。あたしとテトラちゃんはそれなりに出来るよ?」

「けど、あそこに来る客ってみんなバカみたいにゲーム上手いだろ? 負けてばっかで悔しいんだよ!」

「ぇ……。そうだったの? 下手くそなの、私だけ……?」


 ガーンとショックを受け、海璃が涙目になる。


「海璃ちゃん! そんなに落ち込まないで! 誰だって得意不得意はあるんだし!」

「そうだぜ海璃! ニャー子さん達もKはゲームめっちゃ上手いって言ってたし。海璃は勉強出来るしさ。こいつにコツを教わればすぐ上手くなるだろ」


 二人のフォローに海璃は復活し。


「そうね! という事で私達にゲームのコツを教えなさいよ!」

「断る」

「なんでよ!?」

「面倒だからに決まってるだろ! なんで俺がお前らの為にオタ活の時間を削ってゲームを教えてやらなくちゃならないんだ! しかも無給でだぞ! 論外だろ!」


 すぐ済む用なら聞いてやる。


 だが、そうでないならもちろん却下だ。


「S級美少女を三人も侍らせてゲーム出来るのよ? むしろこっちがお金を貰いたいくらいだわ!」

「………………」


 啓二はジットリ海璃を睨んだ。


「な、なによその目は」


 そして無言で。


『S級美少女を三人も侍らせてゲーム出来るのよ? むしろこっちがお金を貰いたいくらいだわ!』


 さり気なく録音しておいた音声を再生する。


「いやぁああああ!? やめて! 客観的に聞くと物凄く恥ずかしいわ!?」


 海璃が頭を抱えて悶絶する。


「海璃ちゃん負けちゃった」

「まぁ、海璃は俺達の中で口喧嘩最弱だ。次は俺が行くぜ」


 ボキボキと拳を鳴らしてテトラが代わると。


「どうせ最後には俺らにゲーム教える事になるんだ。とっとと諦めた方が身のためだぜ!」


 ビシッと啓示の鼻面に指を突きつける。


「人を指でさすなと親に襲わらなかったのか?」

「……うるせぇ! とにかく教えろ!」


 人差し指を引っ込めて、グーを突きつけながらテトラが凄む。


「どうやって? ここにはゲーム機なんかないぞ」

「そ、それは……う~ん。俺らも全員ゲーム機なんか持ってないし……」


 腕組みをして長考すると。


「はっ! そうだ! みんなでお前ん家行けばいい! いっつもゲームゲーム言ってるし、当然持ってるだろ!」

「ダメに決まってるだろ」

「なんでだよ!」

「シンプルにお前らを部屋に入れたくない。入り浸りになりそうだし、グッズを荒らしたり漫画とかラノベを勝手に持ち出しそうだ。特にお前はスナック菓子を食べた指で漫画とか読みそうだし」

「はぁ!? んな事しねぇし! 見た目で決めつけんな! こう見えてオレは結構綺麗好きなんだ! そういうズボラをやんのは雛子の方!」

「テトラちゃん!? シーッ! あたしのイメージが壊れちゃうよ!?」


 焦った様子で雛子が人差し指を立てる。


「雛子って意外にそういう所あるのよね。ラノベだってすぐに帯とカバー外しちゃうし」

「だって気付くと外れてくちゃくちゃになっちゃうんだもん! だったら先に外してしまっておいた方綺麗でしょ? 待って間君! そんな目で見ないで! 間君から借りてる奴はちゃんと綺麗に使ってるから! 雑に扱うのは自分のだけだよ!?」

「それもどうかと思うが……。とにかくお前らを家に呼ぶ案は却下だ。大体お前らは良いのか? 周りの目がどうとか言ってただろ。そうでなくとも男の家にほいほい遊びに行ったらマズいと思うんだが」

「別によくね? ぶっちゃけ俺はそこまで気にしてねぇし。そりゃ一人で行くのはアレだけどよ。三人なら危ない事もねぇだろ。てかそもそもお前相手にそんな心配必要ねぇって」


(……まぁ、そうなんだが)


