サメっ娘!🦈🦈🦈

緋色 刹那

🧓🩷🦈

「あの子、可愛くない?」

「ホントだ! 見かけない制服だけど、どこの学校だろう?」

「ねぇ、君! 俺と二人でお茶しない? てか、SNSやってる?」


「うるせぇ。気安く話しかけてくんな」


 なれなれしく話しかけてきたチャラ男を、女子高生はにらみつける。

 愛らしい顔に似合わない鋭利な眼光と、ギザ歯。まるで獰猛なサメに威嚇でもされたように、男は「す、すみませんでしたぁー!」と逃げていった。


「ハァ。どこにいるんだろ? アタシの……王子様」




 彼女、島白星しましろぼしには秘密がある。

 それは彼女が、人間に擬態しているであること。親が連れてきた「デカくて凶暴でノロマなサメの婚約者」が嫌で、はるばる海からお婿さん探しにやって来た。


「いったい、何が不満なの? 白星ちゃんが好きそうな、強くていかついサメボーイを連れてきたのよ?」

「それが嫌だって言ってるの! 私は、優しくて、イケメンで、泳ぐのが速くて、小柄な男の子が好きなんだよ!」

「あんた、意外と乙女よねぇ」

「うるせぇ!」


 白星は幼い頃、誤って人間の浜辺へ迷い込んでしまい、人間の少年に助けてもらったことがある。その少年は優しくて、イケメンで、泳ぐのが速くて、小柄だった。

 以来、白星はその人間に恋をした。できれば、その少年と再会したい。高校生の姿に擬態しているのも、その少年が現在、高校生だからである。


 とはいえ、贅沢は言っていられない。

 サメの婚約者は白星に夢中で、いつ連れ戻しに来るか分からないのだ。一刻も早く、相手を見つけなければ。




 白星は出会いを求め、近くの高校へ忍び込んだ。

 放課後で、知らない顔がまぎれこんでいても目立たなかった。


「出会いといえば、部活だよなー。いい男がいそうな部活は……」


 白星は掲示板に貼られた、一枚の部活動案内を見て、固まった。

 

