第18話 手紙




 私とバリズが戻り始めて30分もしないうちに、あっさりと私たちはアーサーとマチルダを発見した。


「おい! 遅ぇぞアーサー! マチルダ!」


 怒っているバリズにアーサーは「すまない」と軽く謝罪をする。


「何してたんだよ!? いくらなんでも遅すぎるぞ!」

「すまない。道中で魔族に襲われて戦闘になったんだ」


 ――魔族と戦闘!?


「襲われたのか!? 見たところ大丈夫そうだが……」


 襲われたと聞いてバリズは驚き、怒りの矛先を失ってアーサーたちをまじまじと見た。

 アーサーもマチルダも多少衣服の乱れこそあったが、怪我をしているところもなく、無事そうだった。


「魔族は私の魔法で一捻りだったが……あぁも多くの魔族が襲ってくるとは思わず、随分遅くなってしまった。すまないな」

「なんだよ。何かあったら合図しろって言っただろ」

「何しろ大群であったからな、そんな間はなかった。マチルダがいて助かった」

「本当に激しい戦いだったの。遅れてごめんなさいね」


 微笑みながらマチルダがバリズに謝罪すると、調子が狂ったのか頭をがりがり搔きながら「しょうがねぇなぁ」と赦した。

 確かに魔族と戦っていたのなら遅れても仕方がない。


 ――しかし、それほど多くの魔族がこの辺りを移動したのなら、気付きそうなものだが……


 辺りを見渡してもそれらしい足跡もない。飛行が可能な魔族なら足跡はつかないが集団飛行していたのなら目立ちそうなものだが、もしかして周辺の島からの方角から魔族がやってきたのだろうか。


「アーサー、魔族はどちらの方向から来たのか教えて欲しい」

「方向……?」


 私の問いに対してアーサーは周囲を見渡している。


「あっち……かな? 夜だったし、奇襲されたから正確な方向は分からない」


 アーサーが指差した方向は魔王城の方向からだった。

 なら、やはりバレストの町でずっと待っていた私たちが気づかないはずがないと思うのだが……――――

 しかし、奇襲されたなら方角が分からなくても仕方がない。アーサーの勘違いかもしれない。


「無事でよかった。バレストの町で1泊したら出発しよう」

「すまないが、3泊くらいして身体を休めたい。万全な体調で慎重に進みたい。また襲われるかもしれないからな」

「そんなに休むのか? まぁ……アーサーが疲れてるなら仕方ねぇな」


 いや、魔族がアーサーを狙って大群で責めてきたのなら、アーサーが町に滞在していると町の人まで襲われかねない。

 それに、バレストの町では魔族が働いている。アーサーがその魔族らの目についたら町で乱闘騒ぎになりかねない。


「アーサー、狙われているなら身を隠した方が良い。バレストの町に行くと魔族に伝わっているなら、そんなに長く居たら魔族が町に攻め込んでくるかもしれない」


 私がそう言うと、アーサーは「あ……そうだな……」と言って荷物から変装用の衣服を取り出して着替え始めた。

 華々しいマントを取り、アーサーらしからぬ地味な恰好に着替え、美しい金髪を帽子の中にしまって、顔を服で隠し、目元以外は別の人物のようになった。


「これでいいだろう? 休まなければ体力が持たない」

「しかし……」

「大丈夫だ。目立つようなことはしない。仮に魔族が来ても私がなんとかする」

「そうよ。アーサーの実力なら大丈夫。ユフェルも気を張り過ぎよ? 長い旅になるんだから、焦っちゃ駄目」


 マチルダにそう言われて、私は自分自身が焦っているという事に気づいた。


 ――私が焦りすぎていたのだろうか……


 トムに付き合ってもらっているし、トムのペースに私は合わせなければと考えていた。

 しかし、魔王を倒すのはアーサーだ。

 トムもアーサーと共に旅に出るのを喜んでいた。私一人で空回っていたのだろうか。あまり誰かと一緒に仕事をしたり、誰かと一緒に過ごしたり、そういった機会が少なかった私がずれているのだろうか。


「すまない。急ぎ過ぎていたかもしれない。体力の回復を優先しよう」

「そうそう。美味しいものでも食べてゆっくり休みましょう?」


 私たちは無事にアーサーたちと合流し、バレストの町へと戻った。

 襲って来た魔族のことを色々聞きたかったが、アーサーは「疲れているから後にしてほしい」と言われて聞くことができなかった。




 ***




「トムさん、アーサーを見つけたよ」


 私は戻ってから真っ先にトムに報告した。トムは「良かったですね」と柔らかい笑顔を向けて一緒に喜んでくれた。


「いつ頃出発するのですか?」

「アーサーが少し休みたいというので、もう少しかかります。ごめんなさい。トムさんの都合もあるのに……」

「そうですか。私は急いでいませんので大丈夫ですよ」

「本当に大丈夫なのですか? こちらの都合に全面的に合わせていただいて……」

「はい。私は構いませんよ。仕事はいつでもできますが、伝説になる御方の力になれるのは今だけですから。その希少価値が私の今後の商売に影響してきますからね」


 そう言っているトムの好意に甘え続けてしまって、負い目を感じる。

 何か、トムに対して対価を支払えるなら支払いたい。しかし、金銭は限られており、トムに見合う程の金額を私は持っていない。


「トムさん、何かお礼をさせてほしいです。このままご迷惑をかけ続けるのは申し訳が立たないので……」

「御礼ですか……そうですね……私は勇者と旅に出るだけで名誉ある事だと感じているのですが……では、私から何か買っていただけませんか?」

「はい。私が買えるものであればなんなりと」


 私がトムに返事をすると、トムは荷台をごそごそと何かを取り出して来た。

 それは手紙だった。

 文字が子供が書いたようにつたない文字が書かれている。


「これは、スラムの子供が書いた手紙です。いつか、身分制度がなくなった時には明るい未来を望むという趣旨の言葉が綴られています。今はただの紙切れですが……その内それは高額商品として扱われることになるかも知れません。この階級制度の撤廃と共に……」


 トムが渡してきた手紙を私は受け取った。


「おいくらですか?」

「そうですね……10ゴールドで結構ですよ」

「そんな安い金額で売ってしまってよいのですか?」

「ええ。今はそれはただの紙切れに過ぎません。しかし、魔王を倒す貴方たちに持っていていただきたい」


 その貧民の子供が書いた手紙を私は10ゴールドで買い取った。


「また、町を出る時にでも声をかけてください。それでは」


 トムは私にその手紙を残して、商店街の奥へと消えていった。



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