 そこを肯定するとこちらが不利になるので黙っておく。


「う~ん。あたしはちょっと無理かな。間君のお部屋は気になるけど、いきなり男の子の家に遊びに行ったらママに怒られちゃうかも……。お家の人の迷惑になるかもだし」

「私も反対よ! 今だってかなり毒されてるのに! こんなS級オタクの家に遊びに行ったらどんな事になるかわからないわよ!」

「それは確かに……」

「怖いよなぁ……」

「頼むからそのクソ恥ずかしいS級システムに俺を巻き込まないでくれ」


 心の底から啓二は言った。


 大体啓二はタダの雑食オタクだ。


 S級を名乗るなんて恥ずかしい以上におこがましい。


「なんでよ! かっこいいでしょう!」

「なぁ?」

「う~ん……」


 どうやら海璃とテトラは本気でS級美少女の肩書を気に入っているらしい。


 雛子だけは「私は正直恥ずかしいけど……」みたいな顔をしている。


「なんでもいいが、そっちで反対してる奴がいる以上俺の家に来るのはナシだろ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」

「知るか。俺の問題じゃない。そもそもお前らが自分でゲーム機買って練習すれば済む話だろ」

「気軽に言うなよ! バイトしてるからってゲーム機なんか気軽に買えねぇよ!」

「ソフトも高いし。それに私は私の事を指名してくれるお客さんが楽しく遊べるようにゲームを上手くなりたいの。一人でやっても仕方ないでしょう!」

「そんな事はないと思うが……」


 海璃の下手っぷりを知らないので確かな事は言えない。


「は~い! はいはい! あたし、名案思いついちゃった!」

「却下だ」


 ぴょこぴょこと飛び跳ねて手を上げる雛子に即答する。


「なじぇ!?」

「こういう時は大体ろくでもない案だと相場が決まってる」

「そんな事! ねぇとは言えねぇんだよなぁ……。雛子の場合は」


 うんうんと海璃も頷く。


 長い付き合いなので彼女達も色々あったのだろう。


「そんな事ないもん! 絶対名案だから! オタク部を作るの! そしたらみんなでお金出し合ってゲーム機買って学校で練習できるでしょ?」

「待て。なんで俺がお前らのゲーム機代を払わないといけないんだ」

「じゃあ間君は免除でもいいけど。一緒に遊ぶようになったら払ってもらうからね!」

「安心しろ。そんな事には絶対ならん」

「なんで? 間君だって世の中のゲーム全部持ってるわけじゃないでしょ? 部活作ってあたし達が色んなゲームやるようになったら持ってないゲーム遊べるようになるんだよ? ゲーム以外にもラノベとか漫画とかアニメとかみんなのオススメ集めちゃったりして! ね? これって凄く良いアイディアじゃない?」

「面白そうではあるけどよ……。そんな部活学校がOK出すか?」

「そこは上手く先生を説得するって事で。海璃ちゃん、なにか良いアイディアないかなぁ?」

「……そうね。例えばオタク文化を研究する真面目な部って事にしたらどうかしら。実際私が思っている以上に世の中オタク文化が浸透しているみたいだし。私自身かなり偏見を持ってたから、その辺も含めて説得したらいけるかも……。レポートとか必要なら私が用意するわ」

「海璃が言うならワンチャンあるか? じゃ、先生の説得はオレと雛子が頑張るって事で」

「やった~! 実は部活物のラノベ読んでからこういうの憧れてたんだよね!」


 ウキウキで雛子は言うが。


「お前ら正気か? そんな部活認められるわけないだろ」

「そんなのやってみないとわかんねぇだろ」

「そうよそうよ! っていうか、あんたはどうせ手伝わないんだから関係ない話でしょ! ケチつけないで頂戴!」

「それはそうだが……」

「じゃあ、もし上手く行ったら間君も入部してあたし達にゲーム教えるってのはどう?」

「断る。なにがじゃあなのか意味不明だし俺にメリットがない」

「メリットはさっき説明したように、間君が持ってないラノベとかゲーム読んだり遊んだり出来ます! みんなで遊んだ方が絶対楽しいし、メリットしかないと思うんだけど?」

「……それはそっちの言い分だろ」

「じゃあ別に入部しなくていいけど。ゲーム教えてくれるくらいならいいでしょ?」

「……それならまぁ」

「絶対よ! 言質取ったからね!」

「なぁ! 顧問の先生誰に頼む?」

「やっぱりオタクっぽい先生の方がいいかなぁ?」


 わいわいがやがや。


 啓二を置き去りにして三人で会議を始める。


「……じゃあ、俺は帰るぞ」

「うん。間君またね~」

「じゃな!」

「また明日!」

「……また明日」


 なんだかもやもやした気持ちで帰宅した。


 雛子からラインが届いたのはそれから二時間後の事だった。


『【祝】オタク研究会設立!』

「……あいつらマジでやりやがった」


 不思議とそんな気がして、驚く事の出来ない啓二だった。

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