『サメ研究同好会 部員募集中』


「サメ研究同好会、だぁっ?!」


 怒りのあまり、サメの姿に戻りかけた。背びれがシャツを破る寸前で、正気に戻った。


「研究って、捕まえた獲物をカイボーしたり、ヒョーホンとかいう拷問にかけたりするんだろ?! 絶対許せねぇ!」


 白星は廊下を走り抜け、サメ研究同好会の部室にたどり着くと、思いきりドアを蹴飛ばした。


「オラァッ!」

「ひえっ?!」


 中にいたのは、眼鏡をかけた小柄な男子生徒一人だった。机の上でサメの写真集を広げている。

 部室をすみずみまで探したが、サメをカイボーしていないし、ヒョーホンにもしていない。白星は首を傾げた。


「あ、あれ? カイボーは? ヒョーホンは?」

「き、君……もしかして、サメに興味があるの?」

「興味があるも何もアタシ、サメだけど?」


 男子生徒は「なんてこった!」と頭を抱えた。


「自分をサメだと思い込むなんて、すごいサメ愛だ! 僕もかなりヲタクだと思っていたけど、まだまだだなぁ」

「ホントにサメなんだってば!」

「ごめんごめん。僕は撞木しゅもくカナト。サメ研究同好会の会長だよ。君は?」

「……島白星」




 カナトは物心つく前からサメが好きな、生粋のサメマニアだった。特に、数百年前に絶滅した巨大なサメ・メガロドンが好きらしい。

 「サメ仲間が欲しい」と高校でサメ研究同好会を立ち上げたものの、部員が集まらず、廃部寸前だという。


「昔、浜辺へ迷い込んだ白いサメを助けたことがあってね。沖まで連れて行ってあげたんだけど、あの子元気にしてるかなぁ」

「っ?! それ、いつの話?! どこの浜辺?!」

「たしか、十年くらい前だったと思うけど。場所は、そこの刃魅幽堕ばみゆうだ海岸だよ」


 白星はその名のとおり、サメの姿では体が白い。助けられた時期も、場所も、一致していた。

 白星はカナトの顔をジッと見つめる。眼鏡は邪魔なので奪い取った。なかなかの美少年だ。

 ついでに、臭いも嗅いでみる。サメは視力より、嗅覚のほうが優れているのだ。


「……」

「な、な、なに?!」

「……おんなじ臭いだ。見た目もなんとなく似てる気がする」


 カナトはかつて白星を助けた、人間の少年だった。

 となれば、やることは一つ。白星はカナトに眼鏡を返すと、両手で彼の手を握った。


「お願い。アタシと結婚してくれ」


 途端に、カナトの顔が真っ赤になった。


「け、結婚?! さっき知り合ったばかりなのに?!」

「頼むよ! このままじゃアタシ、嫌いなサメと結婚させられちまうんだ! 今すぐじゃなくていい、とにかく約束だけしてくれないか?!」


 カナトは「どうしよう、どうしよう」とうろたえる。

 悩んだ末、小さくうなずいた。


「……分かった。同じサメ好きの頼みだ、僕で良ければ協力するよ。嫌いな人と結婚させられるなんて可哀想だしね」

「やった! ありがとう、カナト!」


 白星はカナトに抱きつく。

 カナトは顔を真っ赤にしたまま、固まっている。いろいろ言い訳してはいたが、カナトも自分以上のサメ愛を持つ白星を好きになりつつあり、白星と結婚をまんざらでもなく思っていた。




 その時、海が大きく波打ったかと思うと、海岸線と同じくらい幅のある、巨大なサメの顔が海から現れた。

 白星は窓越しにその顔を見て、ギョッと青ざめた。学校から海岸までかなりの距離があるが、サメの顔がよく見えた。


「あ、あ、アイツだ! アタシの世界一大嫌いな『デカくて凶暴でノロマなサメの婚約者』……ドン・メガロ!」

「え?」


 カナトも白星の婚約者を見て、固まる。よほど驚いたのか、呼吸するのも忘れ、わなわなと震えていた。


「め……め……」

「カナト、逃げよう! このままじゃ、メガロに見つかっちまう!」


「メガロドンだぁぁぁー!!!」


 直後、カナトは窓を開け放つと、スマホのカメラでドン・メガロの姿を激写した。

 歓喜、感動、衝撃……ドン・メガロに対する恐怖は、みじんもない。

 カナトは手早く撮影を済ませると、今度はその写真を各SNSへ投稿し始めた。白星はあっけに取られるばかりで、カナトが何をしているのか全く分からなかった。


「……メガロドンって、カナトがお気に入りの?」

「そう! しかも普通のメガロドンより、はるかにデカい! たぶん、1キロメートルはあるんじゃないかな? 僕、ちょっと近くに行って見てくる!」

「えっ?!」


 白星が気づいたときには、カナトは五階の窓から隣の建物へ飛び移っていた。インドアな雰囲気からは想像もつかない身のこなしで、ドン・メガロがいる海岸へと走る。


 ……カナトにも秘密があった。サメのこととなると身体能力が異常に上がるのだ。

 双眼鏡なしで数十キロ先のサメを目視できるし、走る速度も倍に上がる。白星を助けたとき、小学生にして浜辺と沖を泳いで往復できたのも、その秘密のおかげだ。


 白星は部室から声を張り上げ、カナトを止めようとした。


「カナト、戻ってこい! メガロは人間が嫌いなんだ! 人間は海を汚し、仲間や食糧を奪ってしまうから! せっかく再会できたのに、一番嫌いなサメに食べられるなんて……絶対に嫌!」


 だが、カナトは戻ってこない。

 それどころか「だいじょーぶだよー」と、のんきに手を振ってくる。


 その時、ドン・メガロが白星とカナトに気づいた。巨大な目玉をぎょろりと動かし、カナトをにらむ。ビルをも噛み砕けそうな牙があらわになる。

 白星の脳裏に、最悪の想像……カナトがドン・メガロに食べられる光景が浮かんだ。


(今度は、アタシがカナトを助ける番だ!)


