第2話




「ひ~~~!」

「おい! 待てって言ってんだろうがっ、このモヒカン野郎がっ」



 甲高い声を張り上げて、ひたすらストーカーみたいに追いかけてくる怖いお兄さん。


 多分、俺と大して年は違わないだろう。

 恥も外聞もなく、俺はひたすら街中を駆け続けた。

 この町はプレイヤーキャラが最初に降り立つ始まりの町だ。


 魔物の襲撃にあえぐ小国が、起死回生の手段として異世界から光の戦士たちを召喚したという、どっかで聞いたことのあるようなバックボーンシナリオが流れてゲームが始まる。


 そんな王様がいる城下町だから結構広い。

 町並みも入り組んでいるから、うまく逃げればなんとかなるだろう。

 だが――



「ぅわぁ~。追いつかれる!」



 鬼の形相を浮かべた金髪イケメンの足は、異常なまでに速かった。


 俺はこの町のマップを知り尽くしているから、人気のない暗黒街へとひたすら逃げて、なんとか巻こうとしていたというのに、それでも奴等の追い縋る速度は落ちるどころか、速くなる一方だった。


 このままだと、確実に追いつかれる。

 しかも――



「これでも喰らいやがれ!」



 どっかの脳筋バカよろしく、いきなり武技スキルを発動しやがったのだ!


 戦士職が初めて覚えるソードスマッシャー。


 ただの袈裟切りだが、なぜかこのスキルにはかまいたちを発生させる効果があって、遠距離攻撃としても使用できる、初心者プレイヤーにはありがたい技だった。



「どわぁぁ~! 馬鹿野郎が! そんな危ないもん、使ってくんじゃねぇよっ。死んじまうだろうがっ」



 逃げながら飛んできたかまいたちを華麗にジャンプして避ける俺。

 それに腹が立ったのか、金髪戦士が顔を真っ赤にした。



「なんで避けるんだよっ。当たれよっ」

「当たるか、ぼけぇ~! 食らったら死ぬっつってんだろうがよっ」

「だったら死んじまえよっ」

「ふざけんなっ」



 とんでもなく理不尽な叫びを上げて、更に俺との距離を詰めてくるクソ戦士。

 このままだと本当にやばかった。


 この街区はいわゆる貧民街という奴で、道が細く、かなり入り組んでいるからうまくやれば逃げられるのだが、ただ一つ落とし穴がある。

 それが――



「げっ……」



 ――そう。



 袋小路である。

 うまく逃げたつもりだったのに、逆にクソ金髪のせいで追い込まれてしまっていたらしい。


 細くて薄暗い道の先で、振り返る俺。

 壁を背にして生唾を飲み込んだ俺の数メートル先には、肩でぜぇはぁ息をする金髪ポニーテールのイケメン戦士が立っていた。



「も、もう……逃げられないぞ……」



 そう声を発した奴は、ニヤッと笑い、顔の汗を拭った。



「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと……まーちゃん。速すぎだってばっ……」



 遅れてやってきた彼の相棒と思われる可愛い魔法少女が、奴の後ろで同じように息を整え始めた。デカい胸を揺らしながら。



 ――マジやばい。これ、詰んだんじゃ?



