第41話 だから……許してね?



「……なんか、すごいことになっている気がする……いや、気がするじゃないな」


 夏休みも残すところ一週間を切った。

 学生生活での、長い休みだ。プールに、夏祭りの……夏ならではのイベントを、うんと楽しんだ。


 うんと楽しんだその裏で……俺たちの関係もまた、以前とは変わってきている。

 右希うき左希さき。二人との関係は、二人が高校生になったことで一変した。


 高校入学とほぼ同時に俺に告白してくれた右希とは恋人同士になった。

 それから約三カ月、これといった進展はなかったが……夏祭りの日、彼女からキスをされた。

 その日以降、右希は積極的に俺に触れるようになった。彼氏としては、嬉しい限りだが、恥ずかしくもある。


 問題は、左希だ。右希と、そういうことになったときのための練習……というていで、彼女と関係を持ってしまった。

 恋人でないどころか、恋人の妹とだ。

 その上、夏祭りには左希からもキスをされてしまった。


「はぁ……」


 初めての彼女ができたことに浮かれ、彼女には誠実であろうと思っていたのに……なにをやっているんだ俺は。

 まんまと左希の口車に乗せられて……いや、一番悪いのは拒絶しきれなかった俺だ。


 あの日、左希を無理やりにでも拒絶していれば……こんな気持ちにならずに、済んだのか?



 プルルル……



 部屋で一人、ベッドに横になっていると……スマホに、着信が入る。

 画面を見ると、右希の名前が表示されていた。


 今日は、左希と出かけると言っていた。普段なら三人で出掛けるところだが、女の子にはいろいろあるのだ、と言われて俺は着いていけなかった。

 なので、俺は一人なのだが。どうしたのだろうか。


「もしもし、右希か?」


『あ、たっくん。ごめんね、お休み中に』


「休みなのはお前もだろ」


『えへへ、そうだったね』


 電話に出ると、電話口から聞こえてくるのは当然右希の声。

 左希と買い物をしているはずだが、なぜ俺に電話をかけてきたんだ?