 白星もとなりの建物へ飛び移り、カナトの後を追った。




 カナトはドン・メガロの目の前にあるリゾートホテルの屋上に到着すると、あろうことか彼に話しかけた。


「はじめまして! 僕は撞木カナト! 朝伊良あさいら高校のサメ研究同好会の会長です! サメの研究をしています! ファンです! 握手してください!」

「ファン? オレ様のか?」


 カナトは「はい!」と大きくうなずいた。

 興奮しすぎて、サメが言葉を話していることには全く気づいていなかった。


「メガロドンさんの人気はすごいんですよ! もうじき、世界中からファンが集まってくるはずです!」


 カナトの言うとおり、命知らずなメガロドンファンや研究者がバイク、車、船、ヘリコプター、謎の飛行物体に乗り、ぞくぞくと集まってきた。


「カナトくんの投稿を見て、半信半疑で来てみれば……本当にメガロドンがいるじゃないか!」

「なんて巨大なんだ! メガロドンより大きいぞ。そうだ、ネオメガロドンと名付けよう!」

「Ilove Megalodoooon!!!」

「繝。繧ャ繝ュ繝峨Φ繧偵�繝�ヨ縺ォ縺励◆縺�」


 カナトがSNSに上げた投稿は、SNSで大バズりしていた。

 「フェイク画像だ」と信じない者も多かったが、マニアは「信じたい気持ち」のほうが勝っていた。


「フンッ! 今さら媚びたって遅い! 海を汚し、仲間と食糧を奪い去る、極悪どもめ! オレ様のファンなら、オレ様に食われて嬉しいよなぁ?」


 ドン・メガロは集まったファンに向かって、大きく口を開く。さすがのファンも青ざめ、後ずさる。

 そこへ「待て!」と白星がカナトをかばうように、彼とドン・メガロの間に割って入った。


「白星! 勝手にいなくなったと思ったら、人間界にいたとはなぁ! さぁ、オレ様といっしょに海へ帰れ! 人間どもがしたことを忘れたのか?!」

「アンタ、知らないの? 人間だってね、好きで海を汚してんじゃないんだよ! みんな、海はきれいなほうがいいに決まってる! 仲間と食糧のことも誤解している!」

「なんだと?」

「アタシは人間界のすいぞくかんという場所で、何匹もの仲間と再会した! みんな、怪我をしたり親を亡くしたりで、海へ戻れない事情を抱えた子ばかりだった。人間は仲間を拐ったんじゃない……助けたんだ! 時期が来れば、海へ帰される子もいるらしい」

「……」

「食糧にいたっては、お前が独占したいだけだろ? 海の食糧はアタシたち海の住人だけのものじゃないんだ。捕るのは勝手だろ?」

「オレ様はそこまで食い意地張ってない」


 カナトは集まった人間を代表し、ドン・メガロに宣言した。


「メガロドンさん。僕たちと友達になりましょう。気に入らないこと、知りたいこと、何でもおっしゃってください。僕たちもメガロドンさんのこと、もっと知りたいです」

「……いいだろう。オレ様が海を代表して、お前らを見張ってやる」




 その後、ドン・メガロは「ネオメガロドン・ドンメガロ」という新種のサメとして登録された。白星のことはすっぱりあきらめ、暇さえあればB級サメ映画を観る生活を送っているらしい。

 白星はというと、朝伊良高校初のサメの生徒として転入。カナトとの仲を順調に深めている。


「えっ! 白星さんってサメだったの?!」

「今さら知ったのかよ。どうする? 結婚の約束。今なら無かったことにしてやってもいーけど」

「とんでもない! サメがお嫁さんなんて最高だよ! 絶対別れないからね!」



(終わり)

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サメっ娘!🦈🦈🦈 緋色 刹那 @kodiacbear

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