 本当ならこのクエスト、プレイヤー一人でクリアする最序盤クエストなのだ。それなのに、俺の目の前にはなぜか二人の冒険者がいる。



「ずるいだろう! 二人がかりとか!」

「うるさいっ。食い逃げしたお前が悪いんだっ。素直に降参すれば、衛兵に突き出すだけにしてやる! だけどもし、抵抗しようって言うなら――」



 そう言って、イケメンは手に持っていたロングソードを俺の方へと突き出した。



「ぎっちょんぎっちょんに切り刻んで、痛めつけてから衛兵に突き出してやる!」



 イケメンがにや~~っとサディストな笑みを浮かべた。



「く、くっそ~~! 最序盤モブだと思っていい気になりやがって……! それでもお前は冒険者か!」

「はンっ。冒険者だからこそ、貴様みたいな悪党をボコボコにするんだろうがっ」

「俺は悪党じゃねぇぞっ」

「うるさい、黙れ! さっさと選べ! 生か死か! お前に選べる未来なんてこの二つだけなんだからなっ」

「おいっ。なんで生と死の二択になってんだよっ。痛いか痛くないかのどっちかじゃなかったのか!?」



 鋭い突っ込みを入れてやったら、イケメンの顔が恥じらいに赤くなったような気がした。



「う、うるさい! さっさとしろ! じゃないと――」



 そう言って、イケメンがロングソードを両手に持ち、上段に構えた。



「即、斬!」



 そう叫んで、いきなり斬りかかってきたのである。



「はぁ!? おい、お前! 選ばせてくれるって言ったじゃないか!」

「黙れっ。もう面倒くさいからぶちのめすことにしたんだよっ」

「ふざけんな、この脳筋野郎がっ」

「誰が脳筋だっ」



 叫び様、一気に距離を詰めてきた奴の剣が、俺の頭上から振り下ろされる。



「くそっ」



 俺はそれを間一髪避けたが、モヒカンの何本かが切り裂かれてしまった。


 宙に舞い散る哀れなピンク色の毛髪。


 続けざまに奴の剣が繰り出されるが、俺はそのすべてを何とか紙一重でかわし続けた。


 俺は正真正銘のモブキャラだが、最序盤の悪役キャラとは言え、一応はクエストボスだ。


 まだまだ駆け出しの冒険者が相手だったら、多少はまともに戦える。


 現に、俺もこのクソ雑魚悪役モブ相手に、痛い目に遭ったからな。


 何しろ、食らう確率の低いドレインタッチを何度も食らって戦闘中にレベルダウンさせられたからな……。


 いやぁ。

 ホント、あのときほど「うざっ」と思ったことはない――て……そうだった。


 俺は大事なことを忘れていたことに気がついた。

 そうだよ。

 俺にはアレがあるじゃないか。

 触れた相手の経験値を吸い取るって言う、クソみたいな嫌がらせスキルが。


 まぁ、それしかないんだけどね!


 うまくいくかどうかはわからないけど、もしかしたらアレを使えば、この状況を乗り切ることができるかもしれない。


 なんとかして、このくそったれなイケメンに触ることさえできれば、経験値を奪って立場を逆転させられるかもしれない。



 ――このままだとジリ貧だしな。すぐに体力尽きて、このクソ野郎に殺されるだけだ。だったら、一か八か、こいつから経験値を……。



 俺は奥歯をぎりっと噛みしめ、覚悟を決めた。



「な、なんだ……?」



 それまで逃げるだけだった俺が、相手の隙を窺うような動きに変わったからだろうか。


 初級冒険者のようなメチャクチャな剣技で、ただロングソードを振り回していただけの金髪くんが、明らかに動揺したように顔を引きつらせた。


 こやつも体力が減っているからなのか、動きが多少鈍くなっているような気がする。


 反転攻勢に出るなら今しかない!

 丸腰だった俺は腰を低くして、勢いよく飛びかかろうと身構えた。しかし、そこへ――



「わ、私も援護しましゅっ――い、いたっ。ふぁ、ファイアボール!」



 なんだかよくわからないけど、緊張していたのか。思いっ切り舌を噛みながら、後方にいた魔法少女が初級魔法の火の玉をぶっ放してきた。



「どわぁぁ~~! 危ねぇだろうがっ」

「ちょ、ちょっとっ。いきなり打つなよっ」



 俺だけでなく、なぜかイケメンまで動揺して魔法少女に文句を言っていた。

 物凄い勢いで飛んできた火の玉をギリギリ避けた俺とイケメン。

 どうやらこの世界の魔法は敵味方関係なく、当たってしまうようだ。

 まぁ、当然か。



 ――て、そんなこと言ってる場合じゃない。



「今だっ」



 隙だらけとなっていたイケメンに飛びかかる俺。このままこいつから経験値を吸い取ってやる!



「お、お前っ、不意打ちとか卑怯だぞっ」



 しかし、俺の殺気に気がついたイケメンに素早くかわされてしまったばかりか、避けられバランスを崩した俺の頭に、ロングソードが振り下ろされた。



「ぐっ」



 俺はそれをかわすために敢えて身体を丸めて地面に転がった。

 そのまま前方に一回転してから立ち上がる。



「ええいっ。いい加減くたばれよっ」



 激おことなった金髪くんが俺の後方で叫んでいた。



「誰がくたばるかっ」



 俺はそう叫んでから、ふとあることに気がついてしまった。



「あ……?」

「う、うん……?」



 立ち上がった俺の一メートル先に、魔法少女がいたのである。

 彼女と俺は一瞬互いに見つめ合ってしまったが――



「これ、チャンスじゃね?」



 金髪野郎は俺の後方四メートルぐらい先にいる。

 対して、胸の大きい魔法少女は至近距離。

 絶対、この子から経験値吸い取った方が早いよな?

 魔法使いだし、天然っぽいし、チョロそうだし。

 そう思ったら思わずニヤけてしまった。

 そして――



「いっただっきま~す♪」



 俺は勝利を確信して、一気に彼女へ詰め寄り右腕を伸ばしたのだが、



「させるかっ、この犯罪者がっ」



 俺が何をしようとしているのか、おそらくわかっていないだろうが、一気に距離を詰めてきたイケメン野郎が大上段に長剣を振りかぶる。

 振り返った俺はそいつのあまりの気迫に思わず、死を覚悟した。

 しかし――



「「あ……」」



 俺と少女はほぼ同時に声を漏らしていた。

 なぜならば、



「あああぁぁぁっぁ~~!」



 なぜか大事な場面で小石につまずき、空中をダイブする残念野郎。

 俺と少女はただただそれを呆然と眺めていた。

 そして――


 ガチンッ。


 強烈な痛みが俺のおでこに走った。

 剣を手放して派手にすっころんだクソ野郎が、俺に頭突きしてきやがったからだ!


 俺は軽い脳しんとうでも起こしたかのように気を失いかけながら、すぐ側にいた魔法少女もろとも大地に叩き付けられていくのであった。



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