第14話 ……二人きりで、ね



 放課後、俺と左希さきは一足先に、帰宅した。

 右希うきは委員会で、両親は共働き。家には、俺と左希の二人だけだ。


 できれば、二人きりという展開は避けたかったが……左希は、なにもするつもりはないという。

 純粋に、宿題で分からないところがあると言われれば、先輩としてその頼みを聞かないわけにはいかない。


 それに、あまり考えすぎても逆に変な感じになってしまう。

 意識していると思われないように、ここは普通に接するべきだ。


「じゃ、さっそく始めるか」


「えー、いきなりー?」


「お前がわからないとこあるって言ったんだろ。ほら、出せ」


「やだ、出せなんて、先輩だいたー……あ、ごめんって。ちょっとふざけただけだから、デコピンしようとしないで」


 左希の悪ふざけもそこそこに、左希は教科書とプリントを取り出しテーブルの上に並べる。

 由香に座って、問題を確認してここがわからないのだと示す。


「あー……ここは、この公式を使えばな」


「おー、なるほど。先輩あったまいいー」


「少なくともお前よりはな」


「なんだとぅ」


 俺はあくまで、問題のヒントを教えてやるだけ。答えは、左希本人に解かせる。

 そうしないと、左希のためにならないからな。


 本当にわからないところがあって、それが解けていく感覚が楽しいらしい。

 ならば、俺も教えているかいが、あるというものだ。


 だが……


「……んじゃ、ま、まずここまで解いてみ」


「はぁい」


 教えやすくするために、左希とは隣同士に座っているわけだが……

 こう、教えたり教わっていたりすると、距離が近くなる。すると、どうだ。


 左希からはわずかに、いいにおいがする。それに、時折触れ合う肩の感触が、妙に生々しい。

 これが、左希の計算によるものならば、俺も注意するのだが……


「えぇと、ここはぁ……」


 本人は至って真剣に、問題に取り組んでいる。つまり、これは無意識だということだ。

 ここで、俺が今の状況を指摘したとしよう。するとどうなる。


 左希の集中力が切れるどころか、「この程度でそんなに意識していたんですか先輩。いやらしいですね」なんて言われかねない。

 ここは、事が終わるまでおとなしくしておいた方がいい。


 幸い、左希は気づいていないようだし。


「ん?」


 そう考えていた時、スマホの着信音が鳴った。

 俺はスマホを手に取り、ボタンを押して起動。通知の内容を確認する。


 そこには、右希からのメッセージが表示されていた。


『委員会終わったから、今から学校を出るね。たっくんは、もう家かな?』


 その内容は、今から学校を出るというもの。

 俺は返信するために、指で画面をタップしていく。


『あぁ。今左希と勉強会してる』


 これはまあ、正直に言っていいよな。別にやましいことはしていないし。

 すると、また着信音が鳴った。


「うお、早っ」


『そっか。たっくん教えるの上手そうだから、左希ちゃんにいっぱい教えてあげてね』


「……」


 これは、あれだ……俺の心が汚いから、変な捉え方をしてしまっただけだ。

 右希は純粋に、勉強の話をしているのだ。


 それにしても、俺は教えるのうまそうか? 右希の方がよっぽど。


「ん? またか」


 すると続けざまに、メッセージが飛んでくる。


『私も今度、たっくんと勉強会をしたいな。

 ……二人きりで、ね』


「!」


 その内容に、俺は思わず出てしまいそうになった声を、抑える。

 これは……右希のやつ、とんでもない爆弾を投下してきやがった。


 これには、どう返信するのが正解なのだろう。なにが正しいのだろうか?


「……なんか、嬉しそうですね」


「うぉう!?」


 急に、後ろから囁かれて俺の肩は大きく跳ねた。

 振り抜くと、そこには不機嫌そうな顔をした左希がいた。


「わ、悪い悪い。終わったか?」


「えぇ、指定されたところまでは。

 それより……先輩がそんな顔するなんて、お姉ちゃんですよね」


 む……バレている、か。

 まあ、隠す必要もないんだ。俺は素直に、うなずいた。


「あぁ。今学校出たんだってさ」


「そうですか。よかったですね。早くお姉ちゃんに会えそうで」


 左希はなぜか、先ほどから不機嫌なままだ。表情を見ればわかるし、なぜか敬語になっているし。

 なぜだ? なんか問題で、わからないところでもあったのか?


 理由がわからずにいると、左希は俺との距離を詰める。

 詰める、とは言っても……すでに肩が触れ合っていたのだ。それよりさらに距離を詰めれば、ほとんど密着してしまう。


「お、おい左希……」


「恋人同士の、勉強会だよ?」


「え……」


 俺がなにを言うよりも早く、左希が口を開いた。

 左希が、なにを言いたいのか。


「恋人同士が、隣り合って勉強してて……なにも、ないと思う?」


「いや、言ってる意味が……

 ていうか、変なことはしないって言ったろ」


「変なこと? 恋人同士のスキンシップは、変なこと?」


 俺の言葉も聞かずに、左希はさらに体を押し付けてきて……ついに、胸が押し付けられる。

 左希の女の子の部分が、俺を襲ってくるようだ。


 それから、左希の手がそっと、俺の頬に触れた。


「一緒に勉強してたら、肩が触れちゃって、ドキドキして、体が触れ合って……これも、変なこと?」


「! お前、肩が触れてたの、気付いてたのか」


「そりゃ、そうだよ。でも、先輩が真面目に教えてくれてたから、アタシも真面目にやったんだよ。

 でも、先輩はお姉ちゃんと……」


 こんなに近くにいるのに、左希がなんて言ったのか、ちゃんと聞き取ることはできなかった。

 そして、俺をじっと見つめていた左希は……ゆっくりと顔を近づけて……


 俺の頬へと、口づけた。


「ささ、左希!?」


「肩が触れちゃって、ドキドキして、体が触れ合って……恋人同士なら、これくらいの触れ合いは、ありでしょ。

 唇はダメだって決めたから、せめて……」


 一旦顔を離した、俺を見る左希の目は……なぜだかとても、熱に浮かされているように見えた。

 左希は無理やり体を動かし、俺の膝に跨る形で、脚を移動させる。


 俺は倒れてしまわないように、とっさに床に両手をついた。

 だが、それは他のことに両手が使えなくなってしまった、ということで……


「わかるよ。お姉ちゃんと勉強会、するんでしょ?」


「! な、んで……」


「わかるよ。………………だもん。

 これはそのときのための、練習。恋人同士の練習……だから、ね?」


 練習だと、俺に……そしてまるで、自分に言い聞かせるかのように。

 左希は何度もつぶやき、俺の頬に何度も唇を落とした。

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