「どうかしたのか?」


『うん、たいしたことじゃないんだけどね。せっかくデパートにいるんだし、お土産買って帰ろうかと思って。なにがいいかな』


「別にそんなのいいのに」


 わざわざお土産のために、電話をかけてくれるなんて。こういうところかわいいなぁ。

 右希と話していると、癒される。


 ……だからこそ、俺が感じている罪悪感も、大きくなっていくわけで。


『じゃあ、適当にお菓子見てみるね』


「……あのさ、右希。話したいことがあって」


『うん?』


 やっぱり、左希との関係を右希に話すべきだ。

 それで別れることになっても、それは俺の弱さが招いたことだ。


 ただ、右希と左希が仲が悪くなるのは……勝手かもしれないが、嫌だ。

 だから、俺だけが悪いようにうまく、説明することができれば……


「あの……実は、さ……」


『ねえたっくん』


 なんとか、考えをまとめつつ話そうとしていたところで……右希の言葉が、俺の言葉を遮る。

 そして、俺がなにを言うよりも先に……


『あのね、私たっくんのこと、大好きだよ。愛してる。

 もちろん、左希のことも』


「……っ」


『えへへ、なんだか恥ずかしいね』


 今から、俺が言おうとしていたこと……それを右希は、知るはずもない。

 だが、右希の言葉は、俺の決意を揺るがすには充分だった。


 今、話してしまえば……右希が大好きだと言った、俺と左希二人から傷つけられることになる。

 いや、いつ話そうが、どんな言い方をしようが、右希を傷つける結果になるのは変わらない。


 それは、わかっていたはずだ。わかっていて、俺は……


「ど、そうして急にそんな……」


『うーん、なんとなくかな。

 それで、話したいことって、なにかな』


「あ…………

 ……なんでも、ない」


 結局俺は、言うことができなかった。


『? そっか。

 あ、左希が呼んでるから行くね。じゃ』


 プツ……と、通話は切れる。

 話してしまえば、右希を傷つける。かといって話さないのも……それに、いつまでも隠し通せるものなのか。


 俺は、この先……どうしたら……



 ――――――



 プツ……と、通話は切れる。

 スマホを耳から離し、私は通話終了ボタンを押す。表示されていたのは、たっくんの文字。


 通話相手のたっくんは、最後なにかを言おうとしていた。

 それがなにか、私にはわかっている。わかっていて……私は、敢えてあんなことを言った。



『あのね、私たっくんのこと、大好きだよ。愛してる。

 もちろん、左希のことも』



 それを聞いたたっくんは、どんな顔をしただろうな。

 たっくん、結構わかりやすいからなぁ。文字通り受け取って赤面したかな。それとも、"言おうとしたこと"とリンクした台詞で、真っ青になっちゃったかな。


 たっくんは、きっと自分と左希の関係を私に打ち明けるつもりだったのだろう。思えばこれまでも、そういう兆しはあった。

 これまでは、タイミングが邪魔をしていたけど……今回は、私が意図的に、話を遮った。


「……ふぅ」


 優しいたっくんのことだ。ああ言えば、自分と左希が私を傷つけると強く思い、言い出すことはできない。

 今頃は、この先どうしたらいいのか悩んでいるんじゃないのかな。


 話したら私を傷つけるし、話さなければ罪悪感に潰されそうになっちゃうもんね。

 でも、そんなことはさせないよ。


 罪悪感に潰されそうになったら、恥ずかしいけど私が撫でて癒してあげる。

 私を傷つけてでも話して楽になりたいと追い詰めちゃうかもしれないけど、楽になんかもっとしてあげない。


 だって……


「だって、そうやって悩んでいるたっくんの顔想像したら……すっごく、体が熱くなっちゃうんだもん」


 これは、左希と関係を持ったたっくんへの罰? それとも、私自身のため?

 きっと……どっちも、なんだろうなぁ。


 そりゃあ、たっくんが左希と関係を持っているのは、嫌だよ。すっごく。

 でも、それとおんなじくらい……いや、それ以上にドキドキしている自分が、いるんだもん。


 だから、たっくんには……もっと、苦しんでもらわないと。


「お姉ちゃーん、先輩なんだって?」


「うん、なんでもいいってさ」


「もー、そういうのが一番困るのに」


「ふふっ。まあまあ、おいしそうなお菓子でも買って帰ろう?」


 そして……左希にも。


 左希から関係を迫ったのか、たっくんから迫ったのか……始まりは、どっちからなのか。私にはわからないし、そんなのはどうでもいい。

 左希はきっと、たっくんが好きなのだろう。好きでもない相手と、あんなことはしない。まして、何度も。


 好きな人がいるって気持ちは、素敵なもの。私にどうこう言う権利はない。

 左希がたっくんを好きだと言うなら、もしかしたら私は自分の気持ちを殺してでも、応援したかもしれない。


 でも……


「左希が、悪いんだからね」


 先を歩く左希に聞こえないように、小さくつぶやく。


 私は、聞いたよ? たっくんをどう思っているのか。たっくんに告白しようと思うけど、いいの? て。

 それに対して左希は、ダメって言うどころか……応援してくれたよね。


 私は、聞いたよ? 左希の気持ちを、確認したよ?

 なのに、結果的にたっくんを奪って……本当なら、姉妹の縁を切られても、おかしくないんだよ?


 でも、私はそんなことはしない。私は、たっくんも左希も大好きだから。

 二人が関係を持っていても、私はなにも言わない。気付いていないふりをしてあげる。たっくんが好きなら、少しでも長く触れ合えばいいよ。幸せを、感じてよ。


 だから……許してね? 恥ずかしいけどこれからは、左希の前でもたっくんに、堂々とくっつくから。

 左希が堂々とできないことを、私は堂々と見せつけてあげるからね。


「あ、これおいしそーう」


「……うん、そうだね。すっごくかわいい」


 それを見て、左希がどんな顔をするのか……想像しただけで、あぁ楽しみだよ。


 私のかわいい、かわいい左希。

 これからも、いっぱい幸せになって、いっぱい悩んで……いっぱい、いろんな顔を見せてね